第25話 奇怪な家(1)

「ここで合ってるのか?」


 ダリアに連れられ辿り着いた家。

 そこは被害者たちに事前に聞いていた場所とは違う、街の最西端の壁際にある広い空き地のど真ん中に立つ一軒家だった。


 周囲の家々とは違い、建物そのものがカラフルで特徴的な佇まいをしていて〝芸術家の住まいです〟と主張しているかのようにバークは感じた。


「言ってなかったけど、この街に来て最初にこの家の人に絵を描かせて貰ったの」


 クルリと軽やかに一回りし、ダリアは楽しげに家のことを紹介する。

 ついさっき付喪神スペリアたちが多数現れるという怖い思いをしたにもかかわらず、気持ちの切り替えが早いなとバークも感心するほど明るかった。


「もしかしたら見つかっていない被害者がいるかもしれない、ということですね」

「ハンたちが把握していない情報が残ってる可能性もあるわね」

「そういうことなら、調べてみるか」


 ティアとメルが迷いなく扉へ向かう背中に、バークもなんの躊躇もなく従う。

 すでに被害に遭っている人たちの家には、ここを調査してから訪れればいい。新たな手掛かりがあれば事件解決までの道筋が一気に進む可能性もある。

 一同は期待に熱を上げて、家の扉を叩いた。


「返事はないですね」


 待つことおよそ一分。

 誰かがいるのに無遠慮に入れば不法侵入になってしまう。念の為とティアがノックをしてみたのだが、中から声も気配も届いては来なかった。


「お邪魔しまーす」


 声をかけつつ鍵の閉まってしなかった木の扉をバークが押すと、新築なのか軋む音すら立てずに扉は開いた。


「この家、家具が何もないな」


 足を踏み入れ奥へ進んでみたバークがポツリと呟く。

 ダリアがモデルとして描いた人物がいるなら、ベッドやテーブルなどがあるはずだ。けれど引っ越しをしたのか、家具も無く一面真っ白な壁と申し訳程度のキッチンが視界に映るだけだった。


「被害者もいなければ、ダリアさんの描いた絵もないですね」


 以前は人がいたという気配すら一切感じさせない内装に、ティアはここへ連れてきた人物に振り返った。


「本当にこの家で絵を描いたのですか?」

「間違いないの。でも引っ越ししちゃったのかもしれないの」


 ここまで案内した手前、ダリアは申し訳無さそうに眉を下げる。

 どうやら偶然か必然か、呪いの被害に遭わずたまたま引っ越しをしたようだ。元住人にとっては幸いだが、事件の進展という意味では残念と不謹慎にもバークは思ってしまった。


「手掛かりも何もない場所を調べても意味ないわ。他の被害者の家に行きましょう」


 メルは切り替えが早く、〝次よ次〟といつの間にか閉まっていた扉に手をかけ。


「あれ? 開かないわね」


 引いても押しても動かない扉に眉を不快に歪めた。


「鍵なんて誰もかけてないだろ?」


 最後に入ってきた者が閉めたのだろうと視線で問うと、ダリアはフルフルを頭を振って否定する。

 そもそも鍵がかかっていたとしても、内側から開けられないわけがない。


「おかしいわ。私の筋力でも開かないわよ」


 通常でも人間の数倍の筋力を誇るメルが困惑の声を漏らす。

 吸血鬼ブラディアの力で開けられないものは人間に開けられるわけがない。しかし人間に開けられない物を民家の扉として使うはずもない。

 矛盾を孕んだ物体にティアとバークが近づこうとすると、こめかみに青筋を立てたメルが右足を上げた。


「空き家ならちょっとぐらい壊れても問題ないわ──よねっ!」


 イラ立ちを我慢できなかったのか、魔力まで込めて力任せに蹴りを放つメル。その衝撃に扉は壊れ外まで弾き飛ばされ……なかった。


「何よこれ……」


 グニャリと足の形にへこんだ扉に驚愕し、逆にメルの瞳が見開かれる。


「メル、扉から離れてください。どうやら閉じ込められたみたいです」


 疑惑を確信に変え、ティアがこちらへ戻れと指示を飛ばす。

 それに逆らわず従い、足を引き抜くように床に着いた片足で後ろへ跳んだ。


「普通の家じゃないのか!?」


 どう見ても木にしか思えない扉が粘土のように窪んだ。常識では有り得ない現象にバークの声が裏返し、ダリアも謎の異変が起きていることに体を縮こまらせた。


「私たちを閉じ込めようなんて、いい度胸じゃない。打撃がダメならこれならどう?」


 メルはこんなことには慣れっこなのか、閉じ込められたことを挑戦状と受け取ったのか、腕輪の宝石を淡く光らせ炎の槍を投げつけた。

 高温の熱が扉を焼き、溶けたロウが流れるように変形させ、子供なら通れるサイズの穴が開き外の景色が見えた。


「どんなもん……よ」


 メルが得意げに腰を反らそうとした瞬間。炎が消えた直後、ドロドロになった扉の残骸がピタッと静止したかと思うと、時間を逆行するように寄り集まり、何事もなかったと主張するように復元した。


「窓もガラスじゃないみたいです」


 一番破壊しやすい窓に水を放ち破壊を試みたティアが、煩わしそうに眉間にシワを刻んだ。


「──ッ!? 部屋が小さくなってるの!」


 家の異変を告げたダリアの声に、一同はハッと壁や天井に視線を移す。

 脱出することに意識が向いていたが、気づかぬ間に少しずつ家が縮小しているようだ。

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