第6話ムダに無駄ナシ。
1000通りの動作を取り込む。
最初は腰を抜かすほど驚いたが、始まってしまうと「えっ?こんな事まで一つの動作に入れちゃうの?」と思えるような些細な動作までもがメニューに組み込まれていた。
例えば。
首を捻って後方を確認。さらに腰を捻って視界を確保。・・・これは解る。
でも。
う○こを踏みそうになったので足を浮かした体勢で止まる。なんて項目は、すでに演劇の稽古ではないのかい?
作業を停止する事無く、次々とお題をクリアしてゆく。
こんなのでいいのかな・・・?
思った以上に簡単な作業なので、つい会話を挟みたくなる。
「湊女史」
楓の名を呼びながら彼女の方へと顔を向ける。
「あーッ!!余計な動作を入れないで下さいよォッ!寝住さん!!」
怒られてしまった。
モーションキャプチャでのデータ収集は簡単な作業ではあるけれど、繊細さを求められる作業でもあるのだ。
思わず癖が出ようものなら。
「リテイク!!日向大尉」
隣のブースでは、やり直しが続いているせいか、もはや単語を並べるだけと味気ない。
(俺もミスが続いたら湊女史に単語だけで叱られるのかな・・・?)
人間扱いすらしてもらえないシビアさに天を仰ぎたくなる。
岳たち2号機班は、1時間で約50の動作の取り込みを終えた。
「休憩に入りましょう」
技師たちが休憩に入ったので、岳たちも休憩に入った。
休憩といっても・・・。
白いマーカーを体のあちこちに付けた全身黒のタイツスーツ姿では外の空気を吸いに行く気にもなれない。
それは岳だけに止まらず、3機全てのパイロットが現場で休憩をしていた。
恥ずかしさも当然あるけれど、マーカーが取れてしまわないかの心配もある。
「お疲れ様です」
そんな動きに制限を設けられた岳を気遣って、楓が彼にコーヒーを入れてくれた。「ありがとうございます」軽く会釈を返す。
岳の隣に座り込んだ楓が技師たちを見やった。
「いま、取り込んだ動作をPCを通じてスパコンに送っているんです」
その取り込んだ動作をAIに学習させてゆく訳だ。
「現在私たちが取り込んだ動作が51項目。それらが機体の関節に適した動作なのか、装甲に干渉しない動作であるかを計算して最適化もしくは見送る作業を行っているんです」
見送るとは要は破棄するという事。だが、無駄とした動作も参考の一つとなるので決してゴミという訳でもない。
何事に於いても”ムダ”は生じてくるものだし、そぎ落としてゆくものだ。
「色々と大変なんですね」
ITの事など微塵も理解できそうにないと思う岳は社交辞令的な答えを返した。
「ええ。この1時間で私たちが得た成果はブラッシュアップを経ると、基本動作と照らし合わして、ほぼ削られてしまうかもしれませんね」
関節、装甲に加えて基本動作という関門まで設けられてしまった。
"生み”には苦しみが付き物とは言うけれど、ほぼ削られてしまうといわれてしまえば、やはり虚無感にとらわれてしまう。
様々なシチュエーションを想定しなけらばならないのは理解している。
それでも。
一気に疲れが出てきてしまった。
「はぁ・・・」
思わずため息が漏れる。
「これならロック・キャリバーの着ぐるみを着てモーションキャプチャの取り込み作業を行った方が、作業がはかどるのではないでしょうか?」
文句の一つも言いたくもなる。
「何言っているんですか、寝住さん。ロボットの関節と人間の関節はまるで別物で一緒にしてはいけませんよォ。それにモーションキャプチャというのは骨格の動作を取り込む作業なので着ぐるみを着てしまっては意味がありません」
いや、そこは真面目に答えてくれなくてもいいんだけど。
だけど、彼女の、そんな冗談が通じないくらいの真面目さを見ていると、やはり彼女も技師の一人なんだなと感じずにはいられない。
多くのムダを絶対にムダにしない。何が何でも一粒でも成果を実らせようとするその心意気に、少しだけ疲労感が薄れたような気がした。
「さあ、続きを始めましょう」
誰よりも早く岳は立ち上がった。
そんな作業も5日目にして・・・。
やはりモーションキャプチャの取り込み作業が続いていた。
「ジャーン!!」
楓が手にするのは放水器。しかし、何故か放水器は岳の右腕に固定されてしまった。
「湊女史、これで何を始めるのです?」
質問する最中でさえ楓は作業の手を止める事無く、放水器にホースを装着した。「あ、これから砲撃モーションの取り込み作業に入ります」
実にあっさりと答えてくれた。
「ほ、砲撃ィ!!」
待ってましたと言わんばかりに岳は興奮を抑える事無くオウム返し。
どんなポーズを取って射撃するのだろう。期待に胸を膨らませる。
「砲撃時の反動を再現するために、実際に水が噴き出しますから気をつけて下さいね」
言いつつ、楓が手を挙げると。
ブシュゥワァァァッ!勢いよく放水器の先から水が飛び出したかと思えば。
反動に押されて岳はひっくり返り尻餅をついてしまった。
「み、湊女史!急に始めないで下さいよ」
痛む尻をさすりながら立ち上がった。
「これが砲撃というものです。いいですか?寝住さん。ロック・キャリバーは砲撃時の反動を2本の脚で支えなければならないため、どうにかして反動を体全体で相殺する必要があるんです。これから、その方法を私たちで模索していきます」
当初の目的が最難関であった。
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