第25話
ふはぁ、と深呼吸をする泰一。わざわざ息を止めなくてもよかったのに、と言ってその肩を叩く舞香。
そんな二人の方を見ながら、海斗は口早に尋ねた。
「その遠藤って人は、何がしたいんです?」
「戦争、でしょうね」
あまりに端的な池波の物言いに、流石に海斗も怯んでしまった。
「詳しく言えば、怪獣、及びそれをクローン技術で量産して、世界中に開放すること。しばらくは日本の周辺海域にね」
「なっ! せ、戦争だあ!?」
「ちょっと泰一! あんたは黙ってて! 海斗、続きを」
泰一に檄を飛ばす舞香からバトンを受け取り、回答の続きを促す海斗。
「つまり、遠藤さんは戦争をしたくて、そのための生物兵器としてあの怪獣を飼い慣らそうとでも?」
「そういうこと。あんまり詳しくは言わないでおくけど、遠藤は若い頃から随分な強硬論者だったようでね。爺さんになっても喧嘩っ早いのは相変わらず、ってところ」
「詳しい……んですね」
恐る恐る舞香が泰一の陰から顔を出す。
「まあ、私が今ここにいるのは、その遠藤の護衛として、なんだけどね。データベースがこの船にはたくさん搭載されているし、遠藤の身柄を確保してからの逃走防止も簡単じゃない?」
海斗は顎に手を遣って、目線を落とした。そんなやつのために、僕たちはダンジョンに潜入させられたのか。
ん? 待てよ、僕たち、って言うと――。
「池波さん、どうしてその怪獣の眠っているダンジョンへの侵入をするのが僕たちだったんですか」
「いい質問」
池波は組んだ腕の手で親指を立てて見せた。
「あなたたちの境遇を探知して、あのダンジョンが再起動したらしいのよ。原因は分からないけど――」
(あ、それなら私が説明できるけど?)
「どわああぁあ!?」
まさしく、ぱっと小さな人間がその場に現れた。フィルネだ。
たまたま前方にいた海斗と、彼に向き合っていた池波の間に顕現した。
池波がオーバーリアクションですっ転んだところを見るに、どうやら池波とフィルネは初対面のようだ。
(あっ、ごめんなさい、池波さん! 私、一度ダンジョンに潜入したことのある人の前にしか顕現できないのよね。あなたには声が聞こえるだけだろうけど)
「だっ、だからって、突然にもほどがあるわよ! あなたみたいな存在があのダンジョンに眠っていたなんて……!」
(だから謝ってるでしょ、ごめんなさい、って! そうガミガミしないでよ、せっかく情報提供に来たのに!)
「だっ、誰がガミガミしてるってぇ!?」
そりゃお前たち二人共だよ。そう言ってやりたかったが、それ以上にフィルネの言葉が気にかかる。茶番に付き合っている場合ではないのだ。
「あ、あのさ、フィルネ?」
(何よ海斗、改まって?)
「君は情報提供に来た、と言ったな? それを明かしてくれないか?」
(あっ、そうだった! ごめんごめん)
フィルネ曰く、自分がダンジョンの外で顕現できる範囲と時間は決まっているらしく、手っ取り早く説明してくれるとのこと。
(実は、さっきのダンジョン第六層にいた怪獣なんだけれど、目覚めが早まってしまったようなの。流石にあそこでバンバン撃ち合いされたら、気にはなるよね。いくら怪獣だって)
「そっ、それでどうなるんだ、怪獣は!? 俺たちを食う気なのか!?」
やっと会話に追いついた泰一が畳みかける。対するフィルネはというと。
(はっ、ははっ、はははははははっ!!)
ぽかん、と泰一と目を合わせたのも束の間、大爆笑し始めた。
狭い船室で、耳をつんざくような哄笑が溢れ出す。
「ちょっ、フィルネ! 情報をくれるんだろ、早くしてくれ!」
(いや~あ、ごめんごめん! でも、皆も見たんでしょう? あの怪獣。まあ、水龍って言った方が正しいんだけどね。取り敢えず、今まで食い殺された人はいないよ。噛み千切られたやつはいたけど、それはノーカウントってことで)
「な、なな、何だよ、驚かすなって……」
「あんたがそのきっかけになったんでしょうが!」
ほっと息をつく海斗の前で、舞香は泰一の頬を引っ張り始めた。海斗は改めて、じとっとした視線をくれてやる。
「付き合いきれないな……。それで? 情報って、それだけじゃないんだろう?」
(ええ。私たちは古代文明人によって創造されたんだけど、それは水龍によって人類が滅ぼされそうだったから、って話したでしょ?)
ぐいっと頷く海斗。
(実は、それ以外の目的でダンジョンを離れることもあるのよ)
「え……、なんだって?」
(だから、人類があんまり悪さをしないように、抜き打ちテストみたいなことをしてるわけ。そこで、あんまりにも人類が横暴だったら、それ相応の裁きを下す。それを人類は勝手に、異常気象だの神の怒りだのと騒いでいるわけ)
呆気にとられる海斗たち。その横で、池波は物知り顔で頷いていた。
「なるほど、それが報告に上がっていた案件の理由になるわけね」
(そうそう。あなたの言う案件、っていうのはそういうことなんでしょうね)
フィルネは羽ばたきながらも、池波同様に腕を組んで見せた。
(池波さん、あなたには随分情報が集まってるようだけど、きっとそれと照らし合わせても矛盾はないはずよ)
「あ、あの」
話の展開が緊迫していたらしい。海斗、池波、フィルネの三者の言葉の隙を縫うように、舞香がちょこん、手を上げていた。
(舞香、どうかした?)
「あの、えっと……。あたしたちが飛行機で脱出する時に、海から光線が発射されて、飛行機を掠めたんです。もしかして、その水龍って――」
(追ってくるかもしれない。それが心配なのね?)
舞香はこくこくと首を上下させる。
(そうねえ、水龍が携わっているのは地球全体規模の話だから、飛行機や戦艦がちょこっと刺激したくらいで暴れ出す、なんてことはないんじゃ――)
全員がふっと気の抜けた息を吐いた時、天井の赤色灯が点滅し、がらがらがらがら、というベルの音がけたたましく鳴りだした。
《本艦八時方向より、謎の熱源体が接近中! 総員、第一次戦闘体勢! これは演習ではない! 繰り返す、これは演習ではない!》
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