青い指輪が光る時
「あれ?」
放課後、特にすることもないのでスクーターで気ままにうろついていたオトハは、よく見た後ろ姿を見かけたので声をかける。
「おーい!ツバメちゃーん!」
ランドセルを背負った少女が、驚いたようにピタリと足を止める。
「へぇ~今日は学校に行ってたんだ~」
「す、すみません!人違いです!」
「えっ」
振り返った少女は、たしかにツバメと別人だった。背格好やヘアスタイルが似ていたので間違えてしまったが、顔はたしかに別人である。
「あっ、ごめんね~!つい、知り合いに似てたものだから、勘弁してちょ」
「……いいんです。さようなら」
気弱そうな少女は、そういうと一目散に駆けて行った。
「ツバメちゃんとは全然違うタイプの子だよな~。なんで間違えたんだろう?」
「ただいま……」
ランドセルを背負った少女が帰宅すると、母親が優しい笑顔で出迎えた。
「おかえりなさい、ツバサ!学校、今日も楽しかった?」
「……うん、すごく楽しかったよ」
「そう」
ツバサと呼ばれた少女の母親が、首をひねりながら彼女に尋ねる。
「ねぇ、ツバサ。テーブルの上に置いてあった封筒、知らないかしら?町内会費を入れて置いてあったのよ。見てない?」
「……ごめん、私は知らない」
「そうよね!きっとお母さんがどこかに置き忘れちゃったのよ。気にしないで」
「うん……それじゃあ、宿題があるから」
ツバサは家の階段を登って二階の自室に入ると、机の引き出しからたくさんのコピー用紙を取り出した。その紙には、無数の、ただ一人の少女が描かれている。
「ツバメちゃん……」
ツバサはうなだれながらつぶやいた。
「あなたは何をしているの……?これから、何が起こるの……?」
「一文字……ツバサねぇ……」
一文字家まで密かについてきたオトハが、表札に書かれた名前を読んだ。どう考えても、最初に書かれている二名は両親だろう。となると、最後に書かれたこの名前は、この家の一人娘ということになる。
「ツバメちゃんの親戚か何かかなぁ?一文字なんて名字、すごくめずらしいけれど」
そういえば、ハカセも一文字という家を調べていたはずだ。それを思い出したオトハは携帯電話を耳元に当てた。
「…………?」
電話がつながらなかった。なぜか呼び出し音さえ鳴らないのである。
「どうしたのよ、オトハ」
「あれ?こっちはつながるんだ」
「?」
かわりにかけてみたアカネには電話が通じたので、携帯電話の故障ではないらしい。
「今日はアッコちゃんの当番だったよね?どうだった、ツバメちゃん」
「それが、今日は来なかったのよ」
「ふーん」
オトハが何気なくアカネに尋ねる。
「ツバメちゃんってさ、たしかツグミセンパイの話だと、自分のことを『家なき子』って言ってたんだっけ?」
「そうね。自分のことをそう思わせるなんて、まったくツバメちゃんの親はどんな教育しているんだか……」
「もしかしたら……実家を見つけたかも?」
「え?」
オトハは一文字家を見つけた経緯をアカネに話した。
「もちろん、確定ではないよ。もしかしたら、私が今見てる一文字家の隠し子とかじゃなくて、他に一文字さんがいるかもしれないし。その件はハカセも調べてくれていたはずだから、聞いてみたかったんだ。電話が通じなかったけどね」
「まぁ、いいじゃない。ツバメちゃんがどういう子だろうと、ツバメちゃんはツバメちゃんよ。明日はアンタが当番でしょ?ツグミちゃんに伝言でも頼んだら?」
「それも、そうだねぇ。焦る必要なんて、まったく無い」
アカネとの通話を終えたオトハは携帯電話をもてあそぶと、少し考えてスクーターにまたがった。
「でも、気になっちゃうと放ってはおけないんだよね~このオトハちゃんは」
「あれ?今日は早いんですね」
セーフハウスをジュンコが訪れたのは、まだ日暮れ前だった。先ほどまでいたアカネとは、ちょうど入れ違いである。
「仕事を早めに切り上げたのさ。寄りたいところがあってね」
そう言ってジュンコが、大きな箱が入ったナイロン袋を手に下げて入ってくる。ナイロン袋にオモチャ屋のロゴを見つけたツグミは目を輝かせた。
「わ!わ!アレを買ってきたんですね!」
ジュンコがうなずく。以前、ジュンコがツバメにオモチャを買ってあげたいとツグミに相談した時に、ツグミがチラシを指さしてオススメしてくれたものだ。
「見てもいいですか!?」
「ダメダメ!ツグミちゃんに見せてからだよ」
ツグミは了承する。今日はツバメが来なかったことをジュンコはまだ知らないが、きっと明日にでも来るのではないかとツグミは思った。
「そういえば、君がこれを選んだのは、あの子が自分を『家なき子』って言っていたからかい?」
