第11話 被害者の弁(1)

「聞いていたとおり、私たちが付喪神スペリアを探し出して退治するわ。だからどんな些細なことでもいいから、手掛かりになるようなことがあれば教えてちょうだい」


 被害者たちを怖がらせないようにか、メルはゆったりとした足取りと優しい声音で三人へと歩み寄る。


 すがるような六つの瞳。どれもが不安に押し潰されそうに歪んでおり、動揺しているのが手に取るように伝わってくる。


 芸術作品と化した三人は視線だけで会話する。初めて会う人……いや、吸血鬼ブラディアに困惑しているのだろう。

 しかし互いに意思疎通ができたのか、意を決したように小さく頷くと、手足が壺になっている若い女性が静かに口を開いた。


「最初はなんてことなかったの。夜に家で家事をしていたら急に手足が重くなって、床に転んだら次の瞬間に手足から壺が生えてきちゃったの」

「俺も、仕立て屋の仕事が終わって夜に帰宅する道の途中で急に体が動かなくなって、あっという間に体がこんなことに」

「私は夕方に庭掃除をしてたらガクッと半身が重くなって、気づいたら……」


 首から下が石像になっている若い男性も、半身が絵画になっている年配の女性も、堰を切ったように自分に起きたことを吐露する。

 辛いし諦めそうになるけどなんとか救って欲しい。そう願うような必死さが伝わってきた。


「時間や場所に共通点はなさそうですね。三人が共通するよう場所に行っていたことは?」

「ここで二人と一緒になったときに話し合ったんだけど、互いに共通するような場所に行ったりはしてなかったわ」


 若い女性が首を絞める横に振る。どうやら三人とも、どこで呪いにかけられたか心当たりはないようだ。

 即時発動する類の呪いならまだしも、時間差で発現する呪いでは気づかぬ内にというのは仕方のないことだが。


「今の状態になる前に、何をしてたか覚えてるか? 普段とは違うことをしたとか」


 場所ではなくとも、三人に共通するような出来事が何かないかとバークが話を振ってみると、同じ女性が再び口を開いた。


「それだけは共通することが一つだけあったの。同じ日に流れの絵描きに肖像画を描いて貰ったという共通点が」


 湖に投げられた石のように、落とされた一言にバークの頭の中で波紋が広がる。


「カフェで働いてるんだけど、そこで仕事してるときに、仕事風景を描かせて欲しいって頼まれたの。ここは街の中に外から来た芸術家もたくさんいるから、気軽にオーケーしたの」

「俺も仕事中の姿を描かせてくれって言われて、仕事の邪魔にならないならって作業場の端で絵描きに描かれたんだよ」

「私は庭仕事してるところを描かせてくれって言われたの」


 若い男性も年配の女性も意見を同じくする。

 被害者が一人なら知ることのなかった事実が明らかになる。


「それはどんな人だったの?」


 同じ人物に描かれたのであれば、唯一の共通点として次に繋がる大きなヒントになる。

 期待に胸膨らませ、メルに問いかけられた三人の言葉を待っていると、若い女性は居心地悪そうに視線を逸した。


「さっきの大臣にも話したんだけど、どんな顔の人だったか、男だったか女だったかも霞がかかったように覚えてないのよ」

「え? そんなことが有り得るのか!?」


 予想外の告白にバークはつい思ったことを声に出してしまう。

 仕事や作業中だったとは言え、声をかけられたときには相手と話をしているはずだ。それなのに三人とも顔を覚えてないのは明らかにおかしかった。


「誰かに絵を描いて貰ったのは覚えてるんだが……」

「絵自体は家に飾ってあるし、嘘をついてるわけではないの」


 あとの二人も心苦しそうに視線を下げる。

 助かりたい一心である状況で示し合わせて虚言を吐く意味はない。こんなケースはあるのかと、バークはプロに見解を求めようとメルとティアの方に顔を向けた。


「対象の姿形だけでなく記憶も同時に変えてしまえる付喪神スペリア、と考えたほうが良さそうですね」


 ティアが独り言のように呟く。

 そんな存在に対峙して果たして倒せるのかとバークに一抹の不安が過ぎったが、十年以上勝ち続けてきたプロが一緒だから大丈夫だと不安を飲み込んだ。


「明らかにその人物が怪しいけど、どんな奴かわからなければ見つけ出せないな」


 このことはハンも既知のはずだ。それでもバークたちに頼ってきたということは、絵の作者を見つけ出せていないことになる。

 相手の顔も性別さえもわからない以上、見つけ出すにはかなりの時間と労力がかかるだろう。

 バークが他にヒントになるようなことを聞き出せないか思案していると。


「絵画ならサインがあるんじゃない?」


 美術品に興味が深そうなメルが、ふと思いついたように人差し指を立てた。


「なるほど。本名か作者名か、名前だけならわかるかもしれないな」


 バークは光明を得たとまぶたを大きく開く。

 絵画作品には作者のサインを入れるのが一般的だ。自分の家には絵画を飾る趣味がなかったので故郷の街中や店で目にする程度ではあったが、どの作品にも作者名は書かれていた。

 小さな一歩かもしれないが、そこから辿れば鍵を握る画家に会える可能性はあった。


「描いた絵は相手が額に入れてプレゼントしてくれたから、家に飾ってあるわ。必要なら調べてちょうだい」


 年配の女性が快諾すると他の二人もハッキリと頷いた。


「ありがとう。俺たちが必ず元に戻すんで、待っていてくれ」


 バークは三人から家の住所を聞き出し部屋を出る。

 廊下を歩いていくバークたちは、被害者の家に向かいがてら、互いに思ったことを口にし合った。

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