最終話 最終決戦

 ヴァレアニアの訓練場。レイザードは軍を指揮し、模擬訓練を行う。

 そばにはハーヴェンスタイン伯爵がいた。


「わしはこれからエデンブリアへの総攻撃の作戦会議がある。あとは任せた」

「はい、父上」

「エデンブリアに赤子一人たりとも残すな。悪魔の国を浄化せよ」


 父は去った。

 レイザードは戦う兵をながめながら、思い出にひたった。

 一緒にソーラン節を踊ったエデンブリア人。自分を友と呼び、にっと笑っていたテルシ。みんなただの人だった。

 エデンブリア人は本当に悪魔なのだろうか。

 ソーランが好きなだけの、裏も表もないただの人ではなかったか。


「……みんな、ちょっといいか?」


 レイザードは思うことがあり、軍隊に呼びかける。




 エデンブリアの牢獄。つるされている輝志てるしは目をつむり、弱々しく歌う。


「やーれソーランソーラン……」


 王様の前に引きだされ、自分のせいでエデンブリア人が大勢死んだと言われた。輝志てるしにはよくわからないが、えらい人みんなが言うのだからそうなのだろう。

 それならば、本当にもうしわけないと思う。


「声を立てよと歌声あげて」


 では輝志はここで何をすべきだ?

 立ち直れないほど後悔すべきか? 罪をつぐなうためにみんなのうらみを受けて死ぬべきか?

 ヴァレアニア人でありながら、楽しそうに踊っていたレイのことが思いだされる。

 輝志は何がしたい?


「さーあのどっこしょ……」

「テルシ、起きた?」


 天井から呼びかけられる。

 目をあけると、天井のしっくいがポコポコと小さく砕けた。隙間からエルダリンが手をふっている。


 


 城下町に、エデンブリア中から兵隊が集まる。

 鐘やラッパが鳴らされ、王の馬車を先頭に、兵隊が行進した。


「ヴァレアニアを倒せ!」


 国境の荒野でヴァレアニアとの戦闘が起こっているそうだ。激しい戦いで、敵は全軍を投入したらしい。

 そこでエデンブリアも全力をあげることになった。士気しきを最大限あげるため、王様も出撃する。

 今日こそが、二国の最終決戦だ。


 


 ベッドで寝ていた輝志てるしは起きあがった。

 周囲で数人のエデンブリアの知り合いが、輝志の看病をしてくれていた。

 エルダリンが飛んでくる。


「テルシ、もういいの?」


 窓の外では軍隊が行進している。


「みんな、王様に見つかったら怒られないか?」

 

