閃光少女ごっこの時
ツグミとジュンコが固唾を呑んでツバメを見る。しかし、何も起こらなかった。
「あれ~?」
頓狂な声を出してツバメは自分の体を観察するが、どう見ても魔法少女には変身できていなかった。ツグミとジュンコが顔を見合わせる。どういうことなのだろうか?
「えっと……一文字君。君がツグミ君の怪我を治したと……そう聞いた気がしたんだがねぇ?」
「そうだよ!わたしはヒーラーだもん!」
胸を張るツバメに、ジュンコは先ほど落として割ってしまったマグカップを差し出した。
「じゃあ、これを直すことはできるかい?」
「まかせて!」
ツバメは割れたマグカップの破片を、合わせてみたり、こすってみたり、あるいは指でヒューンヒョイ!してみた。しかし、マグカップは割れたままである。
「うがー!」
とうとう癇癪を起こした。
「こんなのはダメなの!だって、ぜんぜんわたし好みじゃないもん!」
ジュンコは、驚いて損したとばかりに肩をすくめ、ツグミに小声で尋ねる。
「どういうことだろうねぇ?彼女、嘘をついているのかい?」
「嘘……とはちがうような気がします。ままごとというか、なりきり遊びなのではないでしょうか?」
「なるほど、そういうものかな」
気を取り直したジュンコはツグミたちに告げる。
「では、私はこれから朝食を買ってこよう。留守番を頼むよ。ツグミ君、一文字君と仲良く遊んでいてくれたまえ」
「あ、はい」
「わたしハンバーガーがいい!」
元気よく手をあげるツバメにツグミが尋ねる。
「あれ?まだ朝ごはん、食べてないの?」
「うん!」
「そうかい?まあ、それくらい安いものさ。君の分も買ってこよう」
「ありがとーおかーさん!」
「君たちを産んだ憶えはないねぇ」
思いのほか上機嫌なジュンコはコインパーキングに停めたミニバンに向かった。運転席のドアを閉め、シートベルトをかけたところで、ふと考える。
(しかし、結局ツグミ君に回復魔法をかけたのは誰だろう?ツバメちゃんがツグミ君の回復を知っていたということは、もしや彼女の母親が魔法少女なのか?ならばツバメちゃんを懐柔しておくのは悪い手ではないな)
そう、これは作戦である。決して、ジュンコまでツバメにほだされているわけではないのだ。たぶん。
セーフハウスにはツグミとツバメだけが残された。
(ジュンコさん、意外と子煩悩なのかな?)
お母さん呼ばわりされて上機嫌になっていた彼女を思い出し、ツグミはそう思う。もっとも、子煩悩というならツグミも負けてはいない。
「何して遊ぼっか?」
ウキウキでツバメに尋ねた。
「閃光少女ごっこ!」
「そっかーそっかー」
ツグミ、ニコニコである。だが、調理室に走っていったツバメが、包丁を持ち出したところで顔色が変わった。
「えっ、ちょっと!?」
「とりゃーっ!」
気がつくとツグミは、包丁で斬りつけてきたツバメを本気で抑え込んでいた。強盗を押さえこんだ時と同じ一教あるいは柔道の脇固めの変形である。ツバメが苦しそうにしているのを見て、ツグミはすぐに手を離す。
「あ、ごめんね!」
当初こそ痛がっていたツバメは、すぐに目を輝かせる。
「やっぱりお姉ちゃん、すごーい!」
褒められてもツグミは喜べない。
「ダメじゃない!包丁なんか振り回しちゃ!」
「ごめんなさい」
ツバメがうつむく。
「でも、わたしお姉ちゃんに戦い方をおしえてほしかったの……」
「私がそんな事を知っているわけが……」
そう言いかけるツグミをツバメがジト目で睨む。
「オトナってのは、コドモにウソをついてもいいのかー?」
「あっ……」
ツバメの言い分はもっともである。現に、彼女の目の前で強盗を叩きのめしたのはツグミではないか。
「ごめんね、ツバメちゃん。お姉ちゃん、嘘をつく気はなかったの。でも、実はね……」
ツグミは自分が記憶喪失であることを、正直にツバメに話した。
「だから、さっきは勝手に体が動いたけれど、自分からはうまく説明できないの……」
「それならそれでいいよ!」
ツバメは明るい笑顔で答える。
