第42話 勝利の美酒(1)

「さようなら。悲しき運命を歩んだモノよ」


 空気に溶けるように消えた付喪神スペリアを見送り、地面に落ちた絵の具で汚れた白い手袋をメルティアは見やる。


 コアを破壊したことで、ただの手袋に戻った。


 激しく損傷していた部分も、憑りついていた付喪神スペリアさえ退治してしまえば綺麗に修復される。

 メルティアはそれを拾い感慨深げに眺めると、すぐそばまで来ていたバークのもとへと歩き眼前で立ち止まった。


「バークがいなければ危うかった。礼を言う」


 メルティアの振る舞いに面を喰らいそうになる。

 メルとティアの二人とは短いながらも時間と共有してきたが、メルティアとしては初対面だ。

 しかも本来の王族としての威厳を纏った雰囲気に、バークはどう接しようと微かに迷ったものの、今までどおりでいようと口を開いた。


「それが二人が求めている本来の姿なんだな」


 間近で見るメルティアの凛とした相貌に、疲労も忘れて惚けてしまう。

 メルの妖艶さとティアの清廉さに風格を兼ね備えたオーラ。民衆を惹きつけるような佇まいは、すべてを託したくなるような信頼感さえ抱かせた。


「この姿を取り戻すため、何年も旅をしている。久しぶりに本来の体に戻って、やはり愛おしさが込み上げてくるな」


 自身の胸に両手を置き、愛おしそうにまぶたを閉じるメルティアも心豊かな女性なのだと、バークは微笑ましく思った。


「気品と威厳を感じる。まさに王族って雰囲気だな」

「よしてくれ。私は、もう無くなった王国の元王女というだけだ」


 苦笑し首を小さく振るメルティアは、恥ずかしがる少女のようだ。

 大人でもあり子供でもある、長い時を生きている元王族の吸血鬼ブラディア。それが彼女の個性なのだと実感させられた。


「早くその姿に戻れるよう、俺も最大限サポートするよ」

「ありがとう。共に行動できること、とても心強く思っている。私もバークが人間に戻れるよう、協力を惜しまない。これからもよろしく頼む」


 スッと出された右手をバークはしっかりと握る。

 今回はどちらが欠けても付喪神スペリアを倒すことはできなかった。死線を一緒に駆け抜けた仲間として、彼女の存在はバークの中で大きくなった。

 自分の為だけでなく彼女の為にも、困難な道でも共に先へ歩んでいきたいと思えた。


「悪い。さすがに呪具カースを維持するのが限界だ」


 安心したからか疲労感が一気に押し寄せてきた。

 忘れていたはずの息苦しさも戻り、左手で持っていたネックレスを手のひらに乗せて見せ。


「気にするな。王を倒せばずっと元の姿でいられる。それまでは仮初を味わえれば充分だ」


 柔らかく微笑むメルティアの言葉に頷き魔力を送るのを止めると、メルティアの全身が淡く光った。直後、


「バークさん、すみません。無理をさせてしまって」


 光の中から飛び出すようにティアが姿を現すと、気が抜けて倒れかけたバークの体を優しく抱き止めた。


「大丈夫だ……無事に付喪神スペリアを倒すことができてよかった」


 疲労の色濃いバークは、息を整えるように浅い呼吸を繰り返しながら自分の足で立つ。

 幸いなことに命を失わずに敵を打ち倒せた。メルもティアも無事だったことを含めると、及第点は取れたのではないかとバークは自分の気持ちを落ち着かせた。


「王の居場所、聞き出せなかったわね」


 知性を持った個体であれば、王とも伝達をしている可能性もあったが、今となっては確認する術はない。

 これだけ街を破壊した相手だからこそ、せめて何か得たかったが叶わなかった。


「状況が状況だったし、あんな口ぶりをしていても、実はあいつも知らないってこともあるからな。また別の奴に口を割らせればいいさ」

「そうね。私たちには時間はたっぷりあるしね」


 十年歩いてきたのだから、急ぐ必要はない。

 わざと軽いノリで言ったバークに、メルは苦笑しながら腰に手を当てた。


「街も人も守りきれなかったな」


 瓦礫の山とその先にある街並みを、バークは悔しそうに見つめる。

 付喪神スペリアが白ゴーレムとなり、街の外壁近くまで来る間に多くの建物が破壊された。


 しかしそれ以上にバークを苦しめたのは、犠牲となった人たちだった。


 ゴーレムに瓦礫に潰され、大怪我を負いうごめく者、動かなくなった者、明らかに息を引き取っている者。

 まだ息のある人を見ては立ち止まりそうになったが、立ち止まっていては白ゴーレムの暴走は収まらずもっと犠牲が増える。

 自分の役目は一刻も早く付喪神スペリアを倒すことだと、駆け抜けていた時は心が裂かれる想いを押し殺すのに必死だった。


「私たちもまだまだ未熟なんだと痛感させられました」

「あんなに強い付喪神スペリアは旅に出てから初めてよ。このままじゃもっと強い王と対峙しても勝てないわね」


 ティアとメルも悔しそうに眉根を寄せる。

 十年以上戦いの日々に身を置いていた二人でさえ、呪具カースによってメルティアにならなければ勝てなかった相手。

 そもそもメルティアであった時でさえ勝てなかった付喪神スペリアの王。

 いつかはそんな強敵と戦わなければいけないとなれば、自分も強くなりたいとバークの心は疼いた。


「俺も自分を鍛えて付喪神スペリアと戦略的に戦えるようにしたい。守りたいものを守れるように」


 失ったものは取り戻せない。しかしこの先に出会う人や街は、自分が強くなれば守れるようになる。

 自分の意志を示し、メルとティアに誓うように宣言したバーク。

 彼の背には煌々と照り付ける太陽光が、心の高まりと共に熱を与えていく。

 ここが始まりの街であり、ここから自分の吸血鬼ブラディアとしての物語がスタートする。


 その気概でバークは青い空を見上げ、遠くに飛び去っていく白い鳥を目で追った。

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