第13話
前方を見ると、華凛が右腕を突っ張り、薄緑色の板を展開していた。バリアのようなものだろうか。
「海斗さん、気をつけて! そのあたりは足元をすくってくる葉がありますわ!」
「わ、分かった! ってうわあっ!?」
言わんこっちゃない、というところか。海斗はつるりと、見事にすっ転んだ。
後頭部を強打せずに済んだのは幸いだ。が、仰向けになった彼を放っておくほど、海草も甘くはなかった。
まるでゴムでできているかのように、海草の一部がしなったのだ。その向きは海斗の反対側。つまり、思いっきり圧縮した反動を活かし、海斗を叩き潰すつもりなのだ。
「くそっ!」
海斗は剣を抜いたものの、戦術が思い浮かばない。一旦退かなければ。
その僅かな逡巡を、海草は逃さなかった。
バシィン、という打撃音に、ごろごろと石材の散らばる音。
ああ、自分は死んでしまって――。
「って、死んでない……?」
なんとか瞼を開いてみると、海斗の目と鼻の先で、海草の先端部が固まっている。
微かに振動しているところからすると、無理やり何らかの力で押さえつけられているようだ。
これは、まさか。
「華凛! これは君が授かった魔術なのか?」
「そうですわ! 急いでその葉の下から脱出して!」
「了解!」
ごろごろと転がりながら、海斗は今度こそ斬撃を見舞った。
自分を潰そうとしていた葉を、勢いよくぶった切ったのだ。断面からは、真っ赤な鮮血が流れている。
海草にこんな色の血液が巡っているとは考えづらかったが、こいつらは飽くまで化け物だ。気にしたら負け、というやつだろう。
華凛のそばまで引き返す。彼女の視線の先にあるのは、球根状の物体だ。そこから全ての葉が枝分かれし、侵入者を叩き潰してきたらしい。
すると華凛は、両手を翳してより多くの魔力を注ぎ始めた。妖しい光が海草そのものを包み込む。
「海斗くん、今!」
「よし!」
魔力強化された足の筋肉を活かし、海斗は一気に跳躍。剣を思いっきり真下に向け、叫んだ。
「おらああああああ!!」
海草の葉が生えている、つむじ状の部分。そこを抉り取らんばかりの勢いで、剣の切っ先が刺し込まれる。これには参ったのか、ぎりぎりぎりぎり、と歪な声を上げて海草は痙攣した。その球根から葉の先端までが脱力し、海草は完全に息絶えた。
「……だはあっ!」
両膝を床につき、剣を投げ出しながら海斗は深呼吸を一つ。
「おい、無事か海斗!」
振り返ると、大槌を担いだ泰一が駆けてくるところだった。
「……無事に見えるか? いや、それでもお前の方が重傷だろうに……」
泰一に聞こえたかどうかは定かではない。だが、海斗が思いっきり振り回され、再び衣類の洗濯と消臭が為されたのは確かだ。
※
クランベリーからの通信が頻繁になってきていることに、相模はどうしたことかと考え込んでいた。今は『しらせ』のCICに詰めているところ。
こちらからの通信は不可能だし、新しい命令や作戦計画の変更を伝える術もない。
となると、クランベリーは何らかの危機的状況に陥っているのか?