「いいえ、そういうわけでもないですが……」
ジュンコは、既に一文字家のことを調べていた。彼らは元々四国に住んでいたが、父親の転勤によって現在の城南地区に引っ越している。よって、この地区の一文字家はその家族だけだ。戸籍上は一人だけ娘がいる。名前は一文字ツバサ。ツバメとは別人だ。
(あの子自身が言っていた通り、なかなか複雑な事情がありそうだねぇ……)
「ところでツグミ君、晩ごはんを作っておくれよ。お腹ペコペコだよ」
「えーっ!?今日はまだ食べて無いんですか!?どうしよう……材料が全然足りませんよ」
「なんだって!それは本当かい!?」
ジュンコは深刻な顔をする。
「ご飯が無ければ、ご飯を食べられないじゃあないか!」
「私に怒らないでくださいよ。ジュンコさんがこの時間に来るなら、事前に電話してくれれば買い出しにも行けたのに」
「いや、それはそうなんだが……」
ジュンコは携帯電話を取り出して釈明する。
「なぜか電話が通じなかったんだ」
その時、突然部屋の照明が全て切れた。
「きゃっ!?」
「おや、停電かな?」
太陽はすでに沈んでいる。夕闇の中にあるわずかな光を頼りに、ジュンコは懐中電灯を取り出した。一本はツグミに渡すと、もう一本を持ったジュンコはフロアの配電盤にあるブレーカーを確認しにいく。ツグミは電話の受話器を持ち上げてみたが、当然何の反応もなかった。
「おかしいね。ブレーカーに問題は無いようだが……」
「ジュンコさん、変ですよ」
戻ってきたジュンコに、窓際にいるツグミが報告する。
「他の建物には電気がついています。ここだけなんでしょうか?停電しているのは?」
「ビルの受電設備のトラブルかねぇ?ちょっと下に行ってくるよ」
12階のフロアに降りたジュンコは、懐中電灯の光を頼りに辺りを見回してみる。やはりそこも闇に包まれていた。どうやらビル全体が停電しているらしい。足音がしたので、咄嗟にそちらへ光を向ける。
「ツバメちゃん?」
「おかーさん……」
どうやら、12階までは来たものの、13階まで上がれずに途方にくれていたようだ。
「どうしたんだい?こんな時間に」
「いまはここにいたいの。ケーサツがわたしをさがしているから」
「警察に見つかったら、何か困るのかい?」
「…………」
ツバメは答えないが、ジュンコがその答えを言う。
「ツバサちゃんに迷惑がかかるから?」
「えっ?なんでツバサちゃんを知っているの?」
図星だったらしい。二人の関係を聞きたいところだったが、背後から靴音が聞こえたのでそちらを向く。
「あっ、西社長!」
どうやら12階で仕事をしていたOLのようだ。
「残業かい?ご苦労なことだねぇ」
「ええ、困りましたよ。明日必要な書類がまだ印刷できていないのに……」
「気の毒にねぇ。ところで、お腹のそれは……血かい?」
「へっ?」
OLの着ているシャツの腹部に浮かぶ赤いシミが、みるみる広がっていく。
「えっ!?えっ!?」
自身の負傷に気づき、顔面蒼白になったOLは、その場にへたり込んだ。それによって、彼女の背後に立っていた人物がシルエットを現す。
「トコヤミサイレンス!?」
ジュンコが一瞬そう思ったのは、その女が漆黒のドレス姿だったからだ。
「その人はちがう!!」
ツバメが叫んだのと、ジュンコが懐中電灯を放り投げるのと。そして、謎の女が消音器付マシンガンの銃口をこちらに向けるのとは、同時に起こった。闇の中、勘を頼りにツバメを抱きかかえたジュンコは、背後に空気を切る弾丸の音を感じながら、階段を駆け上る。マシンガンを持った女はすぐに二人を追ったが、すでに12階フロアから姿を消していた。
黒いドレスの女は、先に腹部を撃ったOLに近づき、マシンガンについたライトを点灯させ、その顔を照らす。
「な、なんですかあなた!?どうして!?」
「……ターゲットではない」
「ちょっ!?まって!!やめ……!!」
ドレスの女は無造作にOLの頭を撃って沈黙させた。やがて無線機を操作し、誰かに報告を行う。
「こちらスカウトワン、12階までを全て制圧しました」
本当である。ジュンコは直接見ていないが、すでに12階以下にいた者は、もれなく射殺されていた。だが、それが目的ではない。ターゲットは13階にいる。
「私の姿を見られました。すぐにこちらへ……」
女がそう言いかけると、カランコロンと、何かが階段を転がるような音がした。すぐさまライトの点いたマシンガンの銃口を向ける。何も無いように見えたのは、隠された13階から落ちてきたそれが、完全に12階に落ちるまでの間であった。
「!」
それは12階のフロアに着地した瞬間に、姿を現した。竹筒に持ち手が付いており、火縄のような物が赤く光っている。
(竹の、拳銃?)
