第4話生物とロボット。
「皆さんは、朝起きた時に、就寝時よりも身長が延びている事をご存じですか?」
皆に問う岳を見上げる楓の目は、まるで死んだ魚のよう。
(このオッサン、ロボの話から、何を急に健康あるある話に切り替えとんねん)
「横になると重力から解放されるからでしょうか?」
美鈴が小さく手を挙げて答えた。
そんな美鈴へと、楓も顔は即座に向けられた。
(お前もナニ真面目に答えとんねん!)
彼女の回答以前に、楓は容姿端麗な美鈴がどうしてオタクくさいロボットの開発に携わっているのかまったく理解できないでいた。
「美鈴女史。人間は地球上にいる限り、重力からの束縛からは逃れられないのだよ。でも惜しい!人間が就寝中に解放されるのは重力ではなくストレスからなんだ」
地球の重力の束縛とか、この会議はどこぞのSFアニメかい!横道へ逸れても何の注意もしない上司や同僚たちを見やり呆れる楓であった。
「ストレス?」
美鈴が首を傾げる。
「そう!直立した状態だと人間の血液は自然に下へと向いて流れるから血液中の老廃物も脚部に溜まりやすく”むくみ”の原因になる。だけど、横になった姿勢になると、まんべんなく血液は流れむくみなどのストレスから解放される。よって筋肉がほぐされ、伸びた状態となるんだ」
朝起きてすぐに身長を測った事が無いので、果たしてこのオッサンの言っている事が真実なのか?定かとは言い難い。
「それが役立つ情報なのか?よく解らないけど、この会議に何か好転をもたらしてくれるの?」
ようやくイキっているオッサンをたしなめてくれる人物が登場してくれた。
1号機パイロットの鷹子だった。
「まっ、キャリバーの中にいる私たちはあんまり気にならないけど、周りが迷惑している装甲鳴りの対処になるのなら、このままご講義を続けてもらっても構わないわよ」
ようやく援軍の登場かと思われたものの、彼女の言い分では、最悪の場合、皆で我慢もやむなしと半ば諦めている。
岳が得意顔で人差し指一本立てた。
「結論から言いましょう。ロック・キャリバーの筋肉に採用されている電導性伸縮ゴムは通電した時点で若干縮むのではないでしょうか。挙動のために生じる"溜め”が今回の装甲鳴りの原因だと私は推察します」
「それは無いです」
ディブ教授が即否定した。
「まな板の上の鯉の状態のゴムならまだしも、キャリバーに搭載されている時点で装甲をまとっているのです。乾重量にして3700㎏。移動コマンドを瞬時に履行させるために”溜め”は必要なんです」
教授が否定したのは、あくまでも実験台の上で行われていた伸縮実験での状況であって、機体の内部
さらに、装甲までまとった機体を歩行させるとなると、溜めが無ければ操作からワンテンポ遅れた挙動となってしまう。
―結論―
直立状態でハンガーに収まっている(つまりストレスレスの状態にある)キャリバーはゴムが伸びた状態にある。
機体を起動し全ての電導性伸縮ゴムに通電した時点で車のアイドリング状態と同じとなり、いつでも動ける状態("溜め”を置いた状態)にしておくのだ。
”溜め”=ゴムが縮んだ状態が生じるため、装甲と装甲の隙間が失われ、結果装甲同士が擦れ合う"装甲鳴り”が生じてしまったのである。
「では、我々はいかなる対処をすれば良いのですか?寝住大尉」
ディブ教授が回答を求める。
「機体が完成した状態で言うのも何ですが、装甲同士が擦れ合わないくらいの隙間を作る必要がありますね。もしくは筋肉を痩せさせるとか」
どちらも素直に聞き入れられない意見であった。
まさに今更何を言ってくれるのか?難しい顔で机を睨み付ける教授であった。
「装甲の作り直しにどの位の時間が必要ですか?」
黒石少佐が整備士主任たちに訊ねた。
「実戦用だと約一ヶ月」「一ヶ月!?」
黒石少佐の険しい眼差しに、整備士主任達がたじろいだ。
「し、しかし、シルエット評価用のモックアップなら1週間いや!4日で仕上げて見せます」
「本当に?3機全ての?」
少佐の疑いの眼差しに耐え切れずに3号機の整備士主任は顔を背けた。
と鞍馬技術曹が手を挙げた。
「そんな急ごしらえで大丈夫なのですか?少佐。前線に立たれる覚悟がお有りのお二人とは違い、私は安全面を疎かにした機体には乗りたくありませんよ」
国の一大事を左右する兵器の開発に携わっているというのに、このIT技術曹サマは我が身を第一とお考え下さっている。
鷹子・岳の彼へと向けられる眼差しは冷たい。
「歩行評価試験は後回しにして、まずはモーション取り込み作業に取り掛かりましょう」
少佐の判断に、惣一は「は!?」怪訝な顔を見せた。
「お言葉ですが少佐。事は急を要しているのですよ。我々は一刻も早く歩行評価試験を行い、あらゆる路面に対応すべくデータを取ってAIによる演算試験に取り掛からなくてはならないのです」
3機がそれぞれ異なる路面条件の下で歩行評価試験を行い、さらなる条件下をシュミレーションしてスーパーコンピューターとAIに演算させて歩行データを収集するのである。
そうして、ようやくロック・キャリバーは安全な2足歩行ロボットへと進化してゆくのである。
「モーションを取り込むことによって、不測の事態に備える動作も学習しておく必要があるでしょう?」
転ばぬ先の杖という訳。
安全が確保されているコクピット仕様だとしても、願わくば転倒はしたくないと頭を悩ませる岳だった。
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