第26話【第六章】
【第六章】
今日だけで何回目だろうか。『しらせ』のCICで、相模は制帽を整えた。ついでに溜息も一つ。
「観測班、目標を逃すなよ。映像出るか?」
「はッ、メインモニターに出します」
相模の視線は、すっと斜め上方のモニターへ。そこに映し出されたのは、百メートルほどの巨躯を有する細身の生物だった。
これは一体何なのだろうか。そう考えようとして、しかし相模は思考をかなぐり捨てた。こいつは数万年も以前に旧文明によって造られたモノ。現代の知識だけで推察できるわけがない。
強いて言えば、神々しい何かがある、とでも表現すればいいのだろうか。
透明感のある表皮。鱗の一枚一枚が陽光を跳ね返す様は、水龍というより金色の龍とでも呼ぶべき輝かしさがある。
それを美しいと、相模は思う。が、武人としての矜持がそれに勝った。必ずや仕留めてやる。
「艦長、内閣総理大臣より、水龍への攻撃許可が下りました! 防衛大臣からは、これ以上周辺の海域に近づけるな、とのことです!」
「了解した」
随分と手回しの早いことだ。きっと遠藤の根回しがあったに違いない。
怪獣に目をつけられ、遠藤の正体と狙いを知ってしまい、挙句密偵である池波にまで脱走を許した。
「報告書じゃ済まんかな……」
小さく呟き、相模は軽く目を閉じてから顔を上げた。
「全乗組員に次ぐ。本艦『しらせ』は、これより謎の巨大生物に対し、海対海戦闘を開始する。総員、配置に就け」
この言葉を挟んで、皆の緊張感はぐんと跳ね上がった。
「海対海戦、用意よし!」
「砲雷長より連絡、発射準備態勢に入ったとのことです!」
「了解。トマホークによる高速遠距離攻撃を採用する。発射準備!」
「後方甲板、VLSよりトマホーク発射準備!」
《了解。VLS一番二番、発射準備良し!》
相模は思いっきり息を吸い込み、マイクを睨みつけた。
「てぇーーーーーーーっ!!」
白煙がVLS――垂直発射システムから舞い上がり、ミサイル本体が飛び出してくる。ミサイルは巧みにくるりと旋回。インプットされた航路に従い、あっという間に視界から飛び去った。
この攻撃で水龍を倒せるだろうか? 遠藤や池波の主張を聞けば、相手が生物である以上、仕留められないはずがないのだが。
火器管制官から随時報告が入る。
「一番、着弾まであと十秒! 二番、四秒差で着弾の予定!」
「……」
CICが沈黙したのは、これが実戦という名のついた殺傷行為だからだ。
また、水龍を余計に怒らせることで、艦に何らかの攻撃を仕掛けてくるのでは、という不安を抱いている者もきっといるだろう。
だが相模は知っている。そんな緊張や心配など、何の得にもならない。
敢えて極端な言い方をするなら、戦場における恐怖というのは、弱者の抱くクソッたれな幻想にすぎない。
注意力を奪い、身体を痙攣させ、いざという時に限って、引き金を引くのに躊躇いをもたらす。
そうだ。それが戦闘における最大の敵、自分自身だ。
そんなことを、骨身に染みて知ってしまった自分はまともな人間と呼べるだろうか――。それは甚だ疑問だが、今は組織の歯車として動くべきだ。
ぱっと白光が相模の視界に走った。続けてもう一度。
それが刺激になって、相模はふっと意識を完全に覚醒させた。
「一番及び二番、弾着を確認!」
「目標は? 沈黙したか?」
「爆音の鎮静化待ちです!」
さて、最新鋭の精密巡行ミサイルによるダブルパンチだ。旧文明の技術とやらで創造された水龍は、これに耐えられるか?