火縄が、実は導火線であったことに気づかなかったのが女の運の尽きだった。やがて導火線の火は、中にパンパンに詰められた火薬を引火させる。彼女が見つけた物。それはジュンコが作った爆弾である。
階下で起こった轟音にツグミがおののいていると、どういうわけかジュンコが、懐中電灯もつけずにフロアに駆け込んできた。しかも一人ではない。
「お姉ちゃん!」
「ツバメちゃん!それにジュンコさんも、何があったんですか!?」
「まずいぞ、ツグミ君!」
ドアに鍵をかけながらジュンコが叫ぶ。
「私たちは襲撃を受けている!」
「どうして!?誰に!?」
「それよりも、もっと問題なのは……」
ドアの裏に机を移動させながらジュンコは言った。
「ここには私たちしかいないということだ!しかも、連絡がとれないぞ!」
「スカウトワン、どうしたんですか?応答してください」
守衛の格好をしてビルの一階に立っている仲間の女が、無線機に呼びかける。無線機越しに爆発音が響いてから、応答が無いのだ。
「スカウト……」
再び呼びかけようとするが、守衛姿の女が沈黙する。誰かがビルに入ってきたからだ。
「あれれ~?変だな。停電しちゃってるよ」
「ちょっと、そこの君!」
シャツにジーパン姿のボーイッシュな少女を女が追う。
「待ちなさい!今このビルの高圧受電設備にトラブルが発生しています。火災や漏電の恐れがありますから、すぐに出てください!」
「そんなぁ!私バイトに来たんですよぉ!」
「今日は休みなさい」
少女は渋々了承すると、背中を向けて立ち去ろうとした。
(これでお前は殺されずにすんだ。運がいい奴)
守衛姿の女がそんな事を思っていたら、少女が突如振り返った。
「ねぇ、お姉さん。いつもの守衛さんじゃないね。新しく入った人?」
「えっ?ああ、はい」
女が緊張する。もしも本当の守衛ではないと勘付かれたならば、この少女を射殺しなくてはならない。彼女の背面には、消音器付の拳銃がホルスターに収まっている。
「でしょうね~。胸に名札が付いてないから、一瞬怪しいなんて思っちゃいましたが、新しく入ったばかりだから、まだ届いてないわけですね、名札が」
「ええ、まあ」
女がうなずく。
「あの、それはいいんですけど、早くビルから退避を」
「いや、そうなんですよ。だけど、私も上司に報告しなくちゃですから、お姉さんのお名前教えていただけませんか?あなたに止められたからって、休む言い訳にしますから」
「ああ、そんなことですか。私は谷口です」
「どもども、サンキューでーす」
少女はこんどこそビルから出ていった。守衛姿の女はほっと胸をなでおろす。
(なんだ、ただの名前か)
それならば、問題無い。自分たちのチームは、すでに管理会社の記録を改竄している。仮にあの少女が谷口という名前で問い合わせても、問題はないだろう。記録上、谷口という職員はいるのだから。
「スカウトツー、どうしました?」
守衛姿の女に無線機が呼びかける。
「こちらスカウトツー、問題ありません。先ほどバイトを名乗る少女が入ってきましたが、追い返しました」
「そうですか、了解しました」
女が無線機を切ると、その背後でオトハがつぶやいた。
「いや~問題があると思うなぁ」
「なにぃ!?」
振り向いた女が拳銃を構えるより早く、青く光る4枚のトランプが、彼女の四肢を斬りつけていた。体を支える健を切断されたことで、女がその場に尻もちをつく。
「ここの守衛に、胸に名札を付けるルールなんて、そもそも無いんだよ」
オトハが女を見下ろしながら言った。
(腕が動かせない……!)
