トリックの時
「何をしているんだ、ツグミ君!」
「窓から逃げられるかもしれないと思ったんですが、開かないんです!」
ツグミはとうとう椅子を窓ガラスにぶつけたが、ビクともしなかった。
「残念ながら、その窓は12階からの景色と同じ物を映している、見せかけだけさ!おかげで窓の外から撃たれる心配もないけどねぇ!」
「え?撃たれるって?」
「私たちを襲った女は、マシンガンを持っていたぞ。たぶん、魔法少女ではないただの人間だ。あるいは、彼らを率いる魔法少女がいるかもしれないが」
というより、それが正解だろう。12階でジュンコたちを襲った魔法少女風の格好をした女は、自分が撃ったOLを見て、ターゲットではないとつぶやいていた。そのターゲットといえば、この場合、ツグミしか考えられない。オウゴンサンデーが裏で手を引いているのは明らかだ。
「そうなると、13階に侵入してくるかもしれないぞ!ツグミ君、バリケードを作るのを手伝ってくれ!」
12階の階段前に立っている変身した氷川は、もう一度スカウトワンに確認した。
「間違いありませんね?あなたの足元に竹筒爆弾が落ちてきた時、12階に着地して初めて目に見えた、と」
彼女が肯定する返事を聞いた後、氷川は手にした鍵を慎重に床に這わせる。
「隊長!」
スカウトスリーというコールサインを持つ隊員が氷川に尋ねる。彼女もまた、やはり漆黒のドレス姿に似合わず、マシンガンで武装していた。
「1階にいるスカウトツーとスカウトフォーから応答がありません。いかがいたしましょうか?」
「もう一度呼びかけて返事が無いようでしたら、バックアップチームを連れて1階に降りてください」
「わかりました」
その時、すっと鍵の先端が床に沈んだ。そこが魔法の中心であると確信した氷川は、そこで鍵をひねる。はたして、隠された13階への階段が現れた。
「私の鍵は、どんなものでも開くことができる……」
氷川は独り言のようにそう口にする。鍵の魔女。それが彼女の二つ名である。
「スカウトフォー!スカウトフォー!」
無線機が、女の声でけたたましく叫ぶ。
「……こちら、スカウトフォー」
そう応答が返ってきたことで、無線機の声の主は安心したようだ。
「どうしたスカウトフォー?何かトラブルか?」
「……スカウトツーがやられた」
「なにぃ!?」
無線機越しにスカウトフォーの仲間が動揺する。
「青い閃光少女が現れたんだ。スカウトツーは、首を切断されて死んでいた」
「ああ、スカウトツーから報告があったあの少女がそうだったのか。それで、その閃光少女はどうした」
「始末した。この銃は結界を貫くからな。そちらの状況は?」
「12階まで制圧完了した。隊長と合流し、これから13階へあがるぞ」
「わかった。だが念のため、他に仲間がいないか確認する」
「わかった。気をつけろよ」
無線機を切ったアケボノオーシャンは、今はもう死体となったスカウトフォーというコールサインの女を一瞥した。その頭には、トランプ型の結界が深々と突き刺さっている。
「ほら、仲間も言ってたじゃないか。気をつけろって」
オーシャンは箱の形をした高圧受電設備の前に立っている。ここを、スカウトフォーと呼ばれた黒いドレス姿の武装した女が見張っていたのは、オーシャンのように、電力を復旧させるために近づこうとする者を排除するためだったのだろう。
(それにしても、なんでこの女の人、トコヤミサイレンスみたいな格好をしているんだろう?チームのユニフォームか?隊長とやらの趣味か?)
