第24話
「うわあっ!」
「きゃあっ!」
「ぐっ! 衛生兵、負傷者を守れ! パイロット、状況知らせ!」
《付近の宙域に落雷あり! 極めて膨大な電力量を帯びた光線が海面下から発せられました! 詳細不明!》
海の中から落雷、だと? 一体何があったんだ?
それも極めて膨大な電力量と言われれば、まさに雷を収束させた光線のようなものではないか。
とにかく早急にこの空域を離脱するまで、機体を維持させなければ。仕損じれば、このまま撃墜される恐れだってある。
と、いうのが、海斗と相模の共通見解だった。
「お、おい、今のは何だったんだ!? 俺は目の前が真っ白になって――」
「泰一、君は伏せていてくれ。舞香、華凛の手を握ってあげてほしい。できるか?」
ぱっと身を引いた舞香だが、すぐさま華凛の片腕をそっと両手で包み込んだ。点滴の針が刺さっていない方だ。それを見届けると、相模が声をかけてきた。
「素晴らしい判断だ、海斗くん。だが我々自身はどうする?」
「わ、分かりません! 流石に未来予知なんかできませんし……。隊長はあなたなんでしょう? じゃああなたが決定してください!」
「ヘリや輸送機に乗る時は、必ずパイロットの指示にしたがうものだ。今の私には――」
《パイロットより全乗員へ。本機は損傷軽微、『しらせ』までの飛行に支障なし。直線ルートで母艦に帰還します》
そのパイロットの言葉に、海斗と相模は顔を見合わせ、ふっと息をついた。
「どうやら逃げられたようだな」
「はい。でも、あの光線については謎が多すぎます。誰が、どこから発したもので、その威力がどの程度なのか」
「ふむ……。海斗くん、君たちが相手をしてきたのが水中に生息する生物だったとしたら、今の光線もそいつが?」
「可能性は捨てきれません。それこそ、僕たちがこのサンダーブレイドのキャビンに移動する時に使った魔法陣……。あの階層にいた、詳細不明の何らかの巨大生物が意識を取り戻して、異物を排除するつもりで攻撃してきたのかも」
「ふむ、あり得る話だな……」
すると、カービンライフルの手入れをしていた隊員が一言。
手を止めて頬を引き締め、こう言った。
「隊長、あれは我々に仇なす脅威となり得ます。今のうちに『しらせ』の兵装で仕留めましょう」
「しかし、『しらせ』は空母打撃群の一翼を担う最新のイージス艦だ。それを轟沈の危機に晒すことはできん」
「では、このまま逃げるので?」
「撤退と呼べ、撤退と。今は下手にあのダンジョンへの接近は避けるべきだ。もし後日、『しらせ』に対しても化け物に関する命令があれば、話は別だが」
「……了解」
これでなんとか、自分たちは危険に巻き込まれずに済むな。
海斗がそう思う頃には、サンダーブレイドは一号機に続き、二号機として『しらせ』の甲板に着陸した。
「さて、遠藤睦監督……。あなたの腹のうちを聞かせていただきましょうか」
相模はぼそりと呟いた。
※
《おお、相模艦長! ご無事か! 皆は?》
「はッ、特戦隊及び先んじて派遣された民間人の男女四名、全員帰還しました。重傷者が一名。現在、本艦の医療室で外科的手術を施しております。命に別状はない、と」
《それは何よりだ! 儂の夢も、ようやく叶おうというものだな!》
高笑いを止めようとしない遠藤を前に、相模は違和感を募らせていた。
今自分の前で腹を抱えているのが、遠藤を模したアンドロイドであることは報告を受けている。
しかし、だ。
遠藤は自分の夢を、亡くなる前にダンジョンの姿を見ることだ、と語っていた。
ところが実際、ダンジョンには特殊な電磁バリアが展開されており、中からは映像はおろか、画像一枚送信することはできなかったはずなのだ。
にもかかわらず、遠藤の表情に落胆や絶望の色は見られない。
「遠藤監督」
《ん? 何かね、相模艦長?》
「そろそろお教え願います。あなたの本当の目的は何なのか」
《そんなもの決まっておろう、この国の平和と安寧だよ》
白々しいことを……!