肩の健も切られているからだ。
「非常口で倒れている男の人。あれが本当の守衛だね?あなた、魔法少女ではないみたいだから、命だけは助けてあげようか。そのかわり教えてよ、ここで何やってんの?まさかとは思うけれど……」
オトハは結界で作った、よく斬れる青いトランプを指に挟む。
「私の友だちを、殺しにきたとか?」
「ちっ!死ね!」
「!?」
女が立ち上がり、拳銃を乱射してきた。オトハは身を翻し、柱の影に隠れる。
(変だな。あの傷で立ち上がれるはずはないけれど……)
柱から顔を出してオトハは女の体を確認する。血が止まっていた。ゆっくりではあるが、裂けた服の隙間から、傷が徐々に治っていくのが見える。
(
回復魔法には、ガンタンライズやトコヤミサイレンスのように、その場で回復させる魔法のほか、あらかじめかけておくことで本人の回復力を高める再生魔法がある。再生魔法は直接回復より効果は劣るが、術者から離れていても常に効果を発揮するし、自分自身にもかけられるというメリットがあるのだ。
(ということは、こいつらをまとめている魔法少女がどこかにいるな。それに、この弾丸……)
柱から飛び出したオトハは、自分の身を隠す結界を張るが、拳銃から発射された弾丸がそれを貫通した。仕方なくオトハは元の柱に身を隠す。
(魔法に対して、毒の効果をもっているな)
「だけど……!」
再び柱から飛び出したオトハは、今度は何重にも結界を重ねる。銃から発射された弾丸が前の結界から粉々に粉砕していくが、オトハはその場から動かない。
「それなら、それでいい!」
最後の結界が粉砕される直前に、オトハは屈み込んだ。そして、指揮者のように手を振る。
「あっ!?」
散乱した結界の破片が、一斉に女に向けて飛んでいった。まるでガラスの破片のように、女の体に次々と突き刺さる。
「悪く思わないでよね」
オトハは合掌した両手を突き出すようにして構える。
「魔法でズルをするんなら、私があなたを殺さない理由はない」
オトハがパッと両手を左右に開くと、光の刃が水平に飛んでいき、女の首を落とした。死んだ者は、どんな魔法でも生き返らせることはできない。それは再生魔法も例外ではなかった。
「アッコちゃんに連絡を……うわっ!?」
携帯電話を耳にあてたオトハを襲ったのは、不快なノイズだった。ここでは携帯電話は使えないらしい。
「妨害電波まで用意しちゃって、本格的だなぁ」
当たり前だが、今からスクーターに乗って、アカネやサナエを呼びに行く時間など無い。
「となると、私一人でやるしかないかぁ」
そうつぶやくオトハの右手中指に、青い宝石のはまった金の指輪が出現する。決意を固めるように拳を握りながら持ち上げると、指輪の宝石が光を放った。
「変身」
オトハの周囲が青い光に包まれると、彼女の姿が、青いシルクハットを被った、奇術師のような格好をした少女に変わった。閃光少女アケボノオーシャンである。
「さて、行きますか」
12階の階段前で沈黙していた黒いドレスの女。すなわち、スカウトワンは、同じ格好をした仲間に肩をゆすられて目を覚ました。ジュンコの爆弾によって全身に追った火傷は、すでに再生魔法の効果で治癒している。
「大丈夫ですね、スカウトワン」
そう声をかけたのは、婦警の氷川である。いや、婦警というのは表の稼業、つまり隠れ蓑に過ぎない。彼女の右手中指にはまった、黒い宝石の指輪が光った。
「変……身……」
婦警の体が、黒い影に包まれていく。そこから現れたのは、彼女が引き連れている女たちと同じような、漆黒のドレス姿の魔法少女であった。ただし、彼女の衣装だけは、どこか、ニンジャのようでもある。
「トコヤミサイレンス」
変身した氷川は、気持ちを落ち着かせるように、鼻から大きく息を吸い込んだ。
「こうして会える時を、とても楽しみにしていました」
氷川の手には、小さな鍵が握られている。彼女は、自分が引き連れている暗殺チームのメンバーに声をかけた。
「さあ、行きましょう」
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