蛍の舞う村で
碧月 葉
1. 婚活パーティーは突然に
「婚活パーティーっすか?」
入社3年目の佐藤君は露骨に眉を寄せた。
「面倒くさがらずに頼むよ。参加人数が足りず商工会が困っているらしい。役場も共催しているイベントで参加費も手頃のようだし、飯を食いにいくつもりでどうだ?」
「課長……俺、今彼女がいるんですよ」
「そ、そうか。それは悪かったな」
そう言われたら引き下がるしかない。
想定外、これは困ったことになった。
あいつ、いつの間に新しい彼女を……と、詮索している暇はない。商工会への対応を考えなくては。
付き合いがあるから依頼を無碍にする事はできない。
さて、佐藤君がダメなのだと誰を送り込もう……迷惑になるような奴を行かせる訳にも行かないしな。
『○△村婚♡/素敵な出会いをしてみませんか/ 村で生産された食材を使ったこだわりの料理とミニゲームで楽しい時間を過ごしましょう/20代〜40代の男女募集!』
俺はカラフルなチラシに、ため息を落とした。
「人が集まらないって……そもそも需要が無いのと違いますか。これだけ出会いのツールが発達している時代ですから、相手が欲しいような子は既に自分で動いていますよ。村のイベントなんて若い子は行きたがら無いんじゃないかしら」
小学生2人のお母さんである鈴木さんが、チラシを覗き込んで首を傾げた。
「やはりそう思いますか……しかし今回は村が『婚活移住』を謳ってキャンペーンをしたらしく、都会の女性がツアーで参加してくるんだそうです。せっかく来てもらうのに男性参加者が少ないんじゃ申し訳ないということで、商工会も慌ててるっていう状況なんですよ」
「だったら課長が行けば良いじゃないですか。40代もアリなんですよね」
佐藤君がチラシを指差した。
俺は「まだギリ30代……」という言葉を飲み込みながら首を振った。
「ナシだろう」
俺みたいな奴が行く位なら、営業課の工藤君を遣った方がまだマシだ。
「課長、逃げてません?」
佐藤君の挑発的な言葉に課のメンバー達は面白がった視線を向けてくる。
「……結婚願望が無いのに参加したら迷惑になる」
一瞬居た堪れない空気が流れたが、鈴木さんが知り合いに声をかけてみると助け舟を出してくれたのでその場は収まった。
—— ヒキガエル
俺はあの時の言葉が忘れられない。
新入社員の頃、気になる女の子がいた。
ショートヘアの美人で当時俺が推していたアイドルによく似ていた。
そんな彼女に言われた言葉が「ヒキガエル」。
流石に面と向かって言われた訳ではなく、給湯室で女子達が話をしているのを偶然聞いてしまったのだ。
「中村君ってさ、絶対恭子に気があるよね」
「嘘、やめてよ気持ち悪い」
「そんなに嫌なの?」
「当たり前でしょ。ダサいヒキガエルみたいな男じゃん。あの死んだような目で見られてると思うと鳥肌がたつ。キモっ」
「カエルってひど〜い」
そして給湯室は女子達の笑い声に包まれた。
ヒキガエル……ずんぐりして、べとべとして醜いカエル。
俺はしばらく立ち直れなかった。
確かに俺は色黒で図体はデカいし、目つきは悪いし、当時はニキビがちだった。
モテない訳だ。むしろ気持ち悪いと思われていたのだから。
その時から俺は恋人も結婚も諦めた。
同僚に不快感を与えないよう、清潔は常に心がけ、ひたすら仕事と自分の趣味に打ち込んできた。
まあ今思えば良い選択をしたと思う。
当時の件は苦い思い出だが、お陰で遠回りせずに「ヒキガエル」なりに充実した日々を送っていられる。
だから今さら婚活パーティーなんてとんでもない。
ヒキガエルなおじさんが出てきたら、村のイメージはダダ下がりになってしまうだろう。
鈴木さんには感謝だな、後で子どもたちが喜ぶお菓子でも買って渡さないと。
俺はほっとした気持ちで家路についた。
もはや「婚活パーティー」というボールは手元にないと信じきっていた。
***
数日後
ボールは思わぬところから蹴り返されてきた。
「う、嘘だろう」
『○△村婚♡ お申し込み誠にありがとうございます』
という文書が自宅に届いたのだ。
何の手違いかと混乱していると母が農協から帰ってきた。
「ああ和也。そういえば、この前ね支店長が困っていたから『お見合いパーティー』みたいなやつにあんたの名前で申し込んどいた。今度の週末はランチ代わりに行ってきて頂戴。あそこのデザート結構美味しいのよ」
母は笑顔だった。
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