みんなに妹ができた時
「みなさーん!本日の主役の登場ですよー!」
突如、セーフハウスに銀髪の少女が乱入してきたので、ツバメは目を見張った。
「ヘンな人がいるー!」
「そうです!ワタシが変なサナエです!だっふんだ!」
ハイテンションな中村サナエは、金ピカのひらひらがついた袖を、そう言いながら振り回す。
「サナエちゃん、おかえりなさい」
そう言ってサナエを迎えるツグミたちには、なぜ彼女がここまでハイテンションになっているのか理由を知っていた。昨日、誕生日だったのである。留守にしていたのは、城西地区にある実家に戻っていたからだ。今も金ピカのパーティー衣装なのは、このセーフハウスで『天罰必中暗闇姉妹』のメンバーとも、一緒に盛り上がりたいからだろう。
「へー!たんじょう日なのかー!」
ツバメがサナエの頭を抱えて撫で回す。
「よーしよしよしよしよし!」
「わふーっ!……ところで、この子はどちら様で?」
「うん、まぁ、アタシたちの友だちよ」
アカネたちは、尻尾があれば振らんばかりに楽しそうなサナエを見て、コンビニ強盗の経緯を説明するのは、また後にしようと考えた。
「さぁ、誕生日二日目を始めちゃいますよー!」
「おー!」
「サナエちゃん、嬉しそうだね」
「それにしても、12階建てビルの13階も奇妙だけれど、誕生日二日目なんて、ますます奇妙ね」
「まー、いいんじゃない?セーフハウスお披露目パーティーも兼ねていると思えばさ~」
「どうでもいいが、君たち。荷物を運ぶのを手伝ってくれないかい?」
両手に買い物袋をぶら下げたジュンコが、息を切らしながらドアから入ってくる。
「車の中に、まだたくさん食料が残っているんだ。最近、私は使い走りばかりのような気がするから、残りは任せたいねぇ」
食料を運び終えたメンバーは、やがてパーティーの準備を始める。
「へ~、ホットケーキミックスでいろんな物が作れるんだね~」
「マフィンも作ろうと思うの」
調理室でオトハがツグミのお菓子作りの手伝いをしていると、リビングではサナエがツバメの送襟絞の実験台にされていた。
「きゅ~っ!」
「あはははは!やっぱりツバメちゃんったら天才ね!」
手を叩いて喜んでいるアカネの傍に落ちている空き缶を拾い、ジュンコがあきれたように声をあげる。
「なんてこった、これはお酒じゃないか。紛らわしいデザインはやめてほしいねぇ」
もはや宴もたけなわの状態だが、テーブルに手作りのお菓子、そしてスーパーで買ったお惣菜やケーキが並ぶと、ツグミたちはあらためてサナエを祝福した。
「お誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます!」
酔いが覚めて正気に戻ってきたアカネは、前から気になっていたことを聞いてみた。
「そういえばサナエさんって何歳だったの?バイクの免許があるから、18歳以上だとは思っていたけれど」
「19歳ですね、アハハハハハ!そういえば、お二人ってどちらが年上なんですか?」
アカネとオトハのことである。
「どちらが年上って……アタシたちは同じ高校1年生だから、今年でどちらも16歳よ?」
「ま~アッコちゃんの方が誕生日は早いよね。私は12月だから」
再び哄笑したサナエはオトハに言う。
「そうなんですか~!暗闇姉妹って末妹が一番しっかり者なんですね~、どこの家庭も不思議とそうなるものですよー!アハハ!」
暗闇姉妹の長女がそう言って笑った時、三女ことアカネが即座に肘で突いた。
「へっ、どうしたんです?」
次女ことツグミが、缶ジュースのコーラを飲みきり、「ゲフー」とゲップをするツバメの隣で、固まっている。しっかり者の定評がある末妹ことオトハが、声を出さずに口だけでサナエに抗議した。
(なんでそんなこと言っちゃうの!)
