第17話 男の初戦(1)

「貰った呪具カース、思う存分振るわせて貰うぜ。光刻剣アンセム


 バークがグリーンカラーに煌めく指輪に魔力とイメージを送ると、青白く輝く剣が右手の中に生まれる。

 城で初めて現出させたときよりも長く、切れ味の鋭い精錬された剣は、太陽の光を集めたような力強さを纏っていた。 


光刻剣アンセム? 何その名前」

「光でイメージを編むんだろ? だったら名前付けたほうがイメージしやすいと思ってな」


 得意げにメルに答えたバークは、今まで何千本も武器を見て作ってきた経験を活かし、自身にとって最高のイメージを剣に投影していた。


 光で出来ているために、折れることなく重さもなく限界まで刃先の細い切れ味最強の長剣。

 物理的には不可能な武器でも、イメージで形作られた光なら実現可能だ。


 武器を扱う者なら誰でも憧れる一品に、バークは自信と想いを乗せ両手で構えた。


「いいわね。私たちの呪具カースも炎と水をイメージして具現化してるから、その案採用させて貰うわ」


 どこか楽しそうに笑みを溢すメルは全身から闘気を放ち、シルバーの腕輪を陽光に煌めかせる。

 すでにダリアたちは走り去っている。これなら心置きなく戦いに集中できると、バークは光刻剣アンセムを握る手にグッと力を込めた。


「来ますよ」


 こちらの様子をうかがっていた付喪神スペリアが、手となった筆先を高く掲げ毛先をバラけさせる。

 今度は単体ではなく、まとめてバークたち三人を押し潰す腹づもりだ。


 意図を察知したメルとティアは即座に後方に飛び上がり、半壊している家から飛び出し近くの屋根に華麗に着地する。


「うおおおおぉぉぉ!」


 一方、バークは光刻剣アンセムを腰に据えつつ前方へと駆け抜ける。

 その背中に枝垂れかかるように毛筆の網壁が叩きつけられ、残っていたベッドや食器が周囲に飛び散る。


 人間がまともに喰らえば、体を押し潰されて確実な死が訪れる一撃。


 そのすべてが追いつくより早く、吸血鬼ブラディアの脚力によって付喪神スペリアの足元を直角に駆け抜けたバークは即座に振り返り、異様に軽かった手応えの理由を視認した。


「すごい……切れ味抜群だな」


 片脚を半ばから斬り裂かれバランスを崩しかけている付喪神スペリアに、バークは目を見張る。

 自分で創造した究極の光の剣。切れ味には自信があった。しかしまさか手応えをほとんど感じないレベルだとは夢にも思わなかった。


「これなら俺でも充分イケるな」


 正直、吸血鬼ブラディアとしても新米で戦闘経験も皆無な自分が足手まといにならないか不安はあった。だがこの呪具カースさえあれば戦力としてカウントされても問題ない。


 バークは胸に込み上げてくる自信と勇気に、無意識に頬の筋肉を緩めた。


「アトミック・フェイス」


 そんなバークに追随せよと一条の光炎が付喪神スペリアの左手を貫く。

 穴が開いた場所から炎が上がり毛筆が勢いよく燃える様に、祭りの巨大な焚き火をバークは思い出した。


「いいわね。技の鋭さが上がってるわ。バークの言葉選びのセンス、私の好みよ」


 屋根から飛び降り声を弾ませ、メルは功労者にウインクを送る。


「言葉のセンスを褒めてくれるのもいいけど、戦闘のセンスも一緒に見てく──」「セイバー・スラッシュ」


 バークの言葉を断ち切るように、高水圧の刃が二人に迫っていた筆先を切り飛ばした。


「戦闘センスを語りたいなら、まずは油断してやられないようにしてください。素人仕事してるなら捨てますよ?」


 ニッコリと微笑みながら廃棄宣言をしてくるティアに、バークはゾッと背筋を凍らせ慌てて光刻剣アンセムを構える。


 油断して敵にやられて戦闘不能になるのも嫌だが、ティアに捨てられたら二度と自分の子供を拝むことができなくなる。それだけは絶対に嫌だ!


