時が止まる気がした時

 タソガレは逆手に持った鍵を、迫ってくるトコヤミの顔の高さにスイングする。だが、トコヤミは地を這うような低姿勢のダッシュで避けながら距離を詰めると、左縦拳をタソガレの頬に叩き込んだ。恍惚の表情を浮かべていたタソガレの顔が歪む。


「……っ!」

「……」


 両者、無言である。

 やや距離が開くと、トコヤミもまた右逆手に握った短い槍を振り、タソガレと数回火花を散らしながら打ち合い、さらに距離を離してお互いに身構えた。


「いやぁ、さすがに速いですねぇ!最初の一撃は完全に虚をつかれましたよ!いや、私も私なりにあなたの格闘技を研究してですねぇ!澤山流拳法ですか?目ぼしい道場も見つからなかったものですから、軍隊格闘技も参考に……」


 堰を切ったように喋り始めるタソガレに、トコヤミは問答無用とばかりに襲いかかる。ふっと身を低くしたトコヤミの姿勢にタソガレは体を緊張させる。


(また、あの低い姿勢のダッシュでしょうか!?)


 だが、飛んできたのはトコヤミではなく、彼女が投げた短い槍だった。咄嗟に鍵ではねのけるタソガレであったが、ワンテンポ遅れてトコヤミが飛び込んでくる。

 トコヤミはタソガレの右腕を抱え、大外刈りで床に叩きつけた。またしても「さすがですねぇ!」と言いかけたタソガレの顔を踏みつけると、彼女の体をうつ伏せに返し、肩関節を極める。以前コンビニ強盗にかけたのと同じ技だ。


「いやいや!それは良くないでしょう!トコヤミサイレンスらしくもない!」


 タソガレはそう言うと、自身の体を回転させた。もちろん、そんな事をすれば彼女の肩が砕けるのは必至だ。だが、タソガレは激しい痛みにもかかわらずそれを断行し、仰向けになった状態でトコヤミの顔を蹴り飛ばした。やむなく二人の距離が再び開き、タソガレは右腕をだらりと垂れ下げながら立ち上がる。


「痛い!すごく痛い!……でも、これがあなたから受けた痛みだと思えば……やばい、ゾクゾクと興奮します!私たち、今、私たちにしかできない交流をしていますよね!?誰にも邪魔できない、私たちだけの時間!」


 トコヤミは、本当はそこまで喋らせるつもりはなかったのだが、武器である短い槍はタソガレの足元に落ちている。当然、拾おうとして隙を見せるのは自殺行為だ。しかし、再生魔法を使えるタソガレに対し、拳を何発叩き込もうが、骨を何本へし折ろうが、それでは殺せない。槍を脳に打ち込む、あるいは首を締める、心臓をつぶす、とにかくそういった致命的な一撃で仕留めなければならない。

 タソガレの肩はすでに回復していた。彼女は確かめるように手にした鍵を素振りする。

 ふっとトコヤミが槍を拾おうとするような動作を見せると、やはりタソガレが反応した。やはりその隙に攻撃するつもりだったのだ。トコヤミは少し歩いて様子を見ると、またしても槍を拾おうとするような素振りをみせる。とうとう、焦れたタソガレの方がトコヤミの槍に手を伸ばした。


「はっ!?」


 槍を拾おうとすれば隙ができるのは、タソガレも同じである。今度はトコヤミがその隙に対して脳天に肘打ちを叩きこみ、小手返しでタソガレを投げながら、槍をもぎとった。すぐさまタソガレは受け身をとり、体勢を立て直す。


「トコヤミサイレンス~~!」


 タソガレは今日何度目かの嬌声をあげる。


「いったい私にどれだけ言わせるんですか~!さすがですねぇ!槍を拾えさえするなら、それは自分の手である必要はないと!そして本当に無駄がない……」


 そこまで言ってタソガレは沈黙した。トコヤミがすぐに襲いかかってきたからだ。鍵と槍が交差して火花が散るが、今度は二人の距離が離れない。いや、徐々に接近していく。お互いの反射神経の限界に挑む、危険な領域へ足を踏み入れていく。