『暗闇姉妹』
人でなしに堕ちた魔法少女を始末する者を、人はそう呼んだ。
いかなる相手であろうとも、
どこに隠れていようとも、
一切の痕跡を残さず、
仕掛けて追い詰め天罰を下す。
そして彼女たちの正体は、誰も知らない。
「はっ!」
ここでようやくサナエは、部外者であるツバメに自分たちの正体を明かすという愚を犯してしまったことを覚った。『天罰必中暗闇姉妹』の生みの親、グレートマザーことジュンコが黙ってはいない。
「……サナエ君、ちょっと二人きりで話をしてもいいかな?」
「ひぇえええ!」
情けない声をあげながら、サナエはジュンコに引きずられてどこかへ消えた。
リビングには4人の少女たちが残された。
「えーっと……ツバメちゃん?」
「んー?」
フライドポテトに手を伸ばすツバメに、ツグミが恐る恐る尋ねる。
「さっきの話、聞かなかったことにしてくれないかなぁ?なんちゃって」
「暗闇姉妹のこと?」
ツバメの言葉に、オトハが頭を抱えた。もしかしたら食べ物に気を取られたせいで耳に入っていなかったのではないかという一縷の望みが、完全に打ち砕かれる。
(うわーっ!完全に聞こえちゃってるじゃん!)
アカネもまた気まずい顔で沈黙している。口下手な自分が何かを喋っても、状況は悪くなる一方だと知っているからだ。3人がツバメを見つめていると、彼女は意外なことを口にした。
「知ってるよ。お姉ちゃんたちは暗闇姉妹じゃない」
(えっ?)
ツバメのその言い草に、オトハは奇妙な違和感を抱く。
そもそもだが、今となっては暗闇姉妹には2つの意味があった。
1つは、ホームページ『天罰必中暗闇姉妹』に寄せられた魔法少女による事件を調査し、場合によっては天誅を下すアカネたちのことだ。だが、本来は違う。
『暗闇姉妹』とは、魔法少女たちにとってのブギーマンだ。一種の都市伝説であり、自分勝手に魔法を使って、罪なき者たちを殺めた代償を支払わせるために、闇に裁いて仕置するのが彼女の務めである。すなわち『天罰必中暗闇姉妹』の元祖だ。
「天罰代行、暗闇姉妹」
そう言いながら極端に柄の短い槍を構え、氷の表情で人でなしに迫る魔法少女。トコヤミサイレンスの姿を知らないのは、ここではツバメただ一人であると誰もが思っていた。
(この子……トコヤミサイレンスを知っている!)
そう確信したオトハは緊迫の表情を浮かべる。まさか、こんな小さな子どもが、オウゴンサンデーが送り込んだ刺客なのだろうか?あるいは、コンビニ強盗の人質にされたのも、事前に仕組まれたシナリオだったのか?
「ねぇ、ちょっと……」
「あ、ツグミセンパイ」
いつの間にか立ち上がったツグミが、オトハの右手を押さえていた。その手には、トランプ状の結界が握られている。首を横に振ったツグミは、アカネにも囁いた。
「聞いてほしいことがあるの」
ツグミはツバメの件で、あえてボカしていたことをオトハとアカネに話した。つまり、強盗の男にツバメが何をされたのか、をだ。アカネは絶句し、オトハは手にしていた結界を消滅させると、ツグミが豹変して強盗に襲いかかった理由を理解した。
「わかったよ、ツグミセンパイ……たしかに、この子がサンデーの刺客なわけがないね」
「きっと何か
「ねー!ねー!なにをコソコソしてるのさー!?」
仲間外れのような形になったツバメが3人に抗議する。
「暗闇姉妹のはなしはもういいよ。それより、アカねーちゃんとオトねーちゃんはホンモノの閃光少女なんでしょ?わたしも閃光少女にしてよ!」
「ちょ、ちょっと……!」
なぜそれを知っているのか?あるいはトコヤミサイレンスを知っている事よりかは、たいしたことではないかもしれないが。
「いや、いいよ、ツグミちゃん」
慌てるツグミをオトハが制する。
「わたし、もっともっと強くなりたい!だれにも負けたくないもん!」
アカネとオトハ。グレンバーンとアケボノオーシャンでもある二人は、少女の願いに真正面から答えることにした。
「ツバメちゃん、アタシたち閃光少女が戦うべき悪魔は、もういないのよ」
「でも……!」
「私たちは人間でありながら人間ではない。時には自分自身の力に苦しみながら、人間のふりをして生きていくしかないんだ」