それはともかく、電力の復旧である。スカウトフォーが見張っていたということは、逆に言えば復旧可能な状態である可能性が高い。
「私が理系女子であることに、みんなもっと感謝してほしいな」
「あ!電気がついたよ!ジュンコさん!」
13階のツグミは再び点灯した蛍光灯の光に安堵した。入り口のドアに机を積み上げていたジュンコも、額の汗を光らせながらうなずく。
「電話も通じるようになっているといいのだが」
うなずいたツグミは、すぐに受話器を持ち上げた。が、その手から受話器がすべり落ちた。ツグミの顔が青ざめている。
「ツバサちゃん!……それは……!?」
「うん……どうりで、さっきから痛いとおもってた」
「えっ!?これは……」
ジュンコもまたツバメの異常に気づく。彼女の脇腹が、血に染まっていた。
「そんな……さっき逃げるときに撃たれていたなんて!」
状況を理解したツバメもまた顔から血の気が失せ、その場に倒れ込んだ。
「ツバメちゃん!!」
「ツグミ君、奥へ行こう!そこにも電話機があるから!」
ツバメを抱きかかえたジュンコはツグミを引き連れて走りだした。
再び明かりがついたビル内を見回した氷川が、無線機を操作する。
「こちらハスラーワン。スカウトフォー、何が起こったのです?」
「やられました!隙をつかれて、青い閃光少女に電源の遮断器を復帰させられたんです!しかも、結界を張られて手が出せません!銃の弾が切れているんです!至急、応援をお願いします!」
「……私のチームにハスラーワンというコールサインはありませんよ?」
「おや、いたずらがバレちゃいましたか?」
無線機越しにオーシャンがいたずらっぽくそう言った。いつかは見破られるとは思っていたが、もう無線で撹乱することはできない。
「そして当ててあげましょう。あなたはアケボノオーシャンですね?」
「そういうあなたは?『私のチーム』って言ってたから、隊長ってあなただよね?」
「私の名前はタソガレバウンサー」
氷川は魔法少女としての名を告げた。タソガレバウンサーは続ける。
「今からお会いしましょう。あなたがそう望んでいる通り」
「よろよろです~」
無線機を切ったタソガレに隊員の一人が耳打ちする。見ると、復旧したエレベーターの表示灯が、徐々にエレベーターが12階まで登ってくるのを光で知らせている。
「バックアップチーム!」
そう呼ばれた二人組がエレベーターの前で待機した。やはり彼女たちも黒いドレスを着用している。
「エレベーターのドアが開いたら撃ってください。姿を消せる可能性もありますから、念入りに、ですよ」
「隊長はどうされるんです?」
「私ですか」
階段を降りようとしていたのを呼び止められたタソガレは振り返って隊員に答えた。
「私ならエレベーターでのこのこ登っていったりはしませんからね。これから下へ行きます」
しかし、それは危うい賭けでもあった。残りのチームは、タソガレバウンサー不在のまま13階へ突入することになる。今回の作戦の目的は村雨ツグミを拉致することだ。ツグミ一人の相手ですら苦戦は目に見えているが、もしもそこにアケボノオーシャンとはまた別の魔法少女がいれば、チーム壊滅は必至だろう。だが、魔法少女を倒せるのは魔法少女しかいない。いるかいないかわからない魔法少女を想定するよりも、まずはアケボノオーシャンをなんとかするのが先だ。
「遅いですよ!みなさん、もう13階へ上がるところです!」
階段を登ってきた黒いドレスの女を叱咤しながらタソガレは階段を降りていくが、ふと思い出したかのように振り返った。
「そうだ、一つ忘れていました。みなさんにも伝えておいてください」
黒いドレスの女が振り向いてうなずく。
「村雨ツグミを、怒らせてはいけませんよ。いいですね?」
それだけ言ってタソガレは階下へと急いだ。エレベーターで登らなかったとしたら、アケボノオーシャンと階段で鉢合わせになるはずだ。気をつけなければならない。
「おい、いいか?」
「ああ、やろう」
12階エレベーター乗り場の前で、バックアップチームの二人がお互いを鼓舞するように呼びかける。
