第18話 男の初戦(2)

「……ジャマスルヤツ、コウカイサセテヤル」


 急制動をかけ止まった付喪神スペリアは、目のない柄先を曲げ恨み節を口にすると、周囲にいた人を毛筆で瞬時に縛り上げた。


「ううっ」「かはっ」


 若い男女と女の子、三人の人間が体の自由を奪われもがき苦しむ。

 一息に殺すようなことはしないところを見ると、あくまで牽制のための行動のようだが、こちらの出方次第で人質の安全は簡単に揺らいでしまう。


「どうする? うかつに手出しできないぞ」


 壁からスタッと降り横に並んだ仲間二人にバークは焦りを漏らす。

 人質は古典的な手法だが、いつの時代も廃れない。それほど強力で効果的な脅しに対処しようがあるのかと、経験値の高い二人に問いかけると。


「目には目を、付喪神スペリアには呪具カースを、ってのが模範回答ね」


 メルは動揺もせず不敵に笑い、布袋から一体の木でできた人形を取り出した。


 頭に黒い帽子を被り、髪とヒゲは白、赤い服に黄色いズボンを履き、異様に口が大きく開いた、おとぎ話に出てきそうな兵士風の人形。


 古い風習の残る村や街では現実に〝種割り人形〟として、食用の硬い種を割るときに使われる代物だ。


「そいつでどうやって?」


 片手で持てるほどの大きさの人形で何ができるのか。

 バークはこの状況を打開できるという呪具カースの実力を見逃すまいと、訝しげながらも目を見張る。


 その反応に得意げにメルは人形を掲げ魔力を送ると、人形がカタカタと音を立てながら震えだした。


 一見すると心霊現象のような動作に子供なら泣き出すだろう。だがそれ以上に、


「ちょ、おいおい……」


 左右に小刻みに振動しながら巨大化していく様に、バークは自身の身を震わせた。


 身の丈は二階建ての一軒家と同程度。絵筆の付喪神スペリアよりは小さいが、それでも見上げないと全体がわからないほど巨大になった種割り人形は、カチカチと硬い歯を鳴らしながら塗装された青い瞳を不気味に付喪神スペリアへと向け。


 捕らえられている誰かがゴクリを息を呑んだ瞬間、飛びつくように跳ね、大きな口をかっ開いて捕まった人間ごと毛筆を飲み込んだ。


「──何してんだよ!?」


 硬い歯で毛筆を食いちぎった種割り人形に、バークは目をこれでもかと見開き、メルに抗議の声を上げる。


 人間には絶対に危害を加えないと思っていたのに、なんで人間ごと攻撃した!? 吸血鬼ブラディアは人間と友好関係を結んでるんじゃないのか!?


 人間に危害を加えたら、今まで築き上げてきたものが全て瓦解する。それほどの所業にバークは答えを求めるが。


「人間が邪魔なら退かせばいいだけよ」


 冷淡に言い放ったメルの視線の先で、バクバクと付喪神スペリアの体を食い尽くしていく種割り人形に、あ然とするしかなかった。


「くっそ!」


 人形に飲まれた人は丸飲みされていた、今ならまだ救えるかもしれない。


 巨大な種割り人形の仕組みがどうなってるか知らないが、食べた物を消化する機能があるなら例え生きていたとしても、放っておけば死んでしまう。


「邪魔だ!」


 毛筆の大半と絵の一部を失った付喪神スペリアが、力を振り絞るように残った毛筆の先でバークを貫こうとする。


 それを吸血鬼ブラディアの動体視力でギリギリで避け、体を反転し足場として利用して大きく跳び上がり。

 柄の先端近く、鈍い光を放つ赤を目がけて剣を振るうと、コアは脆い音を立てて崩れた。


「体、上手く使いこなせるようになってきましたね」


 ティアの称賛の声が耳に届くも反応せず、煙が霧散するように消える付喪神スペリアから飛び降り、バークは呪具カースに縋り付く。

 全身木でできている人形に隙間はない。入り込んで助けるとすれば、口からしかないだろう。

 決意しよじ登ろうとバークが人形の長い手に足をかけた瞬間、


「うおっ!?」


 種割り人形の腹がパカッと開き、隙間からドサドサっと落ちてきた人たちに、ギョッと目を剝いた。


「だから言ったじゃない。退かしただけだって」


 メルは何事もなかったかのように呪具カースを元の大きさに戻すと、支えを急に失ったバークは尻もちをつく。

 冷静さを欠き、人間の知らない吸血鬼ブラディアの冷酷な本性を表したのかと思ったが、どうやら冷静さを失っていたのはバークの方だったようだ。


「以前にもお伝えしましたが、人間を傷つければ信頼関係が崩れますから、私たちが彼らに危害を加えることはありません。その小さな頭に叩き込んでおいてください」


 ティアがふわりと微笑みを浮かべ、親しき隣人のように手を差し伸べると、バークはその手を取ってスッと立ち上がり。


「よかった……」


 手を膝に置いて頭を項垂れ、安堵を吐息を吐いた。

 初戦闘の緊張感より、目の前で人間が人形に食われたことの衝撃が大きすぎて、達成感を覚えるより疲労感がバークの胸を満たしていた。


「ありがとうございます、ありがとうございます」


 勝利後の余韻に浸る三人の耳に、喜びに震えた声が届く。

 振り向くと若い男の人が土下座をして、涙する勢いで感謝を表していた。一方、


「い、いやっ!」


 若い女性は付喪神スペリアを見るのと同じような引き攣った表情でメルを見ると、振り返りもせず足をもつれさせながら必死に逃げていった。


付喪神スペリアも倒したし、ハンに報告しに行きましょ」


 母親に連れていかれる女の子を横目に、捕まっていた人たちのことを気にもしない態度でメルは歩き出す。

 ティアも何も言わず侍女のように付き従い、二人仲良く付喪神スペリアの現れた家へと向かっていく。


「慣れってすごいな……」


 逞しさすら感じる背中をバークは呆然と眺め、一人現場に立ち尽くす。

 普通なら被害を受けた人間を励ましたり、壊された建物を眺めて感慨にふけったりしそうなものだ。

 だが長年の経験か吸血鬼ブラディアの性質か、気にせず現場を去っていく態度にバークは居たたまれない気持ちになって、心の中で謝罪しながら転がっていた絵筆を拾い、二人を追いかけていった。


 その後ハンとダリアの二人と合流し、現場の処理を役人や兵士に任せ、美術品にされた被害者たちの様子の確認と、報奨金を受け取るために五人で城へと戻り。

 アトリエ別室の扉を引いた瞬間、飛び込んで来た光景に目を限界まで見開いた。

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