「わたしと閃光少女ごっこをしてたら、またかってにカラダがうごくかもしれないよ!いろいろためしてみよーよ!」
「うん、まぁ、そういうことなら。でも、武器は禁止にしようね」
それだけ守られるのならば、ツグミに異存は無い。もしかしたら、こうして体を動かしているうちに、自分の本当の記憶に近づけるのではないかとツグミは思った。だが、ここでツバメが言う。
「でも、ほんとーにキオクソーシツなの?お姉ちゃん、うまれた時からオトナだったんじゃない?」
「ふふふ、ツバメちゃんって面白いことを言うのね」
「ただいま。ツバメちゃんがほしいのはチーズバーガーかな?それともテリヤキバーガーかな?」
やがてジュンコが帰ってきて、三人は少し遅い朝食を食べた。食事が済めば、再び閃光少女ごっこの時間である。ツバメは、思い切りツグミにぶつかっていった。
「ふぎゅっ!?」
「ご、ごめん!痛かった?」
「だいじょうぶ!」
背負投げでひっくり返されたツバメが勢いよく起き上がると、こんどは攻守を入れ替えてみる。自分がやった動きを反芻しながらツグミが指導すると、ツバメは簡単にツグミをひっくり返してみせた。
「あ!すごい!すごい!ツバメちゃん、憶えるの上手だね!」
「えへん!えへん!」
時間はあっという間に過ぎていった。
それから少し後のことである。
「な、何よ、これ!?アタシたち、階段を登ったと思ったら降りているわ!」
「ちがうよ、アッコちゃん。フロアの番号を見て。私たち、存在しないはずの13階にたどりついたんだよ」
アカネとオトハである。今日は日曜日。ジュンコに社員証を渡された二人はセーフハウスの視察に来たのだ。だが、それだけではない。
「ここにツグミちゃんがいるのね……」
二人はすでに、ジュンコから昨日の経緯を聞いていた。コンビニ強盗に遭遇し、人質にとられた少女を助けるためにツグミが立ち向かい、ナイフで斬られたというのだ。オトハがつぶやく。
「初めて会った時からそうだったよね。知らない子供を助けるために、自分の身の危険をかえりみずに突っ込んで行っちゃうの」
オトハが言っているのは、一ヶ月前に起こった、蜘蛛の悪魔による襲撃事件のことだ。グレンバーンとアケボノオーシャンとして出動した二人は、そこで見知らぬ男の子をかばい、倒れていたツグミを救出したのである。
「…………」
「アッコちゃん、意地を張るのはやめて、ツグミちゃんのお見舞いをしようよ」
「……そうね」
やがて二人は、株式会社トゥモローと書かれたドアを開いた。
「ツグミちゃん、いるの?」
「えっ!?アカネちゃんに、オトハちゃん!」
「あ……えぇ……?」
オトハは困惑した。彼女の目に映ったのは、パジャマ姿のツグミが、知らない少女の顔を股ぐらに挟んでいる光景である。
「あっはは……朝からそういうプレイを見せつけられても、オトハちゃん困っちゃうなぁ~」
「ちがうわ、オトハ!三角絞めよ!」
さすがに格闘技経験のあるアカネはすぐに柔道の絞め技の一種だと理解したようだ。しかし、それはそれとして少女の顔が赤紫色に変わっているのは見逃せない。
「ツグミちゃん!極まっているわよ!早く離して!」
「あ、ごめん!ツバメちゃん!」
開放されたツバメはしばらくぐったりしていたが、やがて大喜びで手を叩く。
「おもしろい!おもしろい!これでまたひとつ技をおぼえられるね!」
「ところでツグミセンパイ、この子は誰?ツバメちゃんって言ってたけど……」
ツグミはオトハからそう質問され、これまでの経緯を説明した。
「実はカクカクシカジカで……」
「マルマルウシウシと……」
オトハは首をひねった。ツバメが魔法少女ではないというのは当然としても、それはそれとして怪我を治した何者かと、尾行していた誰かの謎は残る。
(それに……)
「すごかったんだよ!お姉ちゃん、いじわるなおじさんをコテンパンにしたの!」
「そ、そんなことしたかな?したかも……」
謙遜するツグミにオトハは違和感をおぼえる。今も柔道の技らしきものを披露していたが、記憶を失う前になんらかの格闘技の訓練をしていたのだろうか?
