水鏡

「シオ、ネ……じゃ……ない……?」


 僕、もう一つの人格、本物。その言葉一つ一つが私の耳を疑うもので、けれどその言葉に乗せられた声色は少し低めではあるけれど確かにシオネのもの。


「いや、僕はシオネではある。ただ、さっきも言ったが僕は『私』とは別の人格……つまり、二重人格のもう片方、ということさ」


 同一人物で、別の人格。別人であって、同じ人物。頭がこんがらがった。何本もの糸がねじれて絡み合って、そうして固く結ばれてしまった糸が解けない。


 そんな私の姿を目の前のシオネは怪しい微笑みを浮かべて見つめている。日中の元気なシオネが宿す、どこまでも煌びやかな澄んだ瞳とは違い、目の前にいるシオネは、雲に覆われた月のような、暗く、静かな光しか宿っておらず、その瞳はどこか遠くを見ているような気がした。


「本物、って……どういう……こと……?」

「言葉のままの意味だよ。キミが今まで接していたシオネは偽物。あれは後天的に生まれたもので、元々の人格は僕だ」


 告げられて、胸の奥が凍りついた気がした。私が接していたシオネは、紛い物。そう耳に入った瞬間、今まで接していたシオネの顔がわからなくなった。どこに、どこにシオネはいるの……?


「今までの……シオネ、は……?」

「『私』かい? 僕の中にいるよ。『私』がまた目覚めれば、もう一度キミの前に現れる」

「目覚めるの……!?」

「安心しなよ。僕が眠れば代わりにあっちが目覚める。一生戻って来ないなんてことはないよ」


 そう聞いて胸の中の氷が少しだけ解ける。胸に手を当てて、先ほどまで止まっていた気がするくらい小さかった心臓の音が返ってきたことを感じる。


「キミはシオネと知り合って二日も経っていないのだろう? キミにとってどちらが本物か偽物かなんてどうでもいいことだろう。なのにどうして、そんなに『私』のことを恋しがるんだい?」

「どうでも……よく……ない……! シオネ、は……私に……広い、世界を……教えて……くれた、の……!」


 少しムキになって目の前のシオネに歩み寄る。そうするとシオネは驚いたような顔をしたのち、少し目を瞑って考え込むような仕草をした。


「……そうか。それほど、『私』はキミの心を揺さぶるなにかがあったんだね」

「なん、の……こと……?」

「誰かいるの!?」


 ぽつりと目の前のシオネが零した言葉に首を傾げていると渡り廊下の方から聞こえた声。聞き慣れた声は、紛れもなくナギの声だった。


「ああ、もうお別れみたいだね。それじゃあ、『私』によろしく頼むよ」

「え……?」


 理解をする暇もなく、目の前にいる人物は突然全ての力が霧散したように倒れ始めた。


「シオネ……!」


 私は咄嗟に抱えようとしたけれど、私より身体の大きいシオネを非力な私一人では支えられそうもなかった。脇の下に手を入れて抱きかかえるようにしてしまったせいで、シオネに押しつぶされてしまいそうになる。


「お嬢様!?」


 後ろからナギの声が聞こえて、その後すぐにナギが飛んできた。二人でシオネを抱えて、その場に座るような体勢をとらせると、シオネは安らかな寝息を立てていた。


「寝て、る……?」

「どうされたんですか、こんな時間にこんな場所で」

「えっと……」


 シオネとは別の人格がベッドから抜け出して、この場所にいたから追いかけて来た、と正直に話してしまう勇気は私にはなかった。話してもわけがわからないといった顔で片付けられてしまいそうだったから。


「とりあえず、寝室にお運びしますね」

「うん……おね、がい……」


 私はシオネを背負いながら前を歩くナギに後ろからついていく。今ナギの背中で安らかな寝息を立てているシオネはどちらのシオネなのだろう。その寝息が耳に入るたび、ちゃんと寝られるかどうか不安感が膨らんでいった。



