第7話鉄砲を打て。

 ロック・キャリバーに搭載される戦車砲は、戦車の中では軽量な37口径105ミリライフル砲を採用している。


 現在、陸上国土防衛群(通称"陸防”)が主力戦車に採用している44口径120ミリ滑腔砲から発射される砲弾は、戦車の強固な装甲を撃ち抜くHEAT弾やAPFSDS弾で、凶悪ながらも、やはり生物でしかないイーター相手には過ぎた火力と言える。


 だから安定性と有効射程距離を優先した装備を選んでいる。もちろん砲弾はイーターを燃やし尽くせる榴弾を使用。


 軽量かつイーター相手に十分な威力を発揮する105ミリライフル砲ではあるが、やはり戦車砲。撃てばそれなりに反動はあるし衝撃波もモノ凄い。


 ロック・キャリバー搭載の戦車砲も、従来の戦闘車両と同じく駐退機(発射時に生じる反動リコイルを砲身のみ後座させて軽減する)を採用している。


 さらに、従来の戦闘車両は、低い車体と履帯もしくは多数の車輪によって発射時の反動を地面へと逃がして緩和している。


 だが。


 ロック・キャリバーは車輌扱いされてはいるものの、純粋な車輌ではない。


 山や悪路を踏破するために2本の脚で移動する。


 だから、砲発射時の反動を、そのたった2本の脚で緩和しなければならない。


 一見不可能に思える悪条件ではあったが、消防士が強烈な反動を発する放水器を抱えて消火作業に当たる姿が思わぬヒントとなった。


 ”脚を踏ん張って構えて撃てば良いのだ”と。




 ブシュワァァァッ!!


 右腕に装着された放水器から発射される水の反動は凄まじく、パイロットたちは何度も勢いに吹き飛ばされたいた。


「せめて自分のタイミングで発射させてもらえませんか」

 日向・鷹子大尉がこの方法では無理と違う方法を提案した。


 実際、試験官が手を挙げて他の技師たちに放水栓を開いてもらって放水を行う。


 手元での操作はできないのだ。


 だからパイロットたちはタイミングを見計らう事ができず、何度もひっくり返ってしまう。というのが日向大尉の言い分。


「いっその事、通常火器の発射モーションを取り入れた方が賢明なのでは?」

 鞍馬技術曹のご意見。


 しかし。


「あー、ダメダメっス。普通の拳銃では手首や肘で反動リコイルを緩和しちゃうでしょ。それじゃあ肝心のデータが拾えないっス」

 和泉・元哉が言うように、実車(ロック・キャリバー)に戦車砲が搭載されているのは右腕なので、違う動作を取り入れても意味が無い。


「ひとつ聞いてもよろしいですか」

 改まって鷹子が木場・美鈴に訊ねた。


「そもそも、どうして戦車砲を右腕に搭載しようと考えられたのです?これでは砲が安定せずに敵に命中させるのは困難ではありませんか?」


 事実、度々ひっくり返っていては実戦には耐えられない。


「砲を背中に搭載して肩に担いだ状態での発射も検討されたのですが、それでは今以上に”確実に”後ろへとひっくり返ってしまうため断念せざるを得ませんでした。そもそも、後ろに砲を積んでしまっては搭乗者の方々に直接戦車砲を背負ってもらう形になってしまうので、安全性も考慮して現在の右腕搭載となりました」


 言うなれば、誘爆の恐れのある砲弾をパイロットから一番遠くへと置いておける場所が腕か脚しか無い。


 誘爆時、脚では擱座かくざしてしまうのは明らかだし、腕なら失っても何ら問題は無い。


 それに取り回しを考えたら、やはり腕に搭載するのが妥当だ。




 休憩がてらに、取り敢えず、何かヒントはないかと動画サイトを検索してみる。



 消防士の消火活動を見て見るも、やはり彼らは放水器を抱えて使用している。


 両手じゃないんだよな・・・。


「湊女史、どうせなら人間が携行している火器のを大型化してキャリバーに持たせた方が安全かつ効率良くはありませんか?」


「何を馬鹿をおっしゃっているんです?何でロボットに乗っていながらロボットに一々引き金を引かせて射撃しなきゃならないんです?二度手間じゃありませんか?」

 唖然とするも、それは薄々気づいていたリアル系ロボットアニメを根底から否定する発言であった。


「それに火器の大型化と簡単におっしゃってくれますけど、銃器の部品を単純に大型化しても強度までも保証できませんよ。撃った瞬間にブッ壊れてしまいます」

 考えてみれば、過去から現在に至るまで、銃器の単純大型化に挑戦した者を見た事が無い。


 おバカな珍兵器開発史にも、さすがにいなかったわ。思い出すなり「馬鹿を言いました」素直に謝った。


「これはヒントになるかもよ」

 元哉が嬉しそうに声を上げた。


 どれどれと一同が彼のPC画面に寄ってくる。


 画面に映るのは。


 


 柱へと鉄砲を打つ、相撲の稽古画像だった。


「これのどこがヒントなのです?」

 見た目チャラい元哉に敬語で話さなければならない理不尽さと戦っている表情をモロに出しながら鷹子が訊ねた。


 すると元哉が映像を巻き戻し。

「見て下さい。彼ら、地面から脚を浮かせていないんですよ」


 彼の言う通り、力士たちは柱へと寄る際、両足を広げて腰を落とす"腰割り”の態勢のまますり足で寄り、鉄砲を打つ(張り手を繰り出す)際に、右手を打ち出すなら右足を前へ、左手を打ち出すなら左足を前へとすり足で寄せている。


「つまり反動が生じる前に足をすり足で出しておくのか・・・」

 岳の呟きに、元哉が「ビンゴ!」と指をパチンッ!と鳴らした。


 彼に褒めてもらっても微塵も嬉しくは無いが、僅かながら光明が差した気がした。


 早速実践に取り掛かる。


 放水が開始される前に腰を落として右足をすり足で前へと突き出す。


 ブシュゥワァァァッ!!


 放水器から勢いよく水が放水された。


「おっ!?」

 体が後ろへと飛ばされない。


 腕にはビシビシとストレスが掛かり、肘関節がおかしくなりそうだけど。


 それでも成功の感触があった。



 まさか相撲の鉄砲にヒントがあったとは。



 驚きは止まない。



 最新技術の中に、人間達が築いてきた歴史を感じずにはいられなかった。

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