いや、それにしては通信内容が平常すぎる。正体がバレて脅された際に送る緊急信号も、受信したモールス信号の内部には含まれていない。
「慣れてきたのか? そういう時が一番危ないんだがな……」
「艦長、何か?」
「いや、何でもない」
副長を一瞥し、素っ気なく答える相模。艦橋に出る、とだけ告げてCICを出ようとする。
だが、そうはいかなかった。
「艦長! 艦内より緊急通信!」
「回せ」
艦内から緊急? 何のことだ? だが気づいた時には、相模はスライドドアわきのコンソール前に座り、ヘッドフォンを装着していた。
「こちら艦長の相模だ。何があった?」
《艦内巡回中の警備員二名が昏睡状態で発見されました!》
「負傷の度合いは? 息はあるか?」
《はッ、二人共軽傷のようです。やや強めの睡眠薬を外部から注入された模様です》
その後、現場の詳細と二人が気絶させられた時刻を尋ね、相模は狭い廊下へと歩み出した。
船員たちに不安や疑念を与えないよう繕いはしたものの、本当は相模だって駆け出したかった。
「この艦内で何が起こっているんだ……?」
と呟いたのと同時、キュウウウウン、という謎の機械音がした。それはどこか、自らの断末魔を広めるために発せられた最後の咆哮のようにも聞こえた。
「こんな機械音を発するのは……!」
そう言うや否や、今度こそ相模は駆け出した。
今響き渡ったのは、電力機材が破壊された音だ。もしこの艦の情報が引き出され、悪用されたとしたら。
悪用――他国への技術流用だろうか。自国の研究材料にでも使う気か。
いずれにしても、待っているのは莫大な被害額と自衛隊装備の脆弱化だ。ここで防がなければ。
被害報告のあったスパコンルームへ到着する前に、相模は小型のイヤホンから多くの状況報告を受けていた。救命ボートが一隻も使われていないことから、犯人はまだ艦内にいるものと判断。
メインのスパコンがどう破壊されたかは不明だが、まだ船内にいるとすれば、第二、第三のスパコンを壊して回る可能性だってある。
「この艦のスパコンを全部ぶち壊す気か……」
犯人が単独犯だと仮定して。
相模はまず、身内を疑ってみることにした。が、怪しい人物が思い浮かばない。逆に言えば、全員が不審人物に思えてくる。
では、外部から来た者たちはどうだろう?
遠藤睦・監督役は足が悪い。こんなスパイじみた行動は取れないだろう。
「ということは……」
他に外部の人間と言えば、池波美香・一等海尉だ。
「副長、池波一尉がどこにいるのか、そこから探れるか?」
《はッ……、更衣室から一歩動いておりません》
動いていない? どういう意味だ?
ああ、発信機が付けられる恐れを鑑みて、別な服に着替えたのだ。
「じゃあ今、彼女はどこにいるんだ?」
呟きながら、無精髭の生えた顎に手を遣る相模。だが、想像力が足りなかった。まさか自分の頭上三メートルという近距離で、池波が息をひそめているとは。
※
「……」
口元に手を当て、呼吸音を漏らすまいとしながら池波は状況を窺っていた。
彼女がいるのは、『しらせ』各階に設けられた空調ダクトの中だ。うつ伏せの姿勢で、小振りの懐中電灯を片手に匍匐前進で移動している。
自分はさっさと第二通信室に向かわねばならない。だというのに、下の廊下から伝わってくる会話は無視できるものではなかった。
「副長、手隙の乗員を使って第三通信室へ向かってくれ。私は第二通信室に向かう」
《了解》
これで、任務の達成はより困難になったな……。
池波が事態を重く見たのも束の間。
「ッ! 艦長、一体何を!?」
何だ? 何が起こっている? 相模が何か仕出かしたのか?
疑問と興味がごった煮になった状態で、池波はダクトの隙間から廊下の様子を見ようと試みる。
そんな彼女の耳たぶを、凄まじい金属音が掠めていった。ダンダンダンダン、と四発。海自の指揮官用にカスタムされた、大型拳銃だ。
「そこにいるんでしょう、池波一尉。そこは狭い。下りてきてもらえるか? 話がしたい」
あまりに呆気ないバレ方である。だが、目の前に真新しい銃痕が四つも空いているのを見るに、自分は相模に従うしかないようだ。
「……分かりました。武装解除をしますので、拳銃を預かってください」
「了解」
さっと相模の部下がダクトの真下に回り込み、ネジを外す。
「どぉうわっ!?」
頭から落っこちてきた池波を、相模がそっと受け止める。それからすっと右手を翳した。
射撃待て、のハンドサインだ。池波が武装していて、しかも艦長に支えられている状態では、誰だって拳銃を向けるくらいのことはする。
「なるほど、用意周到でいらっしゃるようだ」
「……」
廊下に足をついた池波は、なんとも悔しげな様子でもう一つの武器、小振りのコンバットナイフを懐から取り出し、床に置いた。
「これで全部だな?」
「お尋ねになる必要があるのですか?」
「いや。ボディチェックの手間が省けると思ってな」
「私は侵入者です、そんな人間の言葉を信じるのですか?」
普通は信じやしないだろうが……。と言いかけて、相模は空咳を一つ。
「今回の事案では、民間の少年少女四名が危機に陥っている。貴官にも、彼らの救出に協力を願いたい」
「は、はあ……」
なんとも呆気ない展開に、池波は素直に相模に連れられて行った。
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