***



「ミナモ、朝だよー」


 朝の日差しを受け取って眠りから覚めると、横ではミナモがまだ寝ている様子だったから揺すって起こす。


 静かな寝息が聞こえるその寝顔は、赤ちゃんのように無垢な表情をしている。ぷにぷにとしたほっぺたは触ると心地がいいだろうなと直感でわかる。よく頬を膨らませているからこんなに柔らかそうなのだろうか。とてつもなく可愛らしい、衝動のままに抱きつきかけた。


「ん……」

「おはようミナモ。もう朝だよ」

「シオ、ネ……? シオネ……! シオネ……だよ、ね……?」


 私の顔を見るなり眠たそうな顔を吹き飛ばして食いついてくるミナモに驚く。


「う、うん、私はシオネだけど……どうしたの? 怖い夢でも見たの?」


 そう言うとミナモが私を押し倒す勢いで抱きついて来た。昨日までのミナモからは考えられないくらいの勢いに頭が真っ白になる。


「な、なななななにミナモ!? そんな怖い夢見たの!?」

「シオネ……! シオネ……!」


 ミナモの細い腕から出せる精一杯の力で身体を拘束されて、頭をすりすりとされるがままに摺り寄せられる。ものすごい勢いに押され、私はベッドに倒れ込んでしまった。上に乗っかるミナモはそれでもやめてくれる気配はない。


「お嬢様ー、シオネー、もう朝ですよー。起きてくださいー」


 扉がノックされる音を聞いて、ナギさんが起こしに来たんだなと理解する。それでもミナモは抱きつく力を弱めようともせず、むしろ先ほどからどんどん力が強まっている。


「ナ、ナギさん……!」

「どうしたの? 開けていい?」


 私が承諾して、ナギさんが扉を開ける。今の私たちの光景が目に入ったナギさんは数瞬固まると、呆れた顔で口を開いた。


「……なにしてるの?」

「な、なんか、ミナモが大胆に……!」

「……よかったね」

「あ待ってナギさん、ドア閉めないで! 待って助けてー!」



***



 あの後結局数十分はどいてくれなくて、朝食を届けに来てくれたナギさんにミナモが引き剥がされてようやく終わった。


 朝食を食べた後、私たちはナギさんに連れられてお城のとある部屋に入った。そこは服が多く保管されている場所で、そこで今度はナギさんにされるがままに着せ替えられたのだが。


「……なんでこの格好?」

「シオネ……可愛い……」


 私はナギさんの着ているメイド服と同じものを着せられ、その状態でミナモとナギさんの前にいる。ミナモは目をキラキラとさせていて、ナギさんは腕を組みながら満足そうな顔で頷いている。


「うんうん、サイズはぴったりみたいね。そのリボンともマッチしてるし、さっすが私、ってね。それじゃあ伝えるけど、今日からあなたはここのメイドになってもらいます」

「唐突すぎるんですけど! なんで!?」


 そう言うとナギさんはまあまあと私を宥めた後、真面目な顔に戻った。


「私、ここのメイド長だからさ、メイド関連は私の管轄内なの。だから、シオネがメイドになれば匿いやすいってわけ。それに、働かざる者食うべからずってやつだからね。匿ってる恩はきっちり返してもらうわよ?」

「はあ……。というか、ナギさんメイド長だったんですか? ミナモの専属メイドさんだったんじゃ?」

「専属メイドでもあり、メイド長でもあるの。意味わかんないでしょ? まあ色々あって、私が一番上なの」


 ナギさんは少し眉を顰めて困った顔をしながら、ミナモと同じくらい青い髪の毛の先を人差し指でくるくるといじる。


「よし。それじゃあ着替えも終わったことだし、本格的にメイドとして働いてもらうとしましょうか!」

「え、今から!?」

「なんのためにその服着たと思ってるのよ。今からに決まってるでしょー。あ、お嬢様はお勉強がありますからね。昨日サボった分、ちゃんとやってもらいますよ」

「うー……」

「唸っても駄目です。ほら、今日はシオネに色々教えないといけないので、自分一人で頑張ってください」

「え……」


 途端、絶望の色一色に染まった顔でこちらにゆっくりを視線を送ってきたミナモ。え? 誰も一緒にいてくれないの? といった感じの表情に、私は苦笑いで返すしかなかった。


「まあ、勉強する場所まで送るくらいなら、しますけど」

「ほんと……!」

「あ、それでいいんだ」


 先ほどの色がすん、と顔から消え失せていったミナモは、いつもの波風立たない表情に戻ってナギさんと一緒に部屋から出て行った。ナギさんは部屋から出て行く際に「お嬢様の部屋に行っといて」と残したので私はそこに向かうことにした。