「そんな宿命をあなたに背負わせたくないの。もうやめられなくなったアタシたちと違って、ツバメちゃんには他の幸せが見つけられるわ。空手だったら、いつでも教えてあげるから……」
ツバメは助けを求めるようにツグミを見る。だが、彼女の表情を見て、それは叶わない願いだと覚ったツバメは、渋々承知した。
「わかった……」
それからしばらくたった後である。
「おや?ツバメちゃんはどうしたんだい?」
奥の部屋からジュンコが顔を出した。後ろからついてくるサナエは、げっそりとした顔をしている。
「用事があるって帰ったわよ」
「もしや口封じをするべきだったと?」
「いや、そんなことはしなくていいが……」
ツグミがジュンコに頭を下げる。
「すみません、あの子のことは私が面倒を見ますから」
「ふーん、まるで本当の姉妹みたいだねぇ。まぁ、いいさ」
ジュンコはサナエの頭をゴシゴシ撫でながら言う。
「サナエ君にも事情は話しておいたよ。この13階の秘密が露見しない限りツグミ君は安全だと思うが、念のために我々4人で順番に、このセーフハウスの様子を見にくることにしようじゃないか」
その後の打ち合わせにより次の順番が決まった。まず午前から昼過ぎにかけて、比較的自由に動けるサナエが巡回する。放課後に隔日で訪れるのはアカネとオトハだ。
「夜は私が見に来よう。それで、かまわないね?」
「あ、はい」
ツグミはうなずくと、アカネと視線をぶつけ合わせた。冷戦はまだ終わっていないのだ。
「どうしたんですか?あの二人」
とサナエ。
「……犬も食わないってやつさ」
オトハはもう、痴話喧嘩の相手はしたくないようだ。
セーフハウスの新たな一日は、守衛からの電話で始まった。
「村雨さんですか?一文字様がお見えになりましたが」
ツバメのことである。毎朝9時にはこうやってセーフハウスに遊びに来るのが、彼女の日課になった。そして、いつも17時前には帰っていく。
「お父さんやお母さんは、この事を知っているの?」
そもそも、平日なら小学校に行かなければならないはずだ。だが、ツバメにはまるでそんな事は関係ないようだった。
「わたしは家なき子だから」
「家なき子?」
ホームレスなのかとツグミがいろいろ尋ねるが、ツバメ本人もうまく説明できないらしい。
「いろいろと、ふくざつなの」
「ふーん……」
それ以上の詮索を諦めたツグミは、彼女の欲求に答えて、閃光少女ごっこと称した組技の手ほどきをする。それが午前の日課である。
『魔人ライダーVすりゃああ!』
午後からは、だいたいその時間にはやって来るサナエと一緒に、70年代の特撮ヒーロー番組のビデオを見る日々が続いた。ツバメも一生懸命見ているが、むしろソファーに座ってバタバタと足を振り回すサナエの方がうるさい。
「うはーっ!毎回このオープニングの火薬の量に痺れますねー!」
(もう、どっちが子どもなんだか……)
そう微笑みを浮かべながら、ツグミは二人に紅茶を淹れた。
アカネとオトハのどちらかがセーフハウスに来るのは16時過ぎだ。だからあまりツバメと遊ぶ時間がないのだが、アカネはツグミと鞘当てをしつつも、熱心に空手をツバメに教え込む。
「いい?空手なら一人でも稽古できるわ。基本を大切にするのよ」
オトハもまたツバメと遊ぶのを楽しみにしている一人だ。古いゲーム機をセーフハウスに持ち込み、ツグミも交えてカートレースに興じる。ゲームが下手なツグミはともかく、オトハでさえ最近はツバメに苦戦しているようだ。
「困ったな~こりゃ油断ができないぞ」
「えへん!」
唯一ツバメと遊べないのは夜にセーフハウスを訪れるジュンコである。だが、せめてオモチャを買ってあげたいと思ったのか、チラシを片手に持ってツグミの部屋をノックした。
「ツグミ君、失礼するよ。うん?何をしていたんだい?」
「ちょっと日記をつけようと思って……」
ツグミはそう言いながら、机の上に広げたノートから目を離した。こうやって日々の、何気ないことを記録していくこと。それは以前居候していた、糸井家の主人であり、心療内科医の糸井コウジから教わっていた、心の整理法である。