 知り合いたちは笑う。


「ここにいるみんな、テルシのこと見捨てられなかったから」


 彼らはエルダリンを捕まえ、輝志の安否を問いつめたそうだ。

 協力して輝志のいる牢獄を割り出し、エルダリンに空間移動の魔法で助けさせた。


「俺たちはソーランが踊れて楽しかったんだ」

「テルシがあんなに打ちこんでる姿を見たら勇気づけられたし」

「みんな、ありがとな」


 輝志はベッドから降りる。

 エルダリンが止めようとした。


「テルシ、まだ身体が」

「俺にはやることがある。俺の戦い。俺のつぐない」




 国境の荒野に乾いた風がふきすさぶ。ヴァレアニア軍はエデンブリア軍とにらみあう。ハーヴェンスタイン伯爵とレイザードもいた。

 両軍のラッパがけたたましく鳴らされる。


「全軍進軍せよ!」


 おたけびをあげ、両軍が突進する。

 いよいよ、史上最大の殺し合いが始まる。


 ぺんぺんぺぺんぺぺんぺぺ……。


 と思われた矢先、大音量のげんの音が鳴った。


「なんだ?」


 軍隊は立ち止まり、あたりを見渡した。レイザードも周囲を観察する。

 それは空中から聞こえた。

 見上げれば……。


「どっこしょ〜どっこいしょ」

「ソーランソーラン」


 半透明の巨大な雲が、こちらに向かってやってきている。

 雲の上で、エデンブリアの老若男女が一生懸命踊っていた。妖精たちが口を開け、記録された音楽を流している。

 地上の誰もがぽかんとした。


「ヴァレアニア軍のみんな! エデンブリアとソーランバトルだ!」


 地上に向かって叫んでいるのは、ねじった細い布を頭に巻きつけた少年、テルシ。

 ハーヴェンスタイン伯爵はうなった。


「何を言っている」

「より長くソーラン節を踊り続けた方が勝ち! 棄権するならエデンブリアの勝ちな」



 エデンブリアの隠れ家で、輝志はみんなに宣言したのだ。


『俺はソーラン節で武力の戦争を止める。決着をつけるならソーラン節でだ』


 エルダリンはあきれかえっていた。


『ほんっとこのバカ』


 しかし、周りの者たちは賛同した。


『私たちも手伝うよ。知り合いにも呼びかけてみる』

『ソーランには世界を変える力がある。戦争だってきっと止められるさ』

『もう』


 ため息をついたエルダリンも、最後には妖精たちを説得してくれた。彼らには魔法の雲を作ってもらった。



 

 地上のハーヴェンスタイン伯爵は、われに返って自軍を怒鳴る。


「何をしている。矢を射たぬか!」


 となりのレイザードは悟り、フッと笑う。


「来ると思ってた。テルシ」

「?」

「父上、やつらに武力は無意味です。連中は踊りによる決闘をもうしこんでいる。こちらも踊りで勝負しなければ、同じ土俵に立ったことにならない」

「あんな馬鹿げた連中と同じ土俵に立つ理由などあるか」

「まあまあ。偉大なるヴァレアニアであれば、戦の余興よきょうの踊りでエデンブリアを負かすくらいわけない。小さな勝利をおさめることでわが軍の士気をあげてもよいでしょう」

「ぬ……」

「ここは私にお任せください。みなの者!」


 軍隊がレイザードのまわりに集まり、円陣を組んだ。天上の妖精たちの音楽に合わせ、身体からだを動かしステップを踏む。

 ソーラン節とはまたちがった、ヴァレアニアの民族舞踊のふりつけが入った踊り方。レイザードが指示して練習させた。

 彼自身も馬を降り、踊りにまじった。


「ソーランの踊りは完全に習得できなかった。ならばヴァレアニアのすぐれた踊りを見せつければよい」


 

 雲の上から地上を見る輝志てるしは、うれしさであふれた。


「最高だぜ、レイ」


 ますます力をこめて踊った。


 


 地上のエデンブリア軍もソワソワしだした。


「俺たちも踊るか?」

「エデンブリアの威信がかかってるんだ」

「みんなで思い出せ。ソーランのステップ」


 エデンブリア兵たちも、リズムに合わせて身体からだを動かし始める。



 ヴァレアニアの兵たちはぴょんぴょんステップを踏む。やりをあげたりさげたり。

 レイザードも笑顔で踊っている。

 ハーヴェンスタイン伯爵は顔をもみくちゃにし、とうとう観念した。


「くそ、我が国のためだ」


 馬を降りてステップを踏んだ。


 


 天上と地上で壮大な踊りがくり広げられる。誰も彼も笑顔のまま、一滴も血を流すことなく、両軍の踊りは夜通し続けられた。




 朝日がのぼる。へとへとにつかれ、眠り倒れた者が出たころ、天上の大雲がゆるやかに地上まで降りた。

 両軍の兵が見守るなか、輝志とレイザードが向き合った。


「いい踊りだったよ、レイ」

「テルシも。素晴らしかった。できることならまたきみとソーランを踊りたい」

「俺も。ソーラン節、また踊ろうな」


 固く握手をした。

 ハーヴェンスタイン伯爵は、気持ちのよい疲労にに尻もちをつき、二人の少年をながめた。

 



 エデンブリアとヴァレアニアは、争いが起こるたびにソーランで決着をつけた。さらに毎年大規模なソーランの大会が行われ、交流が始まった。

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ソーラン教 ~転移したソーラン節バカが暗黒異世界にソーラン節を普及させる~ Meg @MegMiki34

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