 自分の身の心配より将来の子供の心配で頭いっぱいになったバークは、付喪神スペリアの一挙手一投足を見逃すまいと、真剣に相手の出方を窺った。


「手癖の悪い付喪神スペリアは嫌われるわよ!」


 家を軽々と破壊し、隙を突いて攻撃を仕掛けて来た相手にメルは吠え再び炎の一条を放つが、付喪神スペリアは柄を翻しながら避け、先程燃えた部分を振り落とす。

 風穴の開いた毛筆と断面の除く筆先。人間であれば深手を負った状態だ。


 それに不利を悟ったのか、付喪神スペリアは逡巡するように一瞬だけ動きを止めると、筆足を波打つように動かしながら大通りへ向かっていった。


「あいつ、街中へ逃げてくぞ!」


 街には事情すら知らない人間が無数にいる。何をせずとも巨体が闊歩するだけで家は壊れ、人は易々と踏み潰されてしまう。


「絵筆の姿に戻られたら見失いかねません。逃げ切られる前にコアを破壊しましょう」


 巨体が暴れるのも困るが、逃げられて再び犯行を繰り返されるのも困る。

 ティアの懸念にバークは急ぎ相手の姿を追い、砂煙の悪い視界の中を突っ切ると、轟音のする方へ視線を向けた。


「居た!」


 巨大化したまま大通りを地響きを立てながら走る絵筆。

 さながらネズミの逃走劇のような慌ただしい光景は、ミニマムサイズなら可愛いものだが、マキシマムサイズになるだけで人間の生命すら脅かす。


 早く暴走を止めないと、一分一秒が人の一生に関わる。


 バークはそれを承知で大通りを駆け抜けようと試みるが。


「くそっ、人がいて走り抜けられない」


 一大事に逃げ惑う人々が右往左往していて、全力で駆ければ逆に人を轢きかねない状態で、歩くよりも遅いスピードでしか前へ進むことができない。

 肩に誰かの肩がぶつかり、足に子供が体当たりしていく。


 悪気がないのは重々承知ながらも、守りたい人間たち自身に行く手を阻まれ、バークは困惑した表情で遠ざかっていく付喪神スペリアを睨むことしかできなかった。


「何してんの? 先に行くわよ」


 怒号飛び交う中、頭上から響いた高い声にバークは視線を上げる。

 するとそこには、民家や商店の壁を足場にして走るメルの姿があった。


吸血鬼ブラディアって、そんなことまでできるのか!?」


 屋根の上を飛び越していくならまだしも、まさか地面と垂直な壁を駆けるなんていう芸当が物理的に可能なのかとバークは自分の頭を疑う。だが実際問題、ティアも向かいの壁を並行して疾走している姿を見ると、壁走りはできるのだと現実を飲み込むしかなかった。


 しかしやり方もコツもわからない。いきなり挑戦してできるとも思えない。かといって高低差のある建物の屋根を跳び越えていっても、付喪神スペリアだけでなくメルにもティアにも追いつけそうにない。


 自分に可能な方法を思案する。


 壁も屋根もダメ。それ以外で人々を避けながら付喪神スペリアに追いつく手段……そうか!


 バークは妙案を思いつくと人がいない僅かな地面を選び、吸血鬼ブラディアの脚力でもって近くの屋根に跳び乗り、さらにもう一度ジャンプして空高く飛び上がった。


滑鳥翼バランサー


 イメージを固め即席で名付けた新たな名前を叫んだ瞬間、バークの背中を中心に片翼五メートルほどの光の翼が生まれ出る。

 それは羽根の一枚一度まで丁寧に際限された翼で、優美に滑空する姿は、さながら巨大な鷲を思わせた。


 逃げ惑う人々を眼下に見据え、周囲の建物すら易々と飛び越えて。

 先を行くメルとティアを追い越す勢いで滑空し、付喪神スペリアの頭上を行き過ぎると翼を畳んで進路を塞ぐように着地した。

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