「しばらくやめていたんですが、また書こうと思いまして。最近、毎日がすごく楽しいんです」
「ツバメちゃんのおかげだねぇ……」
ジュンコは目を細めた。
「そうそう、そのツバメちゃんなんだが……どんなオモチャが好きなんだろう?これとか、どうかな?」
オモチャ屋のチラシにジュンコが指をさした先には、音に反応して踊る花が載っていた。難色を示すツグミは、別の商品を指さす。
「これなんて、どうでしょうか?」
「え?これかい?」
ジュンコは首をひねった。
「こういうのを女の子は喜ぶものなんだねぇ。人間はやはり興味深い……」
やがて一人になったツグミは、その件も含めてノートに書き終えると、その文章の頭に、大きな文字でタイトルを付けておくことにした。ノートを見直す際、見つけやすくするためだ。簡潔なものでいい。
「みんなに妹ができた時」
そして、また朝が来た。着替えを済ませたツグミは、電話機の前でそわそわと待機する。だが、9時を過ぎても、10時を過ぎても、電話はかかってこなかった。
「あれ?今日はツバメちゃん、いないんですねぇ」
いつものように大きなテレビで特撮ヒーロー番組を見ていたサナエだが、一話分だけ見終わると、すぐに帰ってしまった。
「ツバメちゃーん!……あれ?」
勢いよくドアを開けたアカネに対して、ツグミが首を横に振る。
「まぁ、ツバメちゃんだって何か用事があるのよ。心配することはないわ」
「うん……そうだね……」
二人はソファーの両端にそれぞれ座り、顔を背けあって会話する。
「それに……あの子はアタシたち二人が育てたんだもの。大丈夫よ、きっと」
格闘技のトレーニングのことだ。少し赤くなりながらそういうアカネに、ツグミもまた頬を染めてうなずいた。
その頃ツバメは、公園にいた。例の、強盗に人質として連れ込まれたトイレがある、あの公園だ。遊具の頂上に登ったツバメが、木の下にあるベンチに腰を掛けて携帯ゲームに興じる3人の男子小学生に指をさして叫ぶ。
「おい!おまえら!」
「はあ?」
3人は一斉に顔を上げると、あきれたような声をあげた。
「なんだ、またお前かよ」
「何度泣かされたら気がすむんだ?」
「そもそも俺らお前のこと知らねーし!」
「おまえらに心あたりがなくても!わたしにはたたかう理由があるのだ!」
今日こそは負けない。すでにウォーミングアップを終えているツバメが遊具から飛び降りようとすると、どこからか婦警が走り寄ってきた。
「あ、君!」
氷川である。彼女は、突如病院から姿を消してしまった、ツバメとツグミをずっと探していたのだ。もしかしたら、またこの公園に来るかもしれないと睨んで待っていた氷川であったが、ツバメは驚いて逃げてしまった。
「待って!話を聞かせて!」
だが、すばしっこいツバメは、あっという間に姿を消してしまう。その様子をあっけにとられて見ていた小学生3人組に氷川は尋ねた。
「君たち、あの子の友だち?」
「いえ、ぜんぜん」
「最近やたら喧嘩をしかけられて、僕たちも迷惑しているんです」
「ていうか、あいつ学校で見たことねーぜ?どこのやつだよ」
「うーん……」
不思議そうに首をかしげる氷川は、携帯電話の着信音に気づき、小走りに去っていった。
「じゃあね!君たち!」
「さよならー」
人気の無い場所に移動した氷川は携帯電話を耳に当てた。
「はい、氷川です。……はい……はい……ツバメという子はさっき見つかりましたが、逃げられてしまいまして……」
氷川は周りを気にしながら会話を続ける。
「同じく病院から姿を消した村雨ツグミさん……はい……住所はわかっているのですが不思議なことに……ええ……大丈夫です。我々のチームが対処しますから……えっ?それは本当ですか?」
最後に、氷川は頭を下げながら言った。
「はい……ありがとうございます、オウゴンサンデーさん」
電話を終えた氷川は、別の人物へと電話をかけた。
「暗殺チームを召集してください。謎が解けたかもしれません」
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