第10話 依頼(2)

「この部屋は……」


 扉を開け中に通されると、ハンの部屋に飾られていた絵画と同じ画風の作品がスケッチ台に置かれているのが真っ先に目に映った。 


「宮廷画家たちのアトリエだ。ここで城の中に飾られる絵画が創作されている。今は全員に臨時の休暇を取らせているが」


 画風の違う人物や風景、様々なモチーフの絵が完成を待ちわびるように顔をこちらに向けている。

 絵に見つめられているかのごとき雰囲気に、今が夜でなくてよかったとバークは思いつつ、大広間と呼ぶに値するほど広い部屋を進む。


「それで、実物とはどう言う意味ですか?」


 現場ではなく実物と言ったハンに、ティアが訝しげに尋ねる。加えてわざわざ〝いる〟と言い直してもいた、その真意とは。


「それは、こいつを見て貰えばわかる」


 部屋の突き当りの壁にあったもう一つの木の扉に手をかけると、周囲の空気を巻き込みながら一息に開け放った。


「なんだよ……これ……」


 ハンに続いて入室した途端、絵画とは違う複数の視線に晒され、バークは思わず息を飲んだ。


 美術品を創作するのに使うキャンパス地や絵筆など、画材道具も置かれている第二アトリエ、その中央に。


 首から下が石でできた若い男性、左半身が絵画の中に埋没した年配女性、両腕と両足が装飾の施された壺と同化している若い女性など、様々な芸術品と一体化──いや、芸術品そのものに変化している生身の人間たちがいた。


「人間にはできない所業。どう見ても付喪神スペリアの仕業ね」


 〝実物〟が〝いる〟意味を理解し、メルは腕を組んでマジマジと彼らを観察をする。


 原理は一切わからないが、確かに人間の体が芸術品へと置き換わっている。一瞬、芸術作品が人間に変化している可能性もバークの頭を過ぎったが、もしそうであれば人的被害が出たわけではないので、防衛大臣が真剣になって捜査するレベルの大ごとにはされないはず。


 四人が入ってきた瞬間、一斉に視線をこちらに向けてきたことから、ちゃんと生きており意識もあるようだった。


「見てのとおり、このような被害者が出ている。我々は付喪神スペリアが元凶として、本体を倒すために街中をくまなく捜索しているが、それらしき個体を発見するには至っていないのだ」


 ハンは沈痛の面持ちで肩を落とすと、芸術作品と化した人たちも訴えかけるように辛そうな瞳でこちらを見つめてくる。

 どう捉えても意思のある人間であるとしか思えず、バークはこうなってしまった人たちの心境を慮ると胸が痛くなってくる。


 こんな現象を起こせるとはにわかに信じ難いが、付喪神スペリアによる呪いの力を先程見たばかりだ。どんな不可思議なことでも起きるのだろうと、バークに疑う気持ちはさらさら無かった。


「状況から察すると芸術関連の物に憑いている付喪神スペリアだとは思いますが、芸術の街とも呼ばれるここには疑わしい物は無数にありますから。女神像に憑いていた付喪神スペリアが原因であったなら、私たちが倒した時点で元に戻っているはずですが、どうやら違うようですし」


 ティアの言うように、この部屋の人間たちに変化はなかった。つまり呪いを行使した別の付喪神スペリアがどこかにいるのだろう。


付喪神スペリアの呪いって、効果範囲はどれくらいあるんだ?」

「一度呪いにかけられると距離は関係なくなるけど、さすがに呪いをかけるときは人間が歩いて数時間以上かかる場所からは無理だから、街中にいる可能性が濃厚ね」


 どんなに離れていても呪いの効果が届くなら手のつけようがない。しかし付喪神スペリアを狩ってきたメルがそう言うなら、まだ見つけていないだけで街中に元凶の個体がいると考えたほうがいいだろう。


「この現象はいつ発生したのですか?」

「三日前からだ。ここにいる市民の方々は全員違う場所で被害に遭っている。ゆえに付喪神スペリアの場所の特定がより困難になっているのだ」

付喪神スペリアは状況によって移動することもあります。ただ一度気に入って根城にした場所には居着く傾向が強いので、街中を移動しながら犯行に及んでいるのだと思います」


 ティアは推理小説の名探偵よろしく、ハンの言い分を聞き、コツコツと靴音を奏でながら顎に手を当て思案顔で部屋をゆったり歩く。

 街中に潜む人間を芸術作品へと変えてしまう付喪神スペリア。子供の頃に聞かされた怪奇現象のような存在を想像し、バークは思わず身震いしそうになった。


「あの人たちに聞き込みしてもいいですか?」

「もちろん構わない。だが誰もが精神的に辛い状態だから、配慮して話をしてくれ」


 ティアは足を止め、伏せていた目をフッと上げ伺いを立てると、ハンは仕事が立て込んでいるからと、了承した後すぐにバークたちを部屋に残して自室に戻っていった。

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