第27話 奇怪な家(3)
犯人──つまり
美術品へと変えられた人たちが、ダリアについての記憶を失っていたのと同じように、ダリアの記憶も操作した。
そう考えれば、人を押し潰す家に案内したことも、モデルになった人物を覚えていないことにも説明がつく。
「私たちを始末しようとする強い意思を感じるわね」
メルは親指の爪を噛み、イラ立ちを露わにする。
未だ犯人には辿り着いていないのに、犯人からは殺意を実行に移される。
犯人は確実に俺たちを見ているはずだ。そうでないなら大量の
どこか近くで見張っているとしか思えない所業に、バークは敵がどこに潜んでいるのかと周囲に視線を巡らせ。
「ん? ダリア、その手袋はいつも持ち歩いてるのか?」
絵の具で汚れた白い右手用手袋が、立ち上がったダリアの服のポケットから顔を覗かせているのが目に入った。
あんな絵の具だらけの手袋、ポケットの中に入れといて、画家だから服が汚れるの気にならないのか?
「えっ? あれ? 荷物は全部置いてきたはずなの。いつもは服が汚れるからエプロンのポケットに入れてるのに、クセで間違えて入れちゃったのかも。後で服と一緒に洗わなきゃなの」
自分でも気づかなかったようで、ダリアは〝やってしまった〟と手袋を取り出しポケットの中の汚れ具合を確認する。
どうやら画家だからと言って、普段着が汚れるのを気にしないという訳ではないようだ。思い返してみれば俺をモデルに絵を描いたときも、エプロンを着けて服が汚れないようにしていたな。
「服が汚れると面倒くさいわよね。気づかないなんてダリアも抜けてる所あるのね」
「この服はお気に入りだから、絶対に汚さないように気を付けてたのに……」
「服は女性にとって嗜みの一つですからね」
苦笑するメルとティアに、ダリアは本気で落ち込んでいるのか汚れてしまったポケットを広げて表情を曇らせた。
そのやりとりをバークは眉をひそめながら眺める。
注意を払っていたと断言している人物が、落ち込むほどのミスをするだろうか?
ましてや普段はエプロンに入れているはずの物を、普段着のスカートのポケットに無意識に入れるものだろうか?
普段なら何気ない他人の失敗談として記憶にも残らない類のものだが、バークは何か引っかかる感覚に素直に従った。
「その手袋、ちょっと見せてくれるか?」
バークの申し入れに、ダリアは使い込まれた手袋を手渡す。
見た目はなんの変哲もない、色とりどりの絵の具で汚れた小さな白い手袋だ。
使い込まれているのか擦り切れた部分もあり、長年愛用されているのが伝わってくる。
「ダリア。今からおかしなことするけど、壊さないようにするから許してくれ」
バークからの突然の一言に、ダリアは意味がわからず首を傾げる。
疑念を払拭したい。間違いならそれでも構わない。ただ、もし想像が正しければ……
バークは意を決して七歩後方へ下がり、三人から距離をとる。
「
そして家を脱出した時と同じようにハンマーを創り出すと、手袋を空高く放り投げ。
さらに高く弾き飛ばすつもりで、ブンッと光を振り上げた。しかし──
「──手袋が避けたの!?」
当たる寸前、〝意思を持って〟すり抜けるように待った手袋に、ダリアは驚愕に目を見開く。
追うように二度三度とバークがハンマーを振り回すが、手袋は重力に逆らって高く高く舞い上がる。
風圧で飛んでいるのではない。明らかに自ら上昇している様子に、バークは確信を持って叫んだ。
「こいつがすべての元凶だ!」
民家の屋根ほどまでに達した手袋に、一同は警戒度をマックスまで上げる。
〝もしかして〟が現実となったことに、バークは唇を噛み締める。
襲われた状況から、
あくまで推測の域を出ていなかったが、攻撃を不自然の動きで避けたことで、疑惑は確定へと変わった。
「嘘でしょ!? 手袋の
ましてやティアの
それにもかかわらず、避けもせず息を潜めていたという胆力は称賛に値する。
一筋縄では行かなさそうな相手に、バークは拳を握りしめフワフワ浮かび続ける手袋を睨んだ。
「おそらくダリアが絵を描いている時に付いた絵の具の特性を獲得してるんだろうな」
「そんな……本来持っていない呪いの力を使えるなんて見たことがありません」
バークの推測にティアの声が震える。
長年、
手袋としての能力は不明のままだが、いろんなものを描き変えるだけでも充分すぎるほどの脅威だ。
「かなり厄介な奴みたいね。気を抜くんじゃないわよ」
未知なる相手の実力を警戒してか、メルは相手から視線を外さずに身構える。
人を翻弄する知能と恐怖に耐える度胸だけでなく、未だ隠された能力すら持っている
戦闘経験の少ないバークにとって、未知の領域にある敵と戦う不安は拭い切れない。
そんな自分の心を鼓舞すべく、
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