第43話 勝利の美酒(2)

「バークさん」

「ダリア!? よかった無事だったんだな!」


 無事だった街の一角から届いた少女の声に、バークは嬉しそうに駆け寄る。

 服に汚れは目立つものの、どこも怪我をしている様子はなかった。


「途中で街の人に荷馬車に乗せて貰って、この近くまで避難してたの。戦いは終わったの?」

「ああ。ダリアが俺に血を分けてくれたお陰で勝ち取れた勝利だ。ありがとう」


 ダリアはバークに噛まれた痕にそっと触れる。

 すでに傷からの出血は止まっていて、わずかに首筋を流れた血の跡が、バークに初めての吸血を思い出させ恥ずかしさに頬をピンク色の染めさせた。


「何もできないと思ってたのに、街を救う役に立てて本当によかったの」


 自分のしたことが巡り巡って誰かの為になる。

 例え微力であっても、何もできないと諦めず、一歩踏み出す勇気をダリアは示してくれた。


 彼女の協力が無ければ何もかもが終わっていたかもしれない。

 一つひとつの思いと出来事が未来に繋がっていくんだと、バークは身をもって体験できたことに感謝さえした。


「バーク、これを」


 メルが付喪神スペリアになっていた白い手袋をそっとバークに手渡す。

 コアを破壊してすでにただの手袋に戻ったとはいえ、数々の悲劇を生んだ元凶となった代物だ。


「この手袋……どうする?」


 どう判断するかは持ち主であるダリアに委ねるべきだと、バークは手のひらに乗せた手袋をそっと差し出す。

 しかしダリアは迷わず手袋を受け取りギュッと抱きしめると、熱の籠った口調で言った。


「お母さんがくれた物だから、これからも大切に使うの」


 今までどうだったかは関係ない、これからどうしていくかが大事だ。

 罪を憎んで人を憎まずという精神を表すように、ダリアは母との思い出を最優先に、手袋をポケットの中にしまった。


「ダリアはこれからどうするんだ?」

「しばらくはこの街の復興を手伝って、落ち着いたらこれからもいろんな場所を巡って絵を描き続けようと思ってるの。バークさんたちはどうするの?」

「俺たちも引き続き付喪神スペリアを退治しながら各地を回ろうと思ってる」

「どっちも大変なことだと思うけど、自分のしたことが人を喜ばせられたら幸せなことなの。だから頑張るの」

「そうだな。どちらも道のりは山あり谷ありだと思うが、互いに頑張ろう」


 バークもダリアも別々の道を歩んでいくが、人の役に立ちたいという根源は同じ。

 いつかはお互いに目標を達成することを誓い、小さな少女の背中を吸血鬼ブラディア三人は見送った。


「じゃあ次の街へ行きましょうか」

「こんな状況で報酬を貰う訳にもいきませんし、私たちがいたら諍いが起きてしまうでしょうからね」

「戦闘して疲れてるのにもう行くのか!?」


 メルとティアが崩れた外壁のほうへ向かって歩き出したことに驚き、バークは思わず声を裏返す。


付喪神スペリアを倒し街を守ったのは私たちですが、付喪神スペリアが暴れ街が壊れる原因を作ったのも私たちです。それが知れ渡れば、街の人間たちからは称賛と非難、どちらも受けることになるでしょう」

「褒められるのも中傷されるのも好きじゃないのよね。街の復興には多額のお金がかかるだろうし、原因を作った私たちが報酬を受け取るのも気が引けるし。だからさっさと違う街へ移動するのが賢明よ」


 過去の苦い経験を思い出しているのか、ティアもメルも溜め息を吐きながら躊躇なく歩いていく。


「なるほど。長年生きている吸血鬼ブラディアの言葉は重みが違うわ」


 バークは苦笑いを浮かべ街へ向き直り、短く黙祷を捧げてから二人の背中に追随する。


 これからも想像以上の事件に首を突っ込んでいくことになるだろう。

 誰かを悲しませるかもしれない、誰かの命を失わせるかもしれない。


 最初は吸血鬼ブラディアから元の人間の体に戻ることだけが自分の目的であったが、付喪神スペリアに苦しまされている人がいることを身をもって体験した。

 そのことでバークの心には、自分だけでなく他人の為にも、せめて人間に戻れるまでは、付喪神スペリアハンターとして生きていこうと思うようになった。


 明日がどうなるとも知れぬ旅路。出会いと別れの繰り返し。

 永久の時を刹那に生きる吸血鬼ブラディア


 どんな未来が待ち受けているかは誰にもわからない。

 だがどんなことが起きようと、常に乗り越えて生きていきたい。


 バークは高い壁の外に出て、広がる平原を見渡し、まだ見ぬ先へと思いを馳せながらメルとティアと並んで歩んでいった。

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分裂少女と付喪神ハンター〜2人の美少女吸血鬼と付喪神退治の旅〜 タムラユウガ @tamu51

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