(なんだかツグミちゃんらしくないなー)
オトハはむしろ、そちらの方が気になっていた。
(しかし、想像していた展開と違いすぎるわ……)
アカネもまたこの意外な展開に翻弄されている一人である。彼女が想像していたのは、ベッドから動けないツグミを、自分が甲斐甲斐しく介抱する場面だった。
「ごめんね、アカネちゃん。いつも助けてもらって」
「ツグミちゃん。それは言わない約束でしょ?」
しかし、そんな妄想とは裏腹に、ツグミはツバメという妹分と元気に遊んでいる。こうなると、アカネとツグミの関係は冷戦状態のままだ。そんな空気がいたたまれず、オトハはツグミに尋ねる。
「そういえばハカセは?」
「食料を買いに行くって、出ていったよ」
ツグミはオトハを調理室に案内した。ガスコンロにオーブンなど、一通りの調理器具は揃っているのだが、大きな冷蔵庫は空っぽなので、何も作れないのだ。
「今日、サナエちゃん帰ってくるでしょ?だから歓迎する準備をしておきたいって張り切ってた」
ツグミが席を外して手持ち無沙汰になっていたツバメにアカネが声をかけた。
「閃光少女ごっこ、好きなの?」
「うん!」
「柔道もいいけれど、空手をやってみない?ほら、こんなふうに……」
アカネはスッと半身に構えると、上段回し蹴りと後ろ回し蹴りのコンビネーションをしてみせた。
「おおー!」
ツバメが拍手する。
「閃光少女とはいえ、戦いの基本は格闘よ。武器や魔法に頼ってはいけないわ」
「ツバメちゃん?」
調理室からツグミが戻ってくると、ツバメはアカネの目の前で下段回し蹴りからの上段回し蹴りコンボを披露していた。
「すごいわ!ツバメちゃん!ちょっと教えただけで、こんなすぐにできる子なんていないわよ!いいセンスね!」
「えへん!えへん!」
(ぐぬぬ……)
ツバメを取られて妬心に燃えるツグミは、わざとらしく咳払いをしてツバメの気を引く。
「ツバメちゃん。ドーナツを食べたくない?お姉ちゃんが作ってあげようか」
「えっ!?ドーナツつくれるの!?」
ツバメがツグミの方に駆けていくと、アカネはもじもじとつぶやく。
「アタシも……ツグミちゃんの作るドーナツ、食べたいかも……」
「もちろん、いいよ」
「えっ」
アカネはポッと頬を染めてツグミの顔を見るが、当の彼女は少し意地悪な笑みを浮かべていた。
「『お願いします』は?」
「はぁ!?」
今度はオトハが調理室から顔を出した。
「ツグミちゃん、さっき食料は空だって言ったばかりじゃん。どうするの?」
「それはもちろん、ジュンコさんに買ってもらうから……」
「いやぁ、さすがにお菓子作りの材料までは、連絡しないと買ってくれないんじゃないかなぁ~」
「うーん……それじゃあ、どうしよう?」
ツバメに作ると宣言した手前、ツグミにはドーナツを作る責任があるだろう。すると、今度はアカネが意地悪な笑みを浮かべて携帯電話をもてあそぶ。
「ツグミちゃん……『お願いします』は?」
そう言えばジュンコにこれから連絡してあげる、という意味だ。
「ぐぬぬ……」
歯を食いしばっていたツグミは、やがて負けを認めて頭を下げた。
「お願いします」
「もちろん、いいわよ」
(なんだ、このプレイは……)
ツグミとアカネの顔を興味深そうに交互に見るツバメとは対象的に、オトハは早くジュンコとサナエに帰ってきてほしいと、願わずにはいられなかった。
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