第32話 痛手(2)

「でも動いたら傷が……」

「だから運んで欲しいんです。動けなくてもゴーレムのほうだけは私たちが足止めします。バークさんは付喪神スペリアの相手をお願いします」

「すぐに再生する相手をどうにかできるのか?」

「傷の回復に大部分の魔力を使っているので一人では無理ですが、二人でなら対策法はあります」

「わかった。無理はするなよ?」


 お姫様抱っこでティアを持ち上げ、急ぎメルのもとへ駆け寄る。

 どうやら腹の穴は塞がったらしく、先程までの息の乱れはなくなっていた。ただ完全には治りきっていないようで、立ってはいたものの足元は覚束ない様子だった。


「メル、鏡を」


 その一言だけで何をするか理解したのか、メルは麻袋に手を突っ込む。

 小さな袋から取り出されたのは、全身を余すことなく映せる大きな鏡だった。


「姿見?」


 自分が旅に出るときに見た物と似たタイプの鏡に、バークは何が起きるのか想像できず、周囲の状況も忘れて凝視する。

 ティアは鏡面をゴーレムに向け左手で上部を支え、メルが右手で外枠に触れる。

 怪我の治癒に回しているせいで足りない魔力を二人で補い、呪具カース発動の糧とした。


「えっ?」


 淡く光った鏡面から出てきたモノを見て、バークは呆気に取られる。

 ゴツゴツした肌に周囲の家々を圧倒する質量。

 それは付喪神スペリアの生み出したゴーレムと寸分違わない形の疑似ゴーレムだった。


「相手を同じモノを作り出してどうするんだ?」


 バークの問いに二人は答えず意を決したように鏡を握る手に力を込めると、疑似ゴーレムは暴れているゴーレムの体にタックルをかけて転ばせた。


「おい、暴れると街と人が!」

「余裕のある状況じゃないわよ。それに近くに生きてる人間はいないわ」

「呪力は感じなくても、吸血鬼ブラディアなら意識すれば周囲の人間の気配がわかります」


 破壊行為に勤しんでいる巨大なゴーレムを止め被害を最小限に留めるには、建物が壊れるのを気にしている場合ではないとメルが告げる。

 ティアに言われたとおりに意識の範囲を広げてみると、近くに人の気配は感じない。

 すでに避難しているのか、はたまた息絶えてしまったのか。

 最良と最悪の狭間に心乱されながら、バークはグッと歯を噛んでゴーレムたちを見つめた。


「ここは私たちに任せて、付喪神スペリアをお願い。あいつに隙を作ったら魔力を込めてこれを相手に投げつけて」


 メルは布袋からハンカチを取り出し手渡す。

 バークはそれを受け取りズボンのポケットに入れると、体勢の崩れたゴーレムから下りて、瓦礫の山に降り立っていた付喪神スペリアに駆け寄った。


『ふむ。なかなか面白い展開になっているが、イマイチ混乱に欠けるな』


 混沌を望む付喪神スペリアは、やや不服そうに巨体同士の殴り合いを眺めていたが。

 肉迫してきたバークに意識を向けると、横薙ぎに振られた光刻剣アンセムをふわりと避けた。


「お前を楽しませるために戦ってるんじゃない!」


 どこまでもショーを楽しむ観客気分でいる相手を舞台に上がらせようと、バークは素人ながら思いつく限りの剣技で迫る。しかし、


『私の相手は素人吸血鬼ブラディアたった一人。なんの面白味もない』


 そのどれもが自分の何倍もある相手に当たらず、挑発まで受けて頭の中は熱が上がっていた。


「じゃあ俺の手でもっと面白くない展開にしてやるよ!」


 光刻剣アンセムで大きく突きを放ったバークに、〝この素人が〟と嘲笑うかのような笑みを浮かべて付喪神スペリアは後ろに下がり。

 陥没した自らの体に驚き、慌てて大きく後退した。


『……なかなかクセのある一撃じゃないか』


 付喪神スペリアは赤い瞳を歪め、イラ立つように低い声を漏らす。


「お前も手袋のくせに貫けないんだな」


 バークも悔しそうに内心舌打ちをし、突き出していた槍を引く。

 メルたちから授かった呪具カースは、自分の意思で自由に形状を変えられる。

 ゆえに、剣で突きを放ち相手が後方に避けた瞬間、リーチの長い槍へと変化させ貫こうと試みた。

 結果としては予想以上に硬くしなやかなボディのせいで貫けず、一瞬へこませる程度に収まった。


『憑いた瞬間から、手袋は私そのものになった。呪力に満ちた体を易々と傷つけられると思うな』


 吸血鬼ブラディアも魔力を服に通すことで強化している。それと同じ原理で自らの体を呪力で強固にしているのだろう。

 直接攻撃が通じないとなると、打つ手が無いように感じられるが。


「なら、その慢心が打ち砕いてやるよ」


 バークは焦らず、頭の熱を冷ますように息を吐いた。

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