「ああ……!あああ……!ああああ~~!」


 限界をむかえたタソガレが距離をとろうと後ろにステップしようとした途端、彼女の天地がひっくり返った。トコヤミが投げたのだ。


「……」


 トコヤミは無言で、槍をタソガレの額に叩き込んだ。それで勝負は決したかに思えた。だが、次の瞬間、トコヤミの右半分の視界が消えた。


「!?」

「いや~!やっぱりすごいな~!トコヤミサイレンスは……!」


 左手ごと槍を貫通させて、脳に致命的なダメージを受けるのを防いだタソガレは、そう言いながらトコヤミの右目の横に差し込んでいた鍵を抜いた。


「!!」


 トコヤミは槍を引き抜いてもう一度タソガレの頭を貫こうとしたが、彼女はすでに脱出していた。槍は冷たいフロアを穿つ。そして、見えない右方向からタソガレの声が聞こえてきた。


「私は鍵の魔女。私はどんな鍵でも解錠できるし、あらゆるものを施錠できる。例えそれが、人間の視覚であろうとも」


 トコヤミはすぐさま見えない右方向へ槍を振るが、手応えは無かった。逆に、右側面から顔を殴られ、膝をつく。やがて今度は、左目側面に何かが挿入される感覚が走った。


「そして、これで終わりです」


 タソガレがトコヤミの左目の横に差し込んだ鍵をひねると、残っていた視界も全て閉ざされた。つまり、トコヤミは今、目が見えなくなったのだ。


 その時、倉庫で倒れていた一人の黒いドレスの女が目を覚ました。何が起こったのかと、周りを見回す。自分は今、水たまりの上にいた。そして、むき出しになった電気のコードを見て思い出す。そうだ、先ほど村雨ツグミに感電させられたのだ、と。


「……死ぬかと思った」


 黒いドレスの女は起き上がり、マシンガンを構えながら、ゆっくりと事務室に近づく。扉を開けると、白衣を着た女性と、寝袋にくるまって苦しそうにあえぐ少女の姿が見えた。西ジュンコと、一文字ツバメである。ジュンコはツバメを介抱しながら、入ってきた黒ドレスの女には一瞥もくれない。


『目撃者は全て始末しろ!』


 黒ドレスの女は、サブリーダー格の一人がそう言っていたのを思い出す。その思考を読んだかのように、ジュンコは背中を向けたまま言った。


「やめろよ。子どもを撃つことはないだろう?」

「……その子はどうしたの?」

「君が持っている銃の毒にやられたのさ。命が……消えそうだねぇ……消えてほしくないねぇ……」


 黒ドレスの女はマシンガンについたライトを点灯させ、ジュンコとツバメを交互に見る。やがて彼女は、携行品の一つであるナイフを引き抜き、ぽんとジュンコの傍に投げた。


「……なんだいこれは?どういう意味だい?」


 ナイフを拾ったジュンコは、赤く光る瞳を黒ドレスの女に向ける。その目からは、涙が流れていた。例えこの瞬間、トコヤミサイレンスが敵の魔法少女を倒しても、もう間に合わないと覚っているのだ。ツバメの命は助からない、と。


「あなた、悪魔でしょ?」

「悪魔が涙を流しちゃ悪いかね?」

「あなたは悪魔なんだ」


 黒ドレスの女が、念を押すように言う。


「その子を楽にしてやりなよ。何をするべきか、もうわかっているはずだ」


 その一方。

 視力を失ってから、何度目になるかわからない突進を、トコヤミは繰り返していた。その度に、彼女は壁や家具に体をぶつけ、傷だらけになる。


「やめてくださいよ!トコヤミサイレンス!もう勝負はついたんです!」


 その声に反応してトコヤミは再び突進するが、音も無く歩く技術を身につけているタソガレを捉えることはできない。


「最後まであきらめないその心!本当に!本当にあなたは!さすがですねぇ!」


 トコヤミは槍を振り回すが、ことごとく空を切る。当然であった。トコヤミサイレンスは座頭市ではないのだ。視力が無いことは、近接格闘において致命的な弱点である。

 だが、トコヤミは何も考えていないわけではなかった。


(今の私に、アレができるだろうか……?わからない。でも、やるしかない!ツバメちゃんを助けるために!)

「もうやめてください!もはや、痛々しいですよ!」


 冷蔵庫にぶつかり、赤い血痕をべったりと残すトコヤミに、タソガレは懇願するように叫ぶ。タソガレは足音を消して、トコヤミの背後からゆっくり迫った。


(もう見ていられません!両足に鍵をさして、動けなくなってもらいましょう……!)