***



「よし、それじゃあ早速掃除から始めよう」


 ミナモを送った数分後、私が待機していた部屋にナギさんが水を汲んだバケツと雑巾と箒と……掃除に使う用具をすべて一緒くたにして持って来た。それを合図に、私のメイドさんとしての仕事が始まった。


「それ全部一人で持ってきたんですか!? って、掃除? ミナモの部屋を二人で?」

「もちろん。お嬢様専属メイドだからね。あなたも私も」


 私ってミナモ専属メイドだったんだと今初めて知る。とはいえ、一つの部屋を二人で掃除するのは少し窮屈じゃないだろうか。


「お、その顔はもしや二人は多いって顔してる? まあ初めての仕事だから私から教えることがいっぱいあるのよ。それと、お嬢様の部屋の掃除をナメちゃいけないよ?」

「な、なにがあるんですか」


「やればわかるわ」と私に掃除用具を渡して、ナギさんがつきながらの掃除が始まった。



***



「ぜぇ……はぁ……ぜぇ…………も、もう無理ぃ……」


 一時間後くらい。私は雑巾がけの途中で満身創痍になり部屋の床へ倒れ伏した。


「あはは、結構粘ったねー。大したもんだ」


 先ほどのナメてはいけないというナギさんの言葉。それは真実で、ミナモの部屋はとてつもなく広いがゆえにどこまで掃除しても終わらないのだ。そしてナギさんの細部まで徹底的に綺麗にするメイドのプロとしての矜持が、その威力を何倍にまで増幅させていた。魔法を使って楽に掃除するのかと思っていたけれど、「そんな甘い魔法はない!」とナギさんに一蹴された。思ったよりも魔法は万能じゃないみたいだ。


「これ……今までナギさん一人で……やってたん、ですか……」

「そりゃ専属メイド私しかいなかったしね。それに専属メイドって言ってもメイド長だから他に色々仕事あるしねー」

「こ、怖い……」


 確かに倒れた私を笑い飛ばしながら作業する手を止めないくらいにはナギさんの体力は有り余っている。これは私の体力が低いのか、それともナギさんが超人的な体力をしているのか、それとも魔法のなにかなのか。


「ま、あとは細かいところだけだから私やっとくわ。その間座って休憩でもしときなさい」

「で、でもナギさんがまだ働いてるのに」

「その状態で今すぐ仕事に戻れるならいいけど?」

「……休憩させてください」


 ニコニコのナギさんの圧に負けて私は休憩を求め戦線から退場する。机の前にある椅子を借りて座ると、せっせと掃除をするナギさんの綺麗な青髪が揺れるのを見て、私はナギさんにずっと気になっていたことを訊いてみることにした。


