第19話 バークの起因(1)

 最初に入ってきたときと変わらない光景。

 そう。何一つ目に映る内容に変化がなかったのだ。


付喪神スペリアは確実に倒しただろ!? なんで元に戻っていないんだよ!?」


 体が美術品になったままの人たちの姿に、バークは後ろにいたメルとティアを問い詰める勢いで振り返る。

 付喪神スペリアを倒せば呪いは解けると二人は言っていた。それを信じて調査し戦ったのに好転していない状況に、騙されたのかという疑いすら一瞬過ぎったが。


「犯人は別にいる、ということですね」


 ティアは冷静に〝別の付喪神スペリアの犯行〟だと断言し、メルも難しい顔をし口元に拳を当てて考え込む仕草を見せた。


 どうやら二人も先程の付喪神スペリアを倒したら解決すると思っていたらしい。しかし何故か呪いが解けていない現状に、どうしてこんなことになっているのかと、プロの付喪神スペリアハンターとして長年の経験を積んできた二人も理由が思い当たらないようだった。


「ダリアさん、詳しい話を聞かせて貰えますかな」


 被害者の前で希望を失うような話をするわけにはいかないと、ハンは別室の扉を閉め、四人を連れてアトリエの入り口まで移動する。

 絵筆の付喪神スペリアを倒しても呪いが継続しているなら、別の付喪神スペリアが呪いをかけている可能性が考えられる。


 小さなことでも構わないとヒントになることを聞き出すため、問いかけたハンの言葉にダリアは沈痛な面持ちで相手の瞳を見つめた。


「詳しい話と言っても、この街に来たのはほんの数日前で、自分の絵の修業のためにいろんな人の日常の姿を描かせて貰ってたの」


 初めて出会ったときは事件の経緯をダリアに説明するだけに留まっていた。今度はダリアから情報を取得し、本当の犯人への手掛かりへと繋げる。

 バークは一言一句聞き洩らさないように、真剣に耳を傾けた。


「絵を描いているときに違和感や変なことが起きたりしませんでしたか?」

「特には何も……絵が完成したらモデルになった人にプレゼントして、またすぐ次にモデルになってくれる人を探しに行っちゃうから、その後のことは知らなかったの」


 ティアの問いかけに少女は小さく頭を振る。

 事情説明をしたときも、ダリアは驚きと困惑の表情を浮かべていた。

 呪いは誰にも見えない。もし絵描き中にモデルに降り掛かっていても誰も気付けないはずだ。


「ナナンさんの家で絵を描いたんだよな?」

「描かせて貰った人の顔と名前は憶えてるの。だからナナンさんの絵も確かに描いてるはずなの」


 ダリアとサインの書かれた絵が家にあり、本人も描いた記憶があると証言している。

 しかし倒した絵筆の付喪神スペリアと今回の呪いに関係性はなかった。

 理由のわからない事件に行き詰まり、誰もが沈黙で部屋の中を染めていた。


「ダリアはここで待ってて貰える? みんな、外へ」


 密談をすることを匂わせた言葉に、ダリアを除いた三人は部屋の外へと出る。

 そしてメルが後ろ手に扉を閉めると少しだけ廊下を移動し、中に声が聞こえない位置で円形になって対面した。


「絵筆の付喪神スペリアは元凶ではなかった。けれど状況を鑑みるに、ダリアが関わってる可能性はどうしても拭えないわ」

「ならばダリアの行く先で起きているのは偶然か、意図的に仕組まれてるということも考慮すべきではないか?」


 晴れない疑いを口にするメルに、ハンが別の可能性を示唆する。

 ダリアを被害者たちに引き合わせても、記憶のない彼らは一様に「知らない」と答えるだけだろう。例え思い出したところで、ダリアに絵を描いて貰った事実が確定するだけで犯人にはたどり着かない。