 肩で大きく息をするトコヤミは、まだタソガレを見失ったままだ。


(さぁ!今です!)


 タソガレがトコヤミに迫った。その時である。


 ピチャリ


(えっ?)


 タソガレは無言のまま、自分が出した足音に驚いた。それも、ただの足音ではない。ピチャリと、水たまりを踏んだような音がしたのは、床に溜まっていた血のたまりを踏んだからだ。


「そこに……いるんだね」

「ハッ!?」


 なぜ床に血のたまりができていたのか?タソガレは目前で振り返るトコヤミの体を見て覚った。いつの間にか、彼女は自分の内腿の血管を槍で切り裂き、床に血を流し続けていたのだ。


(でたらめに家具や壁につっこんでいたのは、何も考えないでやっていたことではなかった!この事を覚らせないためだったのか!)


 だが、それがどうしたのだ!ともタソガレは思う。位置を知られたからといって、相変わらずトコヤミは目が見えないのだ。


(近接格闘で、自分が遅れをとるわけがない!)


 そのはずだった。


(な……なんですか!?これは!?体が……動かない……!!)


 突如、タソガレの体は、自分の意思とは裏腹に、動けなくなった。声も出せない。それどころか、呼吸さえ止まっている。


(どういうことでしょうか!?まさか、時間を止めたのですか!?オウゴンサンデーのように!!……いや、もしも時間を止めたとしたら、それを私が認識しているのは、おかしい!!)


 槍を構えて迫るトコヤミを視界にとらえて、やっとタソガレは理解した。彼女が何をしたのかを。


(時間停止などではない!魔法ですらない!私が、恐怖で金縛りにあっているんだ!殺気!!強い殺気で、私の体を縛りつけている。私をまるで、蛇に睨まれた蛙のように!!冗談じゃない!私だって暗殺者なのに!!)


 暗殺者は、普通自分の殺気は隠して行動するものだ。それはトコヤミも同じである。だが、度重なる殺害経験が、魔法とは違う心の技をトコヤミに与えた。そして、今のタソガレが身につけるには、まだあまりにも遠い力を。


「私が今まで、何人の魔法少女を葬ってきたと思っているの?」


 トコヤミの言葉は、いみじくもその通りである。金縛りをはねのけられないタソガレは、せめて心の中で叫んだ。


(やはり、あなたは素晴らしい!本当に!本当に!本当に!本当に!……さすがですねぇ!!)


 であれば、タソガレに残された選択肢は、トコヤミが振り上げた槍を、ただ待つだけである。


(ああ……あなたを知り、あなたに憧れ、あなたと出会い、そしてあなたに殺される……これ以上の幸せがどこにあるのでしょうか!?早く!早く!私にその痛みを……!)


 だが、その時フッと、タソガレの視界からトコヤミが消えた。


「あ……えっ?あれ?」


 そんな声も出せるようになっている。自由になったタソガレは自分の足元に倒れ込んだトコヤミを見た。どうやら、血を流しすぎたらしい。


「……貧血で倒れた。勝ったんですか?私が」


 心の強さで負けたことに対しては釈然としないが、とにかく、今立っているのは自分の方だ。タソガレはそう自分に言い聞かせた。


「トコヤミサイレンス!トコヤミサイレンス!あーあー、いけませんね。止血しないと」


 タソガレは携帯用のテープで、手早くトコヤミの太腿を巻いた。繰り返すが、タソガレの目的は生きたままトコヤミサイレンスを連れて帰ることである。失血死させるわけにはいかない。


「それにしても……やはり、あなたは最高でしたね。こんな技まで持っていたなんて、さすがですねぇ……」


 いい戦いだった。その余韻に浸るタソガレは自分の乳房を掴み、股間に手を伸ばそうとしたが、さすがにそんな場合ではないと思い直し、隊員の死体が累々と続く、倉庫に向けて歩きだす。隊員の報告によれば、白衣の女性と子どもが一人残っているはずだ。それに、アケボノオーシャンもどこかに潜んでいるに違いない。

 だが、何を思ったのか、トコヤミのもとへ引き換えしてきた。


「き……傷を見るくらいなら……」


 傷、というのは、トコヤミの体に残された古傷のことである。刃物で斬られたような傷、槍で刺されたような痕、あるいは火傷の名残。他にも複数ある打撲痕。それは彼女の戦いの歴史そのものだ。一目拝んでもバチは当たるまい。


「あれこそ、まさに芸術です……」


 タソガレは背徳感を味わいながら、そっとトコヤミの服をめくる。だが、目にしたものが信じられず、タソガレは叫んだ。


「な!?無い!?傷が無い!そんな、たしかに病院ではあったのに!どうして!?」


 オウゴンサンデーからは、アケボノオーシャンたちの仲間に、トコヤミ以外のヒーラーがいるなどという話は聞いていない。だとしたら、これは誰の仕業だろうか?


