2. カップリング
仕事の癖で予定よりも早く到着してしまった。
村で唯一のカフェレストラン『ルータス』には、めかし込んだ男女が少しずつ集まり始めていた。
俺は7部袖の黒ジャケットに白シャツ×チノパンという、とにかくオーソドックスな格好にした。
所詮は数合わせ要員であるのだが、場の雰囲気を壊さない程度の格好はしないと村のイメージに関わる。
「中村さん、助けてください」
受付は何処かと見渡していると、知り合いの商工会役員が青い顔をして声をかけてきた。
「大変申し訳ないのですが少し手伝ってはもらえませんか? 保育所で胃腸炎が流行り出したらしく、急にスタッフが2人足りなくなってしまって……」
「全く構いませんよ。何をお手伝いすれば良いですか」
「あの、取り敢えず受付をお願いします。その後のミニゲームも手が足りなくて……」
俺は快く了承した。
正直、見知らぬ女性達の中に放り込まれるよりも、仕事を与えられた方が有難い。
示された場所に行くと、小柄で可愛らしい女性が受付を始めていた。
「中村です、本日受付を担当することになりましたのでよろしくお願いします」
「佐野です。よろしくお願いします。良かった、会費も受け取るので混み合ってきたらどうしようと思っているところでした」
佐野さんはそんな風に言ったけれど、きっと一人でもこなせただろう。
プロのイベントスタッフの方なのだろうか。
イレギュラーな質問も的確に応対して動きに無駄がない。
笑顔も素敵な人だ。
ん? 何を考えているんだ俺は。
受付業務を滞りなく終えた俺たちは、質問ゲームとクイズ大会のサポートに回った。
会場が良い感じに温まったところでフリートークタイムとなり、漸く役目から解放された。
「いやぁ、お二人とも本当に助かりました。お陰様でパーティーは盛り上がっています。あとは食事を楽しんだり、気になる方がいたら是非声をかけたりして満喫していってください」
役員の言葉に驚いて思わず隣を見た。
「佐野さん、参加者だったんですか」
「中村さんはスタッフじゃなかったんですか」
俺たちは同時に声を上げて、そして笑ってしまった。
「はい。参加者のつもりで来たのですが、急遽手伝いを頼まれてしまって。スタッフと知り合いなもので、頼み易かったのでしょう。佐野さんこそなんで手伝いを? 地元の方ではないですよね」
「私も今朝急に頼まれたんです。実行副委員長をしているのが大学の同級生で、親しい友人だったものですから」
改めて自己紹介をすると、お互い人数稼ぎのための義理参加……の末のお手伝いであることが分かった。
「秘書をやられているんですか。どうりで、対応がスマートでした。だから余計にスタッフだとばかり」
「中村さんこそ。落ち着いてらして、難しい方にも気持ちよく接してらしてまさかピンチヒッターだったなんて思いもしませんでした」
数合わせの俺たちは労いの乾杯をして、会場の隅で残りの時間をのんびり過ごそうとしていた。
けれど魅力的な彼女を他の男性陣が放って置くはずもなく、実は参加者だったという事が分かると、次々に人が集まってきた。
俺はその場をゆっくりと離れた。
願わくば、彼女に良い出会いがあるといい。もし、この村の住民になってくれたら頼もしい人材となるだろう。
それからの俺は完全に仕事モードに徹した。
会場内に目を配り、所在なくしている参加者に男女問わず声をかけて、会話を盛り上げた。
なんなら、臨時仲人になったつもりで働いた。
一息ついて烏龍茶を飲んでいる時に、実行委員長から「中村さんには参加料をお返しするどころか、報酬を差し上げないといけませんね」とまで言わしめた。
パーティの最後は、カップリングの時間だ。
アプリを使って、気になる相手を第1希望から第3希望まで挙げてマッチングをする仕組みになっていた。
「もっと知りたいという方、少しでも気になる方がいた場合はできるだけ入力をお願いします。ここでのカップリング成立が即座にお付き合いという訳ではないので、お気軽にどうぞ」
俺は迷った。迷った末、ダメ元でひとりの名前を入力した。
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しばらくすると結果が送られてきた。
『おめでとうございます。【8番】佐野梓さんとカップリングが成立しました』
心臓が止まるかと思った。
「本日はなんと5組のカップルだ誕生しました。カップルになった方はガーデーンスペースでお相手をお待ちください」
司会者の声が遠くに聞こえる。
淡いピンクの薔薇が咲く庭で、現実感がないまま雲を眺めていると一足遅れて女性陣がやってきた。
「カップリング……成立してしまいましたね」
俺の前にやってきた佐野さんは、ほんの少し頬を染めていた。
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