第13話 調査(1)

「ここがナナンさんの家ですね」


 ティアが視線で差す先、教えられた住所をたどり行き着いた場所。街の外れにある庭付きの一軒家。そこは半身が絵画と一体化していたナナンの暮らす古民家だった。


 庭には手入れの行き届いた色とりどりの花が咲き誇り、街の片隅に色彩を与え、周囲の家までも華やかに映えさせる。

 庭を通り真っ直ぐ家まで伸びる土の道を進みメルが扉に手をかけると、すんなりと内側に木が軋む音を立てながら開いた。


「鍵、開いてたわね」


 城に運ばれたいくときに鍵は掛けていかなかったらしい。ナナンは動ける状態ではなかったし、役人も気を利かせるほど余裕がなかったのだろう。

 一人暮らしなのか家の中はこざっぱりとしていて、家具はテーブルと椅子、タンスと整ったままのベッドがあるだけで、食器も乾かすために台所に置かれたままになっていた。


「これが例の絵か」


 ふとバークが振り返ると、部屋の扉の横、明かりが差し込む窓の傍。そこに問題の絵は飾られていた。

 一般的なスケッチブックに水彩絵の具で描かれた絵は、本来の姿の女性が庭仕事している姿が描写されていた。


「絵自体におかしな所は感じませんね」


 ティアは細かく観察しながら違和感がないか確かめる。

 簡素な額に入れられた絵に触れることはできないが、全体像は目視で充分に確認できる。バークはティアの頭越しに見ただけだが、似たような絵は一度は目にしたことがあると言えるような、ごくありふれた風景画だった。


「これが画家のサインね」


 メルが指差した絵の右下、白い絵の具で書かれた〝ダリア〟の文字に三人の瞳が集中する。


「描いたのは女性のようですね」


 女性名によく使われる名前を見て、ティアはそっとガラス面を指でなぞる。

 これが本名なのか作家名なのかは不明だが、小さな手掛かりは手に入った。たった一歩とはいえ確かに前進した手応えに、バークは胸にポッと熱い火が灯された気がした。


「名前がわかったのは上々だけど、年齢も見た目もわからないから街中から見つけるのは大変だな」


 バークは腕を組みウーンと唸る。展開は転がり始めたがまだ勢いが足りない。雪玉も小さいより大きいほうが転がる力が増す。

 雪玉を大きくするようにもっと情報を集めたい。何かいい手はないかと次に繋げられる一手を思案していると、メルが人差し指を立てた。


「名前と性別がわかるなら、周辺の芸術家や画材店、画廊で聞けば相手の居場所がわかるんじゃない?」

「流れの画家という話だったので情報が得られるとは限りませんが、無闇に探し回るよりは効率的だと思います」

「なるほどな。ダリアって名前の水彩絵の具を使う女性画家か。誰か知ってるといいな」

「ここに来るときに画材店がありましたから、まずはそこを訪ねてみましょう」


 ティアの後押しもあり、バークたちは扉を開けて外へと出ていく。

 街には芸術家がたくさんいる。この家に来るまでも、通りで絵を描いていたり工房で彫像を制作している建物もあった。

 芸術に関するものなら数え切れないほど存在する街だからこそ、誰かはダリアのことを知っていそうな予感もある。しかし逆に言えば数が多すぎて、当たりがあってもどこにあるか見つけるほうが困難にも思える。


 早い段階で次の手掛かりが見つかれば。いやもしかしたら長丁場になるかもな。

 バークがそんなことを考えながら庭を通り、垣根を過ぎようとした瞬間。


「あんたたち、ナナンさんの家で何してるんだい!」


 庭の出口の横合いから、白いエプロンをした恰幅のいい茶髪パーマのおばさんに呼び止められた。


「ナナンさんの留守中に泥棒に入ってたんじゃないだろうね!」


 人差し指を立てながらズンズンと責めるように近づいてきた相手に、バークは上体を後ろに反らした。


「人が留守の間に勝手に入って何を持ち出したんだい! 一人暮らしの老人の家を狙うなんて、最近の若い子はどんな生活してるのよ!」


 いつの間にか犯罪者の疑惑から確定にすり替わっている物言いに、バークは助けを求めるようにメルとティアに視線を向ける。だが二人はキョトンとした表情で突っ立っていた。


「いや、俺たちは防衛大臣のハンからの依頼でナナンさんの家の調査を」

「嘘おっしゃい! 一般市民が大臣から調査なんて任されるわけないだろ!」

「いや、俺も立場が違ったらそう思うだろうけど、本当なんだって。ティア、令状を」


 城を出る直前、「捜査するならこれが必要だろう」とハンに手渡されたロール状に巻かれた紙を持ち、ティアがバークのすぐ横まで持ってくる。

 それを目を細めながら上から下までおばさんが読んだのをバークは確認した。


「な? 嘘じゃないだろ?」


 鼻先に突きつけられた指にビビるバークに、おばさんはハッとしたようにつま先立ちになってた足を下げると、一歩二歩と後ずさり足をモジモジさせ体を小さく捻った。


「あ、あらそうなの? いやーねーまったく。おばさん、てっきり泥棒かと思っちゃって。おほほほ、ごめんなさいね」


 自分の勘違いを無かったことにしようと笑い続けるおばさんに、変な罪を被せられなくて良かったとバークは胸を撫で下ろした。


「ナナンさんとはどういった関係で?」

「いやね。たんに近くに住んでる仲良しってだけなんだけどね。ナナンさんがあんなことになっちゃったから、留守を預かろうってんで見守ってんのよ。そしたらあなたたちが家に入ってくのを見て、泥棒じゃないかと思って早とちりしちゃったのよ」


 バークが投げかけた瞬間、待ってましたとばかりに捲し立ててくるおばさんに、精神的に一歩足を引く。

 生まれ故郷にもこういうタイプの人はいたが、どうしても慣れる気がしない。

 一方、長年の旅路で免疫がついているのか無頓着なのか、メルは動揺もせずにあっけらかんとした声音で聞いた。


「ナナンに何があったか知ってるのね」

「ちょうど作ったお菓子を届けようとしてたのよ。そしたら信じられないことになってるでしょ? 物々しい雰囲気だったから怖くて声かけられなかったのよ」


 頬の肉をフルフルと震わせて、おばさんは眉間に皺を寄せる。

 仲のいい友人の半身が絵画になり役人に運ばれていったら、怖くなってしまうのも理解できた。


「そのときに、ダリアって名前の絵描きの女性を見ていませんか?」

「名前まではわからないけど、ナナンさんを描いてた女の子なら見かけたわよ」

「本当か!? どんな見た目してた?」


 ティアの問いかけに、おばさんがシレッと答えるのを聞き、バークは天啓を得たとばかりに詰め寄った。

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