第33話 渇望(1)

 呪具カースは魔力を込めれば込めるほど出力が上がり、イメージが鮮明なほど鋭さを増すとメルたちに聞いていた。


 バークは武器工の仕事で培ってきたイメージを投影する。

 鋭く、薄く、硬く。

 熱した鋼に熱心に鎚を打ち込むように、魔力を注ぎ込み自身が思い描く最高の剣を想像する。


 今までより洗練され、光をさらに凝縮した光刻剣アンセムが生まれ出る。

 しかしいくら武器の攻撃力を上げても当たらなければ意味はない。

 バークは呪具カースだけでなく足にも魔力を込め、吸血鬼ブラディアの身体能力を増強させた。


「覚悟しろよ」

『通じない攻撃に対して何を覚悟しろと?』


 実際にダメージを受けなかったものを警戒する必要はない。そう暗に告げる付喪神スペリアに構わず、バークは音を置き去りにした。


『消えっ!? ──ぐっ……』


 目の前からかき消えた吸血鬼ブラディアに驚愕の声を漏らした瞬間、飛んでいった小指に付喪神スペリアは苦悶の表情を浮かべた。


『私の体を……斬っただと!?』


 後ろの気配に振り向きながら発した声に、余裕の含みは消えていた。


「心は割と脆いみたいだな」


 一方、お返しとばかりに口角を上げたバークの姿に、付喪神スペリアは黒い歯を食いしばる。

 理想どおりの剣の切れ味と思った以上の吸血鬼ブラディアの身体能力に、心の中では〝勝てる〟という確信すら息づき始めていた。


『ぬかせ小僧。私の怒りを買ったこと。後悔させてやるぞ』


 付喪神スペリアは目尻を吊り上げ、失った小指を地面に置き去りに、親指と薬指の先に黒い円錐状の突起を出現させると、槍で突くように猛攻を仕掛けてきた。


『どうした? 体に傷が増えていっているぞ?』


 二本同時に襲ってくる刺突に、バークは防御一辺倒になる。

 吸血鬼ブラディアであるお陰で小さな傷は受けたそばから回復していく。

 だがそれでも治りきる前に新しい傷が次々と生み出され、瞬時に修復しない程の傷も刻まれていく。


 人間のままであれば相手の動きに付いていけず、致命傷を負いすでに地面に伏しているだろう。

 このときばかりは吸血鬼ブラディアであることに感謝しつつ、素人ながらギリギリのラインで攻撃を凌いでいた。


『例え一矢報いたとて、仲間の手助けがなければすぐに瓦解する半端者の吸血鬼ブラディア。私を楽しませることすら叶わないとは……情けない』


 先程までの怒りもなんのその。付喪神スペリアは失望の声音で煽ってくる。

 切り飛ばされた小指も、街に漂っている負の感情を吸収しているのか、徐々に形を取り戻し始めていた。


「いつまでも舐めてんじゃねえぞ!」


 無理矢理に黒い円錐を弾き飛ばし、バークは攻勢に転じる。


「元は人間に作られた存在なのに、命を得て負の感情を糧にするからって、そんなに残忍になれるのかよ!」


 誰かに使われ、愛用され、いつかは役目を終えていく物たち。誰しもが丁寧に扱っているとは言わないが、少なくともダリアの手袋であったこいつは、必要とされ大事に使われていたはずだ。

 それなのに付喪神スペリアとして覚醒したというだけで、逆恨みしている人間のように他人が苦しむのを愉しみ、利用さえする非道な振る舞いに、バークは怒りと悲しみが綯い交ぜになっていた。


『我ら付喪神スペリアは、物に取り憑きし生命体。依代となった物自体が、過去にいくら大切にされていようと関係ない』


 あくまで体と魂は別物だと主張する付喪神スペリア

 愛情を注がれた非情な道具。それが私たちなのだと、巨大な白い手袋は傲慢な視線で、バークを見下ろした。


「問答しても無意味だってのかよ……」

『元から貴様と問答するつもりはない。すべては食事ついでの余興に過ぎないのだからな』


 互いの武器で弾き合い、距離を取った一人と一体。

 吸血鬼ブラディアは寂しそうに瞳を伏せ、付喪神スペリアは楽しそうに瞳を三日月に曲げる。

 ほんの少しでも、ダリアから受けた想いが相手に残っていたならと、バークは淡い期待をしていた。


 しかし受けた愛など私の心には残っていないと付喪神スペリアは告げた。

 ならば自分のやれることは一つだけと、バークは光刻剣アンセムを握る力を強め、相手の目に向けて突きを繰り出した。


『また槍で突くつもりか? 芸のない』


 例え槍に形状を変えられても対処できるように、付喪神スペリアは後ろではなく横に躱していく。

 これでは先程と同じ戦法は使えず、隙を見せればカウンターさえ喰らってしまうが。


『なんだこれは!?』


 バークの剣筋に慣れた付喪神スペリアがわざと紙一重で横に避けた瞬間、光刻剣アンセムから幾筋の太い縄が飛び出した。


『これで捕らえたつもりか?』


 投網に捕らえられた魚のように藻掻く白い手袋。

 滑稽に思えるが、悠長に眺めている訳にはいかない。

 バークは網の内側を鋭い刃物にするイメージを付加して、魔力を込めた吸血鬼ブラディアの腕で思いっきり引っ張った。


『ぐっ……』


 手首部分が斜めに裂かれ、親指と人差し指、治りかけていた小指まで切り飛ばされる。

 中指と薬指がたたらを踏み、辛うじて転倒を免れたが、付喪神スペリアは一気に体の大半を失った苦痛と混乱で、目と口を奇っ怪な程に歪めた。


「これが半端者だからこその知恵だ!」


 反撃を警戒し、距離を取りながらバークが吠える。

 人間で言えば付喪神スペリアは手足を失ったに等しい。

 しかし時間をかければ回復してしまう。このまま一気に畳みかけて、コアを砕こうと最初から呪具カースで槍を生み出して、右手を引き左手を光る柄に沿え刺突の構えを取った。

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