「そういえば、ナギさんの髪も綺麗な青色ですよね。私の住んでたところでは青い髪の人って見たことないから、新鮮です。この街だと珍しくないんですか?」

「いや、珍しいわよ?」

「そうなんですか? でもミナモもナギさんも、青い髪色で、珍しい人が二人も?」

「そりゃあ、お嬢様と私は姉妹だもの」

「しま……え姉妹!?」


 先ほどまでへばっていた身体からは想像もできないほどの大きな声が響いた。その声に不思議そうな顔をしてナギさんが振り向く。


「血繋がってるんですか!?」

「なに、そんなに似てない?」

「いや、似てはいるなーとは思ってましたけど、まさか姉妹だとは……だって、メイドさんとお姫様が姉妹だなんて」

「あはは、まあそりゃそうよね。そうねー、ちょうど掃除も終わるし、休憩がてらちょっと雑談しましょうか」


 ナギさんは窓際の生け花の掃除をし終わると、自らも椅子を持って来て私の前に座った。そして私が姿勢を正すと、淡々と話を始めた。


「私がメイドになったのはいつだったかしら……五年前くらい? うちの家系は魔力が他の人よりも高いことはカンナさんから聞いたのよね?」

「はい。物凄いって聞きました。どのくらいかはわからないけど……」

「まあざっくり言うと物凄いわね。なんせ街ひとつ作り上げちゃうくらいだからねー」


 カンナさんから聞いた。魔法でこの街、アランヴェールを作り上げたと。人を吹き飛ばすほどの風を作り出すだけで相当ならば、それはどのくらいのものなのか、私にも想像できなければ、この街の普通の住人でも想像できないだろう。


「私も例外なく魔力が高いの。だけど、妹の……お嬢様の魔力は規格外だった」

「規格外?」

「見たことないくらいの高さだった。私なんてちっぽけな虫に見えるくらい。聞いた話じゃ、この街を作った初代の王様よりも高いんじゃないかって。それまで初代の王様は、一族で一番魔力が高かったって言い伝えられていたから」

「それじゃあ、ミナモもこの街と同じような街を作れちゃうってことですか?」 

「確かにそうなるね。うちの跡継ぎって、魔力の高さで決めるんだ。だからお嬢様が選ばれるのは当然だった」


 王族ならば、生まれた子どもがその地位を受け継ぐのは容易に想像がつく。それでミナモも次にこの街を見守る使命を課されたのだろう。


「私は平民なので全部わかるわけじゃないですけど、妹に跡継ぎを取られるって、その……悲しかったんじゃないですか?」

「いや? 嬉しかったわよ? だって、妹がこんなにもてはやされてて、嬉しくならない姉なんていないって。でも……ちょっと遠い人みたいになっちゃったのは、寂しかったな」


 予想外の答えが返ってきたけれど、ナギさんの純粋な笑顔を見るとそれが本心であることは容易に伝わった。


「まあ、そういうことで、私は血筋的には用無しになったわけ」

「用無しって……!」

「別に捨てられたわけじゃないから安心して? でないと、まずここにいないわ。ちゃんとその後も、お姫様としてやってた。ただ、五年前、とある出来事が起きた」

「とある出来事?」

「……ごめん、これは教えられそうにないや」

「えーっ! どうし……」


 意地悪に隠そうとしているのだろうと思っていた浅はかさは、ナギさんの表情を見てすぐさま粉々に砕け散った。辛そうな表情、それは昨日教会前で鉢合わせてしまったときのように、まるで掘り起こしてはいけないものを無理矢理引き上げたような感じだった。


「ま、その出来事があって、妹を守らなきゃ、って思って、ずっと近くにいられる専属メイドになったってわけ。呼び方も『ミナモ』から『お嬢様』に変えたんだけど……よくよく考えたら他の人『姫様』って呼んでたことに後々気づいて、まあ今更変えるのもなーと思ってお嬢様のままで呼んでる。ちなみにメイド長をしてるのはこの血筋のせいで、あなたが上に立つべきです、って他のメイドに持ち上げられたから。不可抗力だよ、ほんと」


