第12話 被害者の弁(2)
「プロとしてどう思った?」
まずは
「相手はほぼ間違いなく、その画家の持ち物の何かが
「そうね。人間をあんな風にしちゃうってことは、絵の具か筆かキャンバスか。とにかく相手の姿と記憶を描き変えちゃう呪いなのは間違いないわ」
「となると画家の持ってる画材道具の中から相手を特定して、呪いを使われる前に倒さないと厄介ってことか。
ティアとメルの見解を聞いてバークは眉間に皺を寄せる。
刃物ではダメージを与えられない女神像に向かってメルは拳で思いっきり殴っていたが、武器を使う戦闘の経験すらないのに、肉体だけで戦えるのか自信はまったくなかった。
「あら?
「お、俺も
思わず立ち止まり上げた声が廊下に響く。そんなバークに振り返り、反応を見てニヤリと愉しそうに笑みを浮かべたメルは、手のひらを片割れに差し出した。
「私たちが使わない
布袋から取り出しメルに手渡されたのは、廊下の窓から差し込む光を緑色に反射する宝石が嵌められた、男性向けの大きさの指輪だった。
「変わった色の宝石だな」
「アレキサンドライトです。太陽の光の下ではグリーンカラー、白熱電球の光の下ではレッドカラーに変化する宝石です」
メルの手のひらからそっと指輪を受け取ったバークは、宝石を太陽光に当ててみる。
ダイヤモンドやルビーのような透明度はないが、色が変わるという不思議な石。その面白い性質に武器職人として好奇心が掻き立てられた。
「この
「男物の指輪だし、近接戦闘はあまり得意じゃないから使ってなかったんだけど、武器職人のバークなら上手く使いこなせると思うわ」
ティアの説明にメルも言葉を重ねる。
相手をぶっ飛ばせる強パンチを繰り出す
バークも戦闘経験自体があるわけではないが、武器職人としてひと通りの武器の扱いはできる。そういう意味ではバークに最適の
バークは試しに右手の中指に指輪を嵌め、心の中でイメージを形作りつつ魔力を指輪に送ると、手のひらから青白い光の刃が伸び、刃渡り八十センチ程の剣が生み出された。
「すごい……今まで出会ったどんな武器よりも綺麗で芸術的だ」
人間には絶対に作り出せない光の剣に見惚れてしまい、無意識にその場で呆けてしまう。
「イメージさえできればどんな形状の物でも光で編むことができますから、武器屋の知識と経験を思う存分活かしてください」
微笑みかけるティアの声で我に返り、バークは光の剣を消すと、確かな手応えにグッと拳を握った。
「そういえば、バークはお腹空かないの?」
メルの問いかけに、そういえば昨日から何も食べていないことを思い出す。
「確かに時間的にはもう昼だな。どっかで飯にでもするか。二人は何が食べたい?」
「私たちは昨日、あなたから血を貰ったから一ヵ月は、水分さえ摂ってればあとは何も食べなくても平気よ。そもそも人間と同じような食事をしても、味は楽しめるけど栄養にはならないから必要ないし」
「
人間のような食事をしなくても人間より圧倒的に長く生きていけるが、人間とは違って血を摂取しなくては生きていけない。
メリットと捉えるかデメリットと捉えるか、個人の見解にも寄るが、今は
「協会へ行きますか?」
ティアのふいの一言に心臓がドクンッと跳ねる。
協会と言えば血盟協会のことだろう。つまりは
いつかは言われるとわかっていた。しかし実際に尋ねられると、心臓が早鐘を打つのを止めることはできなかった。
「血を飲む……のか……」
昨日まで普通に人間やってたバークが他人の人間の血を貰う。相手の首筋に犬歯を立て、流れ出た血をすする。
怪我をしたときに自身の血は舐めたことはあるし、血盟協会の人間ならば喜んで血を提供してくれるとは言え、食事として少なくない量の血を飲む行為に、抵抗が無いと口にすれば嘘にしかならない。
ましてや実際に血を吸われた経験のある者として、自分の体から力が吸い取られていくような感覚を他人に与えるのに戸惑いもあった。
「嫌かもしれないけど、血を補給しなければ吸血衝動が抑えきれなくなって無差別に人間を襲うようになるから、
深く息を吐いてメルはひたとバークの瞳を見つめてくる。
冗談を言っているわけでも、ふざけているわけでもない。それが真実であり現実としていつかは突きつけられてくると告げる唇に、バークは俯き胸に手を置いてグッと握りしめた。
「飢餓状態に抗えなくなって身近な人間を襲えば、人間と共生する
「昨日、それなりに血を失ってるし近いうちに空腹感が出てくると思うから、早いうちに補給しておいたほうがいいわよ。街レベルの場所になら必ず協会はあるから、今から行ってみましょう」
ティアの事実に善は急げとメルは城の廊下に靴音を響かせ始めるが、付いてこないバークに気づきすぐに足を止めた。
「……悪い。頭ではわかってるんだが、まだ決心がつかないから今日は……」
理解していると実行できるには天と地ほどの差がある。必要性は重々承知しているし、いつかは必ず通る道だと認識してはいるが、心がどうしても追いついてきていない。
シンと静まり返る廊下の遠くから人々の話し声が微かに聞こえてくる。
群れから弾き出され、新たな群れにも馴染みきれない孤独な狼のような気分に、バークは唇をきつく結ぶ。
「わかりました。辛くなったら遠慮せずに言ってくださいね」
辛口が来ると思っていたが、さすがに心情を慮ってくれたのか、ティアは柔らかい笑みと声を送ってくれた。
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