「ツバ……メ……ちゃん……」

「!」


 倒れていたトコヤミが、寝言のようにそうつぶやくと、タソガレは一気に興を削がれたような顔をした。


「……なんですか、あなた。あれだけ私と濃密な時間を過ごしたというのに、あなたはずっと他の女のことを考えていたんですね」


 言いがかりも甚だしいし、言葉選びもおかしいが、実際そうである。ツグミ/トコヤミは、ツバメを治すために戦ったのだ。タソガレに対するファンサービスの気持ちなど微塵もない。だが、この厄介なトコヤミサイレンスオタクには、それがどうしても許せなかったようだ。


「隊員が見たという子ども。おそらく一文字ツバメですね」


 理不尽な妬心をメラメラと燃やしながら、タソガレはついに倉庫へ向けて歩いていった。


「え?あ?生きていたのですか」

「あ?隊長?」


 倉庫入り口から出てきた黒ドレスの女にライトで顔を照らされたタソガレは、そのまぶしさにのけぞった。慌ててライトを切った黒ドレスの女にタソガレが尋ねる。


「生き残ったのはあなただけですか?」

「はい」

「そうですか。それで、この先にあるのは?」

「死体だけです」


 それはきっと、黒ドレスの隊員たちと、処分された白衣の女性と子どもの事だろう。そう解釈したタソガレは黒ドレスの女に指示をだす。


「トコヤミサイレンスは私が倒しました。むこうで倒れています。私の魔法で視力を失っていますが、依然暴れると危険です。注意してください。それと……」


 駆け出そうとする黒ドレスの女をタソガレは引き止めた。


「アケボノオーシャンがどこかにいるはずです。十分、気をつけてください」

「了解しました。それで、隊長はどうされるんですか?」

「念のため、奥をちょっと確認してきます」


 タソガレはそう言い残して倉庫に入っていった。


「まったく、君のおかげで死ぬところだったよ」


 黒ドレスの女はトコヤミに近づいて愚痴った。その声に、トコヤミがピクリと反応する。


「かなり出血しているな。そうだ、冷蔵庫に」


 黒ドレスの女が冷蔵庫を開け、そこからスポーツドリンクを取り出す。虚ろな目をしたトコヤミを抱き起こすと、その口にそれを少しずつ流し込んだ。


「しっかりして。君に死なれたら、私たちはとても困るんだから」


 倉庫の奥にあった事務室に辿りついたタソガレは、そっと扉を押し開けた。血の匂いが室内に満ちている。


「……心中しんじゅうしたのでしょうか?」


 タソガレが見たのは、寝袋に寝かされたツバメと、その横で倒れている白衣の女性である。白衣の女性の手に、血で染まったナイフが握られていた。事務室の床に、点々と血痕が続いている。寝袋のツバメは、体が隠れているので外傷の有無は不明だが、息をしているようには見えなかった。

