第36話 渇望(4)
「ダリア……なんでここに」
いるはずのない相手の顔を見て、バークはこれでもかと目を見開く。
メルとティアも気づいていなかったようで、驚いたように表情が固まっていた。
おそらく一度人間がいないことを確認したことで、
そんな三人の戸惑いを感じてか、ダリアは事の経緯を説明してきた。
「逃げ込んだ場所がここで、隠れてたら話し声が聞こえてきたの。そしたら三人を見つけて……バークさんが大変な状況だって知ったの」
ダリアは近くにいる男の赤い目を見て、ゴクリと息を飲む。
人間を簡単に殺してしまえる
しかしダリアは自身の胸に手を当てると、意を決したように言った。
「血が必要なら、私の血を使って欲しいの」
背の小さな少女からの申し出に、バークの心臓がドクンと脈打つ。
相手が望んでいるんだ、遠慮することなんてない。
血が欲しい血が欲しい血が欲しい。
人間であった時には感じたことのない
抗いたくても抗えないほどの本能が、グイグイと背中を押してくる。
「けど……人の血を飲むなんて……」
辛うじて残っている理性と忌避感が、飛びかかろうとする衝動をギリギリ抑え込むが、すでに石化は腰まで届き始めた。このまま進行が進めば歩くことさえできなくなる。
そうなれば
吸血衝動のせいか目の前にいるダリアの首筋にずっと視線が行ってしまう。
空腹で死にそうな犬がエサを前にしているような誘惑に、右手で口元を覆って最後の抵抗を示した。
「このままだと人も街も無くなっちゃうの。でもそれ以上に、こんなに頑張ってるバークさんにいなくなって欲しくないの」
戦線離脱してしまえば戦えるのはメルとティアだけになる。しかもバークを仲間として扱っている二人のことだ。動けなくなったバークを守ろうと不利な戦いに陥らせてしまうだろう。
人も街もすべて無くなってしまうかもしれない。
しかしそれよりも、ダリアはバークに生きていて欲しいと願っていた。
「私には戦う力はない。バークさんたちに頼らなきゃいけないのが悔しい。だからこそ血を分けることで役に立てるなら……バークさんを救えるなら構わないの」
本当は血を吸われるのが怖いのだろう。言葉とは裏腹にダリアの手は小さく震えている。
自ら望んだこととはいえ、自分より大きな男の
「本当にいいんだな?」
街も人も救いたい。メルとティアの足枷になりたくない。
自分を思ってくれるダリアを死なせたくない。
バークが僅かに落ち着きを取り戻した声音で問いかけると、ダリアは静かに小さく頷いた。
「できるだけ痛くないようにするから、少しだけ我慢しててくれ」
バークはゆっくりと頭をダリアの首筋に近づける。
初めてのことでやり方もわからない。唯一、メルとティアに吸血された経験はあるが、自分からしたことはない。
しかし
「んっ……」
ダリアの漏れるような吐息が耳に溢れてくる。
ツプッと犬歯が突き立った首筋から、生温かい鮮血の味が口の中に染み込んでくる。
それが舌に触れた途端、背筋を雷が走ったような衝撃を感じた。
なんだこの甘味と旨味にほどよく塩味をブレンドした液体は!?
喉を通すとみるみる潤いに満たされ、胃に到達する前からドンドン吸収されていくのを感じる。
エネルギーそのものを取り込んでいるかのごとく、みなぎる高揚感。全身が喜んでいると知覚できる程の充足感。
もっともっとと欲する願望に従うように、押し倒しそうな勢いで互いの体が斜めになっていく。
「バーク……さん……」
我を忘れて血を啜っていると、ダリアが恍惚と喪失感の狭間で戸惑うように声をかけてきた。
「──ッ!? す、すまない! やりすぎた!」
慌てて口を首筋から離し、背中を支えていた右手でダリアを抱え起こす。
思った以上に夢中になって、危うくダリアの血を飲み干す勢いだった。
顔色を見る限り、血を抜かれたせいで少し血色が悪くなっていたが体調に別状はなさそうだ。
「ダリア、大丈夫か?」
「平気なの。少し疲れた感じがするけど、まだまだ元気いっぱいなの」
バークを心配させまいと、ダリアはグッと拳を握って見せる。
お陰で気力は満ち満ちている。今ならどんな相手でも倒せてしまえそうと思える程だ。
身も心もスッキリとした感覚に、バークはメルとティアのほうへ振り返り。
「体も軽くなった気がする。動き回るのは厳しいけど、援護ぐらいなら」
呪いの進行は遅くなってもさすがにこの場から動くのは難しいだろうと告げた瞬間。
バークは左半身が急激に熱くなるのを感じた。
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