第3話モーターヘッドを知っているかい?

 歩行評価試験早々に発生した、いわゆる”装甲鳴り”の原因を究明すべく、急きょ対策会議が開かれた。


 会議を取り仕切るのは、本計画の責任者でもある黒石・アネット・恵子陸士少佐を筆頭に、電導性伸縮ゴムの開発研究を行っている名古屋工科大学のハジャディン・ディブ教授の二人。


(ここでは国際会議でも行っているのか・・・?」

 と、思えるほどにインターナショナル感満載な会議室に、寝住・岳は違和感を覚えると共に周囲を見渡した。


 出席している大学の研究員は、岳が搭乗する2号機の試験官である湊・楓と3号機の試験官を担当する和泉・元哉いずみ・もとやを除いて外国人(見た目)もしくはハーフの方ばかりである。


 とはいえ、教授のハジャディン・ディブ氏は見た目こそれっきとしたインド人ではあるが、彼自身は立派な日本人である。つまり、両親が共にインド人でありながらも、生まれも育ちも日本であるが故である。


 ちなみに彼、ディブ氏は全くインド語を理解出来ず、文字を読むのも会話することも出来ない。ただし、インド式算数は得意である。


 並べて、他の研究員たちも日常会話は日本語しか話せない、どこかの外国人漫才師を彷彿させる。


 出席者は他に、1号機パイロットの日向・鷹子ひゅうが・たかこ陸士大尉。対機甲専門部隊出身の、実験評価小隊とはいえ、一応このチームの隊長を務める。

 そして、その試験官の木場・美鈴きば・みすず。彼女は名前だけ聞けば間違いなく日本人なのだが、容姿はまぎれもなく金髪碧眼の外国人。だけど日本語しか話せない。



 2号機のパイロットの寝住・岳陸士大尉。機甲科部隊つまり戦車乗りから採用された。

 今回、ロック・キャリバーのテストパイロットに採用されてからヤケにテンションが上がっている。


 その試験官を務める湊・楓。部隊に所属していたら、真っ先に修正されるであろう甲高い声の持ち主。おまけに結構なタメ口を聞いてくれる。



 3号機のパイロットの鞍馬・惣一くらま・そういち技術曹。

 技術曹と階級が付くものの、彼自身IT戦略のために一般公募で入隊した隊員であり、鷹子や岳のような陸士としての厳しい訓練は一切受けていない。

 あくまでもロック・キャリバーの開発担当パイロットの一人であり、当然ながら正規パイロットになる資格は持っていない。 


 そして、その試験官を務めるのは和泉・元哉。チャラい茶髪は地色ではなく染めているもの。

 国防の兵士ではないので注意こそされても染め直す義務を帯びていない。


 あとは、それぞれの機体の専属整備士主任が出席している。


「では、"装甲鳴り”についての対策会議を始めます。ディブ教授、具体的な原因は究明できたのでしょうか?」

 の問いに、教授は即座に首を横に振った。


「教授、”日本語は分からない”は、この際通用しませんよ。事前に原因を究明しておくよう、お願いしていはずですが」

 黒石少佐が視線を真っ直ぐ前へと据えたままディブ教授へと念押しする様は、まるでドライブ中にケンカをしている熟年夫婦のようだ。


 ディブ教授は圧に耐えきれずに手で顔を拭う。


「美少女が機体に寄り添い、装甲の鳴りが静まれば良いのですが、現実は原因を究明して正していかなければならないのですよ」


 ・・・・・・。


 皆が黒石少佐へと向いたまま、唖然としていた。


「あ、あの・・・何の話をされているのか・・・?」

 ディブ教授が訊ね、「忘れてください」と黒石少佐が短く答える最中。


「あの、"ジュノーン”のお話は良いですから、原因ではないかと思われる私の推測を述べてよろしいでしょうか?」

 岳が手を挙げ述べると、黒石少佐は少し嬉しそうに「どうぞ」話を続けるよう促した。


 しかし、誰も気づかなかった。




 この場において、二人にしか通じない話があった事を。


 寝住・岳が元ネタとなる漫画を知っていてくれたことに、黒石少佐は少なからずも親近感を覚えた。


 岳が推察を述べた。


「今回、我々は、ロボットという特殊な機器を用いての実験に携わる事になりました。しかも、駆動系に採用されているのは、従来のロボットに用いられていたモーター駆動系のサーボや空気圧によるシリンダー伸縮による動作ではなく、電導性伸縮ゴムといった、すでに多岐にわたって我々の生活を支えてくれている新技術の発展型を用いています」


 電導性伸縮ゴムとは、言葉の通り電気を通す事で伸び縮みをするゴムである。


 ゴムといえば通常、誰もが絶縁体を想像してしまうが、ゴム自体が電気を通し伸縮する事で電線をゴムで覆う必要は無く、よって些細ではなるが、無駄な重量を省く事に成功している。


「私が子供の頃、机に乗るロボットたちは電源を切ってしまうと、ヘナヘナと力無くその場に崩れ落ちるものばかりでした。子供心に『しっかりしてくれ』と残念に思いました」

 会議室がどよめいた。


 彼は一体、何の話をしているのか?と。


「電源を落としても、自立しているロボットを見たのは・・・」

 岳は窓の外、それよりも遙か彼方の空へと体ごと向いた。


「それは・・・、ニュースで見た、大阪の通天閣を模した2足歩行ロボットでした」


「あ、あの・・・さっきから何の話をしているのです?」

 隣に座る楓が訊ねてきた。


「黙って俺の話を聞いてくれないか」

 遠くの空を見つめながら、岳は質問さえも許してくれなかった。


 岳が続ける。


「電源を落としても自立している。それはロボット史に於いて実に画期的な事だったのです」


「力説中、大変失礼だと存じますが、私たちが開発しているロック・キャリバーも、電源を落とした状態でも自立していますよ」

 美鈴が小さく手を挙げて、ブルーの瞳を岳へと向けた。


「うん!そうだね。では話を変えよう」

 あっさりと認めた上に、急に話を変えようと持ち出した岳に、責任者であるはずの黒石少佐とディブ教授は何の注意もしない。


 岳が皆へと向き直った。

「皆さんは、朝起きた時に、就寝時よりも身長が延びている事をご存じですか?」


 隣に座る楓は岳を見上げ、これってもしかして、ただの日常会話なんじゃ・・・?沸き起こる不安を抑える自信を持てそうにない。


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