第81話 鏖殺の異端審問室