※
「あっ、当たった!」
短く叫ぶ泰一。池波が持参していたタブレット上では、海水と白煙、それに淡い緑色の何かが映り込んでいた。続けて、トマホークの二番が画面やや下方向から滑り込み、海面で爆発。
「お、おお……」
言葉を失う四人。だが、すぐに池波が口を開いた。
「駄目か!」
「え? 駄目って?」
首を傾げる泰一に、池波がタブレットを見ながら説明した。
「これ、最初のミサイルが着弾した瞬間。何が見える?」
「水柱、ですけど」
舞香の言葉に続き、海斗もゆっくりと頷いた。だが、どこか違和感を覚える。
「水柱の方が光っている……?」
「そう、海斗くんの言う通り。正確には、水柱の隙間から発光体が見えてる、ってところなんだけど」
「まさかバリア、ですか」
「ええ。バリアの強度と展開面積からすると、トマホークを五、六十回は防ぎきるでしょう」
「そんなに!?」
泰一が素っ頓狂な声を上げる。海斗も、流石に十二、三回の攻撃でどうにかなると思っていたので、意表を突かれた。
タブレットを見直すと、画面の隅に複雑な計算式が表示されている。ここで五、六十回という推定値が出されたのだろう。
バリアといえば、フィルネが使っていたな。あれもデータに入っているのだろうか。
いや待てよ。それより考えるべきことがある。
フィルネは攻撃魔法を使わなかったが、水龍はどうなのだろう?
人類が滅びるような戦火の中で、生命を与えられた生物破壊兵器。
その水龍が、この『しらせ』に矛先を向けたとしたら。
「何をするつもりだ……?」
海斗がそう呟くと、池波のタブレットが振動した。
池波が現場空域に飛ばしておいたドローンが、カメラを切り替えたのか。
海斗たちはじっくりと水龍の姿を拝む。先ほどはよく見えなかった頭部も。
「こ、こいつが水龍……」
「そうだな、泰一。しかしこの頭部は――」
「なんだか可愛くない? 泰一も海斗もそう思わない?」
泰一と海斗の会話に混ざってきた、舞香の不思議な指摘。
言われてみれば、愛嬌があるというか、そんな危険な印象は受けない。
もちろん、百分の一なり千分の一くらいのサイズだったら、の話だが。
頭部についた、二つの真っ黒な球体。きっとあれが眼球なのだ。証拠に、爆炎を散らすためか、瞼を瞬かせている。
もしこいつが頭部に攻撃を受けたら、真っ先に潰されるのは眼球だ。それを防御するために、瞼が備えられているのだろう。
額には角が生えている。Yの字を描くように、先端部は二又に分かれていた。
全体的に深みのある藍色の水龍。だがこの角だけを見ると、銀色に輝いている。
まるで何かを集中させているかのような――。
「って、マズいマズいマズい!」
喚き立てたのは池波だった。
きっと彼女も、何が起こるのか確証を得ていたわけではあるまい。だが一方、そんな池波の予想は当たってしまうことになる。
タブレットから音声はカットされている。それでも海斗には、確かに雷鳴のようなものが聞こえた気がした。
「皆、伏せて!」
池波の悲鳴が噴出し、しかしそれもすぐさま轟音に巻き込まれた。
※
同時刻、CIC。
「トマホーク一番二番、消滅!」
「消滅? どういうことだ?」
「詳細不明! 途中で迎撃されたのでは……」
バッジシステムのディスプレイを見つめる相模。
そんなまさか。あれだけ高速で迫るトマホークを、生身の生物が眼前で撃墜したなどと、そんな馬鹿な話があるものか。
「ッ! 目標先端部に高エネルギー反応! 電力のようです!」
「総員、防御体勢! 何かに掴まれ! 急な振動に備えろ!」
※
もしこの光景を第三者が裸眼で見ていたら、きっと失明していただろう。
雷が落ちた時、あたりは灰色の雲に覆われ、その雲はといえば、水龍の周囲を凄まじい風速で回転していた。二発、三発の雷は同じ場所、すなわち水龍の頭部の角に集中していく。
しなやかな体躯をのけ反らせる水龍。次の瞬間、角の間から水平方向に雷撃が走った。
これには海斗も相模も池波も、誰もが冷静ではいられなかった。だが気づいている。これは水龍から自分たちに対する、最後通告なのだと。
※
「皆、無事!?」
池波の声に、はっと海斗は我に帰った。
「い、今のは……?」
「高電力を帯びた白熱球を発射して、周囲のあらゆるものを破壊し尽くしてしまう必殺技、とでも言えばいいのかしら。もし肉眼で捉えることができていたら――まず不可能だけど――この海底の水が一気に沸き上がってダンジョンも何もかもが露見するのが分かったはずよ」
そんなものがこの艦を襲ったというのか? 自分たちが無事である以上、直撃は免れたようだが。
しかし戦力差がありすぎる。現代科学文明の方が、よっぽど劣っている。
海斗のみならず、泰一も舞香も同じ種類の苛立ちを感じていることだろう。
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