そう思ったのは相模だけではなかった。海斗もだ。艦長室のスライドドアの隙間から盗み聞きをしている。泰一と舞香もついて来た。
今回の件で、八名が命を落としている。海斗たちを乗せてきた潜水艇の操縦士二名、そして彼らを殺めた戦闘員六名。
戦闘員の行為は許しがたいので、この際除外。
しかしながら、二人の操縦士の命が失われたのは紛れもない事実だ。そして、自分たち四名が危険な場所での過酷な経験を強いられたことも。
だが、海斗の脳にはどこか冷静な部分が残されていた。
そして考えがまとまりかけたその時、まさにその疑問の中身を、相模が尋ねた。
《何かまだ疑問があるかね、相模艦長?》
「はッ、最初にダンジョンに送り込まれた少年少女たちに関することです。彼らの出自を、私は把握しておりませんが……どうしてあの四人が、今回のダンジョン探索の第一陣として送り込まれたのですか?」
《いやいや、あの四人でなければならなかったのだよ。君たちも見たはずだぞ? 彼らが黄金に輝く剣や大槌、弓矢を持って戦っていたのを。まあ、クランベリーに関しては魔術だったわけだが》
クランベリー。そのコードネームを、海斗は数回耳にした覚えがある。
そして、魔術を使っていた人物は、自分たち四人の中では北村華凛だ。
「彼女にモールス信号を覚えるように促したのもあなただ。違いますか、監督?」
《左様。それがどうかしたかね?》
どうかしたのか、だと? 海斗は奥歯をぎゅっと噛み締めた。
確かに、華凛は浮世離れしているきらいがあったような気がする。自分たちより落ち着いていて、緊張感が希薄。一歩離れたところから自分たちを見ているような感じ。
だが、それでも彼女は自分たちと、年齢的に違ってはいないはず。それなのに、こんな危険な任務を?
いや、待てよ。遠藤睦――彼はダンジョンの構造について、詳しすぎやしないだろうか。
海斗たちにしか使いこなせなかった武器のことや、道のりには多くの怪物が存在していること。それを考慮した上で、遠藤の言葉を思い浮かべる。
「まさか……」
海斗は一つの仮説に到達してしまった。
これはこの場で口にするようなことだろうか。相模の許可を得なければ。
しかし折悪しく、相模はすぐさま解散を命じてしまった。ここは怪しまれるようなことを避け、指示に従うしかないだろう。
やはり自分たちのような子供相手では、大人は動いてくれないものなのだろうか?
唇を噛みしめながら、海斗は泰一に続いて艦橋から追い出された。
※
海斗たち三人が通されたのは、デスクと椅子が数脚置かれただけの、素っ気ない部屋だった。
三人いるだけでも閉塞感を感じるが、ここが海の上で、しかも海中から何かに狙われていると思えば、自分たちが文句を言える筋合いではあるまい。
考えることが多すぎて、三人共口を開こうとはしなかった。
自分たちの処遇はどうなってしまうのだろう? 口封じのために殺されるほど、マズい状況だろうか?
視線を落とし、嫌な想像を打ち消そうと試みる。するとまるで空気を読んだかのように、コンコン、とドアがノックされた。返事をする間もなく、向こうから押し開かれる。
「失礼しまーす。いやあ、ごめんごめん! 大変なことになっちゃったわね」
「あ、あなたは……?」
「ん? ああ、そうね。私は池波。池波美香・一等海尉。仮の身分だけどね」
ぺろりと舌を出す池波は、小声で話しながらも周辺状況を把握していたらしい。
「さ、この艦の潜水型艦橋へ。急いで、でも静かにね」
自分たちがどこへ連れられて行くのか、さっぱり分からない。だが今のところ、池波に従うしか、状況打開の術はないようだ。
「私があなたたちを医務室に連行するふりをするから、黙ってついて来て。顔を上げないでね」
海斗たち三人は、池波の指示に素直に従った。
普段なら、イージス艦の中などという非日常的な空間において、好奇心を目一杯に膨らませていたであろう三人。
だが、今はそれどころではなかった。当然だ。あれほど奇妙で危険なダンジョンを歩んできたのだから。イージス艦と違い、今はもう失われた科学技術によって創造されたダンジョンの中を。
足早に廊下を進み、池波の踵を追いかける海斗たち。
しばらく歩んでいくと、分厚い金属製の扉に行き着いた。
「そんなに気負わなくても大丈夫。今のところ、このあたりの監視カメラにはダミー画像が流れてる。さ、この扉の先に。まずは言い出しっぺからね」
邪気のない笑みを浮かべ、池波は自分が先頭で扉の向こうへ足を踏み入れた。
「さて、このあたりでいいわね。私があなたたちと遭遇したのは偶然だけど、これも何かの縁、ってやつ。少しだけ待って」
海斗の耳に、クリア、という声が届く。安全を確保したという意味のようだ。
池波は謎の空間の方へ顎をしゃくってみせた。入れ、ということらしい。
そこには金属製のパイプや何らかの製造カプセルがところどころに連結していて、何のために使うのか分からない金属製の物体や装置などが雑然と並んでいた。
「ダンジョンであなたたちは自分の過去を他の皆に聞かせていたのよね? 今話すべきことはそれじゃないんだけど。質問があったら受け付ける。代わりに、あなたたちには私の手伝いをしてほしい」
「手伝い?」
「ええ。どうやら私は、遠藤監督を止めるべき立場にいるようだからね」
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