 やれやれといった様子で溜息を吐くナギさんからは、先ほどの辛そうな表情は抜けていた。けれど私の目には剥がれないくらいに焼き付いて、頭からも離れなかった。


「そう、だったんですね……」

「そんな暗い顔しないの。別に暗い話でもなかったでしょ? まだ仕事は残ってるんだから、シャキッとしなさいな」


 私は肩を揺すられて俯きかけた頭を強制的に上げさせられた。


「そうですね……シャキッと! そうだ、もう一つ思ってたことがあるんですけど、私も『ミナモ』じゃなくて『お嬢様』って呼んだ方がいいんですかね?」


 その質問にんー、と少し唸って考えると、ナギさんははっきりと言った。


「いや、そのままでいいと思う。お嬢様も、あなたとはタメ口で話したいんじゃないかな。それに、親しい人に敬語使うのは、私だけでいいから」

「……?」


 苦笑いとともにそう言ったナギさんは、どこか諦めたような暗い目をしていた。話が終わると「よし」と言ってナギさんは椅子から立ち上がった。


「そろそろ仕事再開しますかー。あそうそう。明日お嬢様お休みだから、あなたも明日休んで、二人でお出かけにでも行って来たら? おこづかいはちゃんとあげるから」

「え、でも、ミナモって外に出ていいんですか?」

「まあ私を通してれば変なことにはならないわよ。二人っきりで出かけることについてはお咎めもらいそうだけど。バレなきゃいいのよ、バレなきゃ」

「えぇ……」


 はっはっはといたずらに笑うナギさんに困惑の視線を向ける。すると思い出したように「そうだ」ともう一度ナギさんが声を上げた。


「今日もお嬢様と一緒に寝ていいよ」

「え、いいんですか!?」


 驚きのあまり椅子をガタッ、と揺らしてしまった。あの時間は二人でいる時間の中で一番笑っていられる時間が長くて失いたくないものだったけど、どうしようもないから昨日一緒に寝るのは最後だと腹を括っていたが、それはいい意味で無意味となった。


「ええ。朝、あんな楽しそうなお嬢様初めて見たから。そんなに一緒に寝るの嬉しかったんだなぁって。だからいいよ。ちゃんと今日の疲れを癒してもらいなさい」

「ありがとうございますっ!」


 その後のメイドの仕事はそれを糧にすることで無尽蔵な体力を手に入れすべてこなすことができた……わけではないけれど、やり抜くことはできた。



***



「行く……」


 バラバラに過ごした一日が終わり、唯一今日一緒にいることを許されたベッドの上で、日中ナギさんに提案されたお出かけをそのままミナモに提案してみたらいつもののんびりしているミナモがどこかに行ったようなくらい早く返事が返ってきた。


「行きたい……今度は……こそこそ、しないで……街を、見たい……」

「あーごめんね、こそこそさせちゃって」


 すべての人の視線から逃げながらした窮屈な前回の冒険。結局それはカンナさんとナギさんに見つかったことによって綺麗に成功したものとは言えないものになった。


「今度はこそこそしない分、思いっきり楽しんじゃおう!」


 布団の中で小さくガッツポーズをする。ふと日中、休憩時にナギさんと話した会話を思い出してなんとなくミナモにもそれを訊いてみる。


「そういえば。ナギさんって、ミナモのお姉さんだったんだね」

「……そう」

「ミナモ?」


 ミナモの波風立たない表情が暗がりでもわかるくらいに沈んだ。


「なにかあったの?」


 少しだけ沈黙が流れた後、ゆっくりとたどたどしい言葉が一つ一つ返ってきた。


「ずっと……お姉ちゃん……だった、のに…………あるとき……メイドに……なって…………これからは……『ナギ』って、呼ぶように……言われて…………ナギも……敬語に……なって……ミナモ、って……呼んで、くれなく……なった……」


 暗闇の中にミナモの悲しそうな顔がぼんやりと映る。その影に私は布団の中で手を握りながら声をかける。


「ミナモは、ナギさんとの距離が離れちゃって、寂しいんだね」


 ミナモが、ゆっくりと私に向かってこくりとうなずいた。


「ミナモは、ナギさんにミナモって呼んでほしいの?」

「うん……本当は……そう、呼んで……ほしい、し…………お姉ちゃん、って……呼びたい……」


 その言葉を聞くのと同時に、ナギさんが言っていたことも思い出した。ナギさんは「親しい人に敬語使うのは、私だけでいい」と言った。ミナモもナギさんも、お互いに離れてしまった距離に憂いていたんだ。誰もこの溝を望んでいないのなら、私はこの二人の距離をどうにかしたい。


「ミナモ。明日のお出かけさ、おこづかい貰えるみたいだから、それでナギさんにプレゼント買わない? それを渡して、前みたいに姉妹でいたいって言ってみようよ。もしかしたら、ナギさんに伝わるかもしれないよ。……どう、かな」

「……うん……買いたい……! ナギに……もう一度……ミナモって……呼んで、ほしい……!」


 ミナモが私に身体をぐっと寄せながら、私の手を強く握り返した。私はそんな様子のミナモに力強く頷いた。

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