『12階です』
エレベーターの電子音声を聞いた二人は、マシンガンをフルオート射撃モードに合わせた。
『ドアが開きます』
電子音声のアナウンスと同時に開いていく隙間に、二人はマシンガンの弾をお見舞いした。ドアが開くほど、死角は少なくなっていく。何発もの弾丸が、エレベーターの壁に、文字通り蜂の巣を作った。二人のマシンガンの弾倉が空になったことで、エレベーター前に静寂が戻る。
「……いなかったようだな」
「隊長の言った通りか」
そこにはアケボノオーシャンの姿は無かった。誰もいない、空っぽの空間は、
『ドアが閉まります』
という電子音声とともに閉鎖された。
「おい」
バックアップチームの二人を、別の黒ドレスの女が呼びかける。
「私たちも早く上に行くぞ」
「ああ、そうだな」
バックアップチームの内、一人はうなずいたが、もう一人は閉じられたエレベーターのドアを見つめている。
「いや、もう一度確認してみよう」
彼女がそういってマシンガンの弾倉を交換すると、もう一人も同じように弾倉を交換しながら彼女に続いた。
「そうか!エレベーターの天井か!」
『ドアが開きます』
エレベーター内に殺到したバックアップチームの二人は天井に向けてマシンガンを乱射する。だが、何の反応もなかった。
「……どう思う?」
「この弾は結界を貫通するはずだ。死んだか、あるいはやはり隊長が正しかったのだろう」
オーシャンはエレベーターを使わなかった。そう結論づけた二人は、先ほどから自分たちを待っている黒ドレスの女へハンドサインを出す。もう大丈夫だ、と。
「スカウトツー……」
1階へと到着したタソガレバウンサーは、首を切断された仲間に黙祷を捧げた。
(しかし、どういうことでしょうか?アケボノオーシャンとは鉢合わせにならなかった)
タソガレは無線機でバックアップチームを呼び出す。
「タソガレバウンサーです。そちらの状況は?」
「はい、アケボノオーシャンはエレベーターに乗っていませんでした。天井まで撃ちましたが、手応えはありません」
「生憎、私もアケボノオーシャンと会いませんでしたよ」
「えっ!?じゃあ、あいつはどこに!?」
タソガレはしばらく考えてから答える。
「もしかしたら逃げたのかもしれません。アケボノオーシャンの専門は結界魔法で、直接戦闘能力は劣ると考えられます。電気さえ復旧すれば、13階の者は固定電話で助けを呼べますからね」
あるいは、本当に透明になれるのだろうか?だが、まちがいなくアケボノオーシャンは結界が専門のはず。付け焼き刃の魔法で自分をごまかせるとは、タソガレには思えなかった。
「私もこれからエレベーターで12階に上がります。撃たないでくださいよ?」
「了解です」
エレベーターに乗り込んだタソガレは考える。13階には村雨ツグミがいるはずだが、隊員からの報告によれば、白衣の女性と子どもの姿を見たという。どちらにしろ、彼女らが魔法少女でなければ、物の数ではあるまい。
「彼女たちの仲間が集まるまえに、ミッションを完了させましょう」
タソガレは決意を固めるように、そう口にした。自分さえ13階に上がれば、戦力に問題は無いはずだ。
「あぁ~!早く、早く会いたい!トコヤミサイレンスに!」
『12階です。ドアが開きます』
恍惚の表情を浮かべていたタソガレは、電子音声を聞いて我に返る。ドアから一歩外へでた彼女の鼻孔をついたのは、血の匂いだった。
「なっ!?」
黒いドレスの女二人が、首から上を失って倒れていた。バックアップチームの二人だ。そして、この殺しの手口は一人しか考えられない。
「アケボノオーシャンか!」
だが、タソガレは混乱する。階段では鉢合わせしなかった。エレベーターにも乗っていなかった。だとしたら、どうやってここまで来て、バックアップチームの二人を殺したというのか。
「……考えを改めましょう、アケボノオーシャン。直接戦闘能力だけでは測れない実力を秘めている、と。あなたは油断ならない相手です!」
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