第8話迅雷におまかせ。
最大の難関と思われた主砲発射モーションの取り込みを何とかクリアした開発チームは、残る課題を全て取り込み終えた。
取り込み終えたデータは陸上国土防衛群(通称”陸防”)が所有するスーパーコンピューターの“
迅と雷のフィルターを通して、さらに陸防と海防の開発部門に設けられたAIに学習させて、より無駄なく効率良い操作コマンドへと変換してゆくのである。
AIに学習させて劇的に開発期間を短縮できると言っても、数日は掛かるので、それまでに実機への新装甲換装や、パイロットたちのメディカルチェックを終えておかなければならない。
「長時間閉所にとどまるのが、これほどまでに体にストレスを与えていたとは思いもしませんでしたよ」
IT開発部門に一般公募で入隊した鞍馬技術曹がジャージに着替えながら、岳に告げた。
「珍しいですね。鞍馬技術曹。これからランニングですか?」
「ええ。今までの生活なら、仕事を終えたら机に向かって、もうひと作業なんて余裕だったのですが、こうも体が萎縮してしまうと、少しは手足を伸ばしてやりたい気持ちにもなりますよ」
実際のところ、キャリバーから降りたら10分間のストレッチ運動をした後10分間の歩行を強いられていた。
下手に横になってしまうと体の血流がわるくなり体調を崩しかねないと懸念されてのアフターケアだ。
今は開発段階なので、30分の連続稼働に止まっている。
でも、ロック・キャリバーのカタログスペックは連続稼働時間を62時間としており、パイロットは狭いコクピット内に最大62時間
そうなると、今までと同じアフターケアだけで済むだろうか?誰もが心配を抱いた。
そして、ロック・キャリバーのパイロットに志願した誰もが思う。
それは昔に見た、あるロボットアニメの設定。
パイロットの身体的・精神的不安要素を取り除くために、パイロットに何やら得たいの知れない薬物を投入するシーン。
そして、誰もが思う。
(ロボに乗ってのドーピングは嫌だなぁ・・・)
願わくば、普通にコクピットから出て外の空気を吸いたい。
「寝住大尉は、これからどうされるのです?」
「できれば鞍馬技術曹と同じく体をほぐしたいところなんですが、まだデスクワークが残っているもので」
報告書の提出は、パイロットスーツから作業服装へと着替える前に行っておかなければならない。
なので、彼が言うデスクワークは本来の将校としての書類作成等の作業があるのだろう。ご苦労な事だと惣一はため息交じりの笑顔を返した。
「あっ、鞍馬さん!」
勤務を終え基地を出たところで、楓が声を掛けてきた。
そんな楓を惣一は快く思わなかった。思わずムッ。
「ご、ごめんなさい。私、何かお気に障る事でもしたでしょうか?」
瞬時に場の空気を読み取り、楓は即座に頭を下げた。
「湊さん。貴方とはほとんど会話をする機会が無かったので言いそびれていましたが、基地内では我々隊員を”~さん”と呼ばず、階級を付けて呼んで下さい」
思いっきり注意をされてしまった。
「ごめんなさい。鞍馬さん」
彼女の頭を下げる姿を見て、今度は腕を組み始めた。
楓が顔を上げる。「アレ?鞍馬さん、まだご立腹?」
「あのですね、貴方には学習能力というものが無いのですか?今たった今注意をしたばかりでしょう」
「いやいや、ここはもう基地の外ですから。へへへ」
言葉尻を取りやがって・・・しかもヘラヘラと笑いやがって。
沸々と湧き上がる怒りを拳を強く握りしめる事で何とか抑えた。
「ま、まぁ、貴方のおっしゃる通りですね。ですが!今後は基地の中ではキチンと階級で呼んで下さいね!」
言って楓の前を過ぎてしまった。と。
「で、私に声を掛けてきておいて、私が去るのをそのまま見過ごすのですか?」訊ねた。
「いえ、これから大学の車が迎えに来るんですけど、鞍馬さんも一緒にどうかな・・・とお誘いしたまでで。それよりも鞍馬さん。いつも思っていたんですが、どうして鞍馬さんは基地の外から通勤なさっているんですか?」
「私は正式な陸士ではなく、あくまでもIT開発部門の研究者扱いなんです。一応"技術曹”なんて階級は頂いていますがね。だから正式な陸士ではない私では、この基地内の宿舎を貸してもらえないのです。もっとも、ガチガチの規則に縛られた宿舎での生活なんてゴメンですけどね」
らしいといえば鞍馬らしい答えが返ってきた。
他者との馴れ合いをとことん嫌う彼がどうしてロック・キャリバーのテストパイロットを志願したのか皆目見当もつかないけれど。
「では、お住まいは何処に?」
「警察幹部宿舎に住んでいます。国家機密に関わる任務に携わっている訳ですから、それなりの警備がなされた所の方が都合が良いのです。それに、私に万が一の事があれば責任を押しつける意味でも警察幹部宿舎の方が都合が良い」
ある意味”縦割り”組織にくさびを打ち込む形を取っている。
全ての責任を陸防に押しつけないための、陸防なりの防護策といったところか。
「このプロジェクトには何かと横槍がはいるものです。例えば関係者に対するハニートラップや賄賂の懸念を取り除くにも、警察組織が関わる方が後々捜査もし易いでしょう?例えば鑑識作業とか」
とても楽しそうに話してくれる。
そんなに組織同士が対立する構図が崩れてゆくのが楽しいのか?
そう思う一方で、異世界からの侵攻が進む中、組織間の対立を解消する方策を練る意味でも、彼の存在意義は大きいと感じずにはいられなかった。
楓は腕時計に目をやった。
予定の時間まで10分くらいはありそうだ。他の学生たちもまだここに到着していないし。
時間を潰すにしても、一人で10分はキツい。
「鞍馬さん。まだお時間、よろしいですか?」
お伺いを立てると、「ほんの少しなら」とは言いつつ、早く帰りたそう。
だけど、そうは問屋が卸すものか。楓はニヤリと笑い。
「そもそもイーターって何ですか?」
世間話に食いつかないであろう鞍馬に訊ねてみた。
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