 行き止まりにぶち当たっている空気感に、素人なりに打開策がないかとバークが深く考え込んでいると。


「つまりはダリアが関係しているかどうかわからない。それなら判断する手段は一つだけよ」


 メルがピッと人差し指を立てて、全員の注目を集めた。


「まさか……」


 元々同じ一人の人間だったからか。その仕草だけで言わんとしていることに気づき、気が進まないと反対したげに眉間にシワを寄せた。


「誰かが彼女のモデルになって真実を確かめようと言うんですか?」


 耳を疑う一言にバークの目は見開かれ、ハンは唇を一文字に結ぶ。


「危険すぎるだろ!? 呪われれば美術品にされるんだぞ!?」


 この街でダリアの絵のモデルになった人は例外なく呪いを受けている。

 本当に原因がダリアにあるか確認する為とはいえ、誰かが実験台になれば犠牲者の仲間入りするのはほぼ確実だ。自分たちであろうと、どこの誰であろうと、身を差し出して犠牲になって貰うことに、バークは反対の意思しか持っていなかった。


「私がモデルになろう。付喪神スペリアに関して対処手段を持たない私が贄となるのが──」 

「──却下ね。魔力の高い吸血鬼ブラディアの方が人間より呪いに耐性があるから、一瞬で動けなくなることはないし、兵を動かす指揮権を持つハンが動けなくなるのも困る。だから私がモデルになるわ」


 メルは申し出たハンの言葉を制し自身の胸を軽く叩くと、自らが被験体に立候補する。

 誰かを犠牲にするくらいなら自分が率先して犠牲になる。

 吸血鬼ブラディアとしての尊厳というより、そもそも人間や他人を巻き込むことが頭から無い。それが当たり前だと言うような笑みに、バークは胸を締め上げられるような痛みを覚えた。


 付喪神スペリアに捕まった人たちを助けるために、種割り人形に丸飲みにした時は、本気でメルは非情な人物だと思ってしまった。

 しかしメルはいつでも人間を守ることを優先にして行動していた。

 勘違いとはいえ、一度は彼女を疑ってしまった自分が恥ずかしいし、その姿勢を尊敬するし見習いたい。


 バークはそう思い決意を固めると、ゴクリと息を飲んでスッと歩み出た。


「その役、新米の俺がやる。俺に何かあっても、二人なら付喪神スペリアを見つけて倒せるだろ?」


 知識も経験もない俺なら例え行動不能になっても、元凶の付喪神スペリアさえ見つけられればメルとティアがきっと解決してくれる。

 バークは言葉ではなく行動で二人を信用してることを示したかった。 


「俺がダリアのモデルになる。それでもし付喪神スペリアが近くにいれば見つけられるか?」

「呪いが行使されてるかはわからないですが、呪いをかける対象が見える範囲にいることは確定するので、少なくとも近くに付喪神スペリアがいたかどうかはわかります」


 犯人が近くにいるか判断さえできれば、自分の身に呪いが降り掛かろうと大丈夫。

 ティアの言にバークは深く頷くと、気合いを入れるように短く息を吐いた。


「なら俺に任せてくれ。見極めと退治は頼む」

「わかりました。吸血鬼ブラディアの血に掛けて、必ず犯人を倒して呪いを解きますから、素人のバークさんは安心してやられてください」

「もっと励まされる言い方してくれよ……」


 相変わらずの毒舌なのか、緊張を解す為のジョークなのか。肩の力が抜けるティアの辛辣な一言に、バークは乾いた笑いを返した。


「良いのね?」


 真剣な眼差しで問いかけてくるメルに、バークは佇まいを正す。


「俺が適任だろ? 戦いには参加できなくなっちまうかも知れないが、そこはプロを信頼して任せるよ。他力本願みたいになるのは残念だけどな」


 自嘲気味に微笑むバークを見定めるように、メルはジッと見つめる。

 まだ出会って間もない男の覚悟。それが本心であるかどうか覗く女の瞳。

 二人の視線が重なり合い静かな意思を交わすと、短い溜め息が漏れ聞こえた。


「わかったわ。死んでも骨くらいは拾ってあげるから、全面的に任せなさい」

「ははっ。死なないように頼むわ」


 冗談っぽく得意げに片眉を上げ軽口を乗せたメルに、バークはお手柔らかにと苦笑を浮かべる。


「アトリエ、使わせて貰っていいか?」

「構わない。私は万一に備えて人払いをしておこう」


 ハンも正当性を説かれたからか、食い下がろうとはして来ず、率先的に被害を最小限にしようと廊下の奥へと消えていった。

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