 タソガレはジュンコの手からナイフを拾うと、独り言のようにつぶやく。


「なるほど。もう助からないと観念して、子どもを殺し、自らも後を追ったというわけですか……」


 タソガレはジュンコの体をまたぎ、寝袋のツバメを見下ろすと、その首にナイフを当てようとした。


「おや?死んだ子を切り刻もうとするなんて、ずいぶん偏執的じゃないか。何か怨みでもあるのかい?」

「!?」


 突然体を起こしたジュンコにタソガレは動揺する。


「失礼したねぇ。ちょいとばかし血を出しすぎたから、横になって休んでいたんだよ」

「あなた……悪魔ですか?」


 タソガレは赤く光るジュンコの瞳を見てそう尋ねる。


「ふふん?よくわかったね。そういう君は魔女かい?」

「ええ、私は鍵の魔女ですから、見ればわかりますよ。例えあなたのような、人間に化けるのがうまい上級悪魔でも。残念でしたね。悪魔は、簡単には失血死しませんよ」

「そうか、そうか。それなら、ちょうどよかった」

「?」

「君が悪魔と契約して魔法少女の力を得た時は、どんなだった?すぐに動けたかい?それとも魔法が体になじむのに時間がかかったかな?どれくらい?」

「ちょっと待ってください!あなた、今の自分の状況がわかっているんですか!?」

「わからないから聞いているんだがねぇ」


 ジュンコの舐めた態度にタソガレは怒りをあらわにする。


「目撃者には死んでもらう!その方針は依然、変わっちゃあいないんですよ!」

「そうか、お喋りは終わりかい。でも、いいだろう。もう君に質問する必要は無くなったようだから」


 タソガレは無言でナイフをジュンコに振り下ろそうとした。しかし、その手が止まる。強い殺気を背後から感じたからだ。


(えっ……?)


 いつの間にか、そこに一文字ツバメが立っていた。そう立っていたのである。だが、ただ立ったわけではない。彼女は左手を前にかざし、右拳を自分の腰の横に構えていた。正拳突き。空手の、基本中の基本技である。


「おらあっ!!」

「!?」


 タソガレの体が、人間とは思えない力で吹き飛ばされた。事務室の扉を突き破り、倉庫の金属棚に背中から叩きつけられる。


「な……なんですか、コレは……!?一文字ツバメは、ただの人間ですよ……それに、死んだはずじゃあなかったんですか!?」

「一文字ツバメは、死んだ!そして、生まれ変わった!」


 ツバメ自身が、タソガレにそう叫んだ。


 その音と、そして強い魔力の気配を感じ取ったトコヤミが、そばにいる仲間に語りかける。


「オトハちゃん……この感じ……まさかツバメちゃんなの?」

「ツグミちゃん……」


 死んだ隊員から剥ぎ取った黒いドレスを着て、暗殺チームに変装していたオトハが、マシンガンの弾倉を分解し、中から弾を抜き取る。トコヤミサイレンスの正体がツグミであることは、すでにジュンコから聞かされていた。


「私が提案したんだ。きっとツグミちゃんが望んだ結末ではなかったかもしれないけれど、どうしてもツバメちゃんを死なせたくなかった。だからハカセにお願いしたんだ。ツバメちゃんと契約して、魔法少女にしてほしいって」


「ああ、なるほど……」


 事情を察したタソガレは、よろよろと立ち上がる。骨が何本か折れたが、そんなものは再生魔法ですぐに回復できる。最初こそツバメの力に驚いたタソガレであったが、すでに余裕を取り戻していた。


「たいした力ですね。格闘の素質もあるし、上級の悪魔と契約しただけの魔力もあります。ですが、あなたは生まれたての魔法少女。才能だけで私を倒せるでしょうか?」

「うるさい!ニセモノ!」

「は?偽物?」


 ツバメは両腕をビシッと斜めに伸ばした。すると、タソガレがただの血痕だとしか思っていなかった、ジュンコの血によって描かれた、足元の魔法陣が光を放つ。そして、彼女の右手に、黒い宝石が輝く金の指輪が現れた。それこそが、魔法少女の証である。


「私は好きにしたぞ!ツバメちゃん!」


 ジュンコが叫ぶ。


「君も好きなようにしたまえ!」


 ツバメはそのまま、まるで特撮ヒーローの変身ポーズのように腕を回しながら叫んだ。


「変……身!」


 ツバメの体が、白い光、赤い光、そして黒い影に包まれる。やがて、漆黒のドレスに赤いマフラー、白いグローブとブーツを身につけた、魔法少女としてのツバメが姿を現した。


 タソガレが手にしたナイフを投げ捨てる。もはや、これは役に立たない。本当に役に立つのはこれだとばかりに、逆手に鍵を構えた。


「なるほど、さすがですねぇ。その衣装が、トコヤミサイレンスに似ているのも、いいセンスです。お嬢ちゃん、魔法少女としての名前は何というの?」


 変身したツバメは空手の型で構えながら答える。


「暗闇姉妹2号!ユウヤミサイレンス!」


 やがて一文字ツバメ/ユウヤミサイレンスは事務室から飛び出した。


「暗闇姉妹は、もう一人ではない!」

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天罰必中暗闇姉妹 夕闇編 村雨ツグミ @tenbatuhittyuu

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