第26話 奇怪な家(2)

 何者の仕業かは不明だが、どうやら中に入って来た者を閉じ込めて始末するのが目的の家だったらしい。


「俺たちを押し潰そうって腹か。他の呪具カースでなんとかできないか?」


 メルとティアは数多くの吸血鬼ブラディアを倒し、呪具カースも複数持っていると言っていた。

 こんな状況に対応できるアイテムもあるのではないかと期待して、バークは声をかけてみるが。


「そんなこと言われても、どれを使えばいいかパッと思いつかないわよ!」


 メルの口からは焦りの言葉しか返って来なかった。

 そんなやりとりをしている間にも、家はどんどん小さくなっている。

 あと一、二分もすれば子供のおもちゃサイズまで縮まり、中にいる者は押し潰されるか窒息して死ぬ。


 確実に迫る命の期限に、バークは焦りつつも事前に考案しておいた防御を展開した。


「くっ──光守陣リバリア


 四人を包むように半透明の薄い光のドームが形成される。

 避けきれない攻撃を受けたときに、自分と仲間を守るためにイメージを決めて準備をしていたのが功を奏する。


 立っている大人四人を余裕で包み込む大きさのドーム。それをまるで卵を割ろうとするかのごとく縮む壁と天井がギシギシと音を立てながら押す。

 縮まる力と押し止める力。互いが辛うじて拮抗しているようだが。


「これも長くはもたなさそうね」


 ピシッパシッと細かいヒビが入り始めたドームに、メルは焦燥を吐き出す。


 バリアが壊れ押し潰されるのが先か、妙案を思いつき打開するのが先か。


 事前にどんな呪具カースを持っているのか聞いておけばよかったと、バークが後悔に溺れそうになる。

 破壊はできるが即座に復元する家。原因はその柔らかさだ。粘土のような形状のため、穴を開けてもいとも簡単に直ってしまう。

 固ければ元に戻らないだろうし、仮に復元するとしても一瞬ではないはずだが、そうでない物に願っても仕方ない。


 なんとか固くできないものかとバークが必死に脳をフル回転させ。瞬間、フッと頭の中に浮かんできたアイディアに気を抜きそうになり、慌ててイメージを保ちバリアの強固さを保つ。

 命がかかっている分、本来なら時間と検証を重ねたいところだが、余裕も機会も無い。


 イチかバチかの賭け。失敗すれば本当に命の保証はゼロだが、武器職人の経験と勘が〝やれ!〟と金槌を叩くように心に響いた。


「ティア、バリアを解いたら壁を凍らせてくれ」

「──なるほど。わかりました」


 バークの意図を瞬時に理解したのか、ティアはイヤリングの青い宝石を淡く光らせると右手に左手を添えて前方へ突き出し。

 子供の頭サイズの氷球を生み出すと肩越しに目配せし、それを合図にバークがバリアを解く。


 途端に堰を切ったように縮みを再開した家に、ダリアが小さく悲鳴を上げる。

 一方、ティアは迫る死を無視して、冷静に氷球を解き放った。


 衝突した瞬間、霜を張り付かせ凍った家の壁。その部分だけ収縮が止まるが、他の壁や天井は歩みを変えず近づいてくる。

 このままではバリアも凍結も単なる時間稼ぎにしかならないが。


「うぉりゃっ!」


 指輪の呪具カースで大人の胴体サイズのハンマーを創ったバークが、滑るように足を踏み出し、力いっぱい凍結した壁をぶっ叩いた。


 派手に吹き飛んだ氷壁の破片が外周路に転がり、街の外壁に衝突して轟音を周囲に響かせる。


「走れ!」


 大人が立って通れるギリギリのサイズの穴が開き、凍って閉じないことを確認すると、バークが外へ出るよう吠える。


 手を伸ばせば触れそうなほど迫った壁と天井に、怯え震えていたダリアもメルに手を引かれ一気に穴を駆け抜け。

 全員が家を飛び出し振り返った瞬間、まるで野獣が獲物を噛み砕くように、中身すべてを飲み潰し、ただの草に変化した。


 あとほんの僅かタイミングが遅れていれば、本当に体そのものが食われていたという事実に、バークの心臓は早鐘を打っていた。


「やるじゃないバーク」


 機転で全員を救った功労者の背中をメルがバシッと叩く。

 命を失わずに済んだことに脱力してしまっていたバークは、思わずよろけそうになった。


「ははっ……物の特性を生かすのは武器職人の仕事の内だからな」


 柔らかいが故にすぐに元に戻ってしまうなら、固めて復元力を無くしてしまえばいい。

 武器職人として働き始めた頃、ドロドロに熱した鉄を急激に冷まして金槌で打ったときに、壊してしまった経験が役に立つとは思わなかった。

 何気なく得た知識や経験が命を救うこともある。

 拾ってくれた親方に感謝しつつ、バークは肩の力を抜き大きく溜め息を吐き。


「死ぬかと思ったの」


 震えが止まらないダリアは、恐怖を抑え込むように自身の体を抱いていた。


「ダリア、本当にこの家で絵を描いたのよね?」


 メルが疑いの目でしゃがみ込んでいる相手を見つめる。

 ダリアに案内された家なのに誰もおらず、命を奪われそうになった。どう考えても騙された感覚が拭えないのは当然だろう。

 詰問に近い物言いにダリアはゴクリを息を飲むと、声を上擦らせながら言った。


「ま、間違いないの。絵の勉強のために、街の内壁の絵画を見て回っていたときに、絵のモデルになってくれる、この家の人に会ったの」


 嘘偽りはないが疑念を向けられる恐怖でビクビクしていると受け取れる様子だ。

 これが演技なら舞台役者として名優と呼ばれる人物になれるだろう。そう思わせるほど、ダリアの言は真実味を帯びていた。


「その人の顔や名前は覚えてますか?」


 ティアがしゃがみ込んでダリアの表情を窺いながら問う。

 絵を描いたのなら当然、モデルとなった人物のことを知っているはずだが。


「もちろん。名前は…………あれ? なんて名前だった? えっ? 顔も思い出せないの」


 自分でも信じられないと言うように、一気に顔を驚愕色に染めたダリアを見て、ティアはスッと立ち上がり。


「これは記憶を改竄されてますね。流れから考えて、ほぼ確実に今回の事件の犯人による仕業ですね」


 バークとメルに振り返り、現実を突きつけた。

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