第14話 調査(2)
「通りすがりに見ただけだから細かくは覚えてないけど……茶髪に緑色のベレー帽を被っていて、白いシャツにチェック柄のスカートを履いて、大きな鞄を持っていたわよ」
覚えていないと言いつつ特徴を細かく覚えているあたり、実際はどこかから観察していたのだろう。言うと話がこじれそうなので黙っておくが。
「どうやら描かれた本人以外は記憶を失っていないようですね」
ティアは教えられた容姿を記憶するように、こめかみに人差し指を当てる。
近くで見ていた人間の記憶が改竄されていなくてよかった。名前だけでなく見た目もわかるなら探しやすさが断然変わってくる。
初めての捜査にもかかわらず着実に物事が進行している実感に、気分の高揚する熱が胸から広がっていくのを感じた。
「役人にこのことは?」
「すごく物々しい雰囲気だったし、ナナンさんの変わり果てた姿見ちゃったから、怖くて逃げちゃったのよ。その後も役人が私の家に訪ねてくることがなかったから、まだ誰も知らないわ」
ティアがさらに問うと、おばさんは頭を横に振った。
ハンすら情報を握っていなかったとしたら、捜査が行き詰まっていたのも頷ける。さすがに役人たちも絵の創作者の名前くらいは知っていただろうが、名前だけで人を見つけられるほどこの街は小さくない。
外部から来た絵描きなら服を毎日違う物に替えることはしないと思われる。よくある〝ダリア〟という名前だけでは、名前の同じ別人に当たることもあるが、容姿と照らし合わせれば間違えることもない。
メルとティアの顔を見て互いに頷き合うと、バークは善は急げと足に力を入れ。
「ナナンさん、大丈夫なの?」
不安そうなおばさんの声に、一歩踏み出すのを留まった。
「本当に素敵なおばあちゃんなのよ。いつも私に優しくしてくれて、嬉しそうに話も聞いてくれるの。近所の人にも好かれてる素敵な人なのよ。だから絶対にナナンさんの元気な姿を見せてね」
胸に手を置き懇願するおばさんに、バークの胸にジンと熱いものが込み上げてくる。
人が人を思う気持ち。それは老若男女問わず誰しもが持っている想いの力だ。
年齢も性別も関係ない。一人でも想ってくれる人がいるなら、その人に元気な姿の相手と会わせてあげたいとバークは思う。
「解決するために俺たちが動いてるんで、待っててくれ。必ずまた会えるようにするから」
拳を握り力強く宣言すると、おばさんは嬉しそうに目元を緩め、「お願いね」と言ってバークの手を両手で包んだ。
「これでどうにか探せそうね」
おばさんと別れ、ゆっくりと歩きながらメルが髪を掻き上げる。
「広い街なので大変なことに変わりはありませんが、見つけやすくなりましたね」
ティアも負担が軽くなったことを喜ぶように、軽い足取りで大通りを歩いていた。
「それじゃあ予定通り、まずは画材具店や画廊で聞き込みしてみようぜ」
ダリアは外部から来たようなので、常に同じ場所に居ることはないだろう。被害に遭った人たちの家や職場の位置がバラバラだったことからもそれは窺える。
だが街に滞在しているのであれば必ず宿を取っているはず。どの辺りで多く見かけたか判明すれば、さらに周辺の宿に聞き込みをして定宿を特定できる。そうすればあとは宿で待っていれば出会えるという寸法だ。
運よく早い段階で目撃情報を得られたらと、ダリアとすれ違ったりしないかなと淡い期待を抱きつつ、周囲に目を配りながら店に向かっていると。
「バークさんたち、ここにいたんですね。やっと見つけました」
役人の格好をした若い男が一人、慌てた様子でこちらへと走って来た。
よく見ると女神像の
「ん? なんか用か?」
同じ事件を調査する同志のような気持ちでフレンドリーに接するバークに、役人の男は大きく息を吸うと一息で言い切った。
「新たな犠牲者が出ました。共に現場へ来て貰えますか?」
ドクンと心臓が脈動する音を幻聴した。
立て続けに被害者が出ているので、いつかは新たな事件が起きるとは思っていたが、まさかこんなに早く事態が動くとは予想外だ。
新鮮な事件の香りに脳が痺れ血が一気に上っていく感覚に、緊張がバークの全身を駆け巡り無意識に喉がコクンと鳴った。
「……もちろんだ。案内してくれ」
メルとティアと視線を交わし小さく頷くと、役人の男についていく。
場所は割と近いのか早歩きで進む背中に、張り詰めた空気を感じながらバークたちは大通りを左に曲がり。
「この家です」
騒ぎを聞きつけた一般市民と彼らを追い払う兵士が集まる、青い屋根の一軒家にたどり着き。
「これは……」
家の中から運び出されてくる人物。その変わり果てた姿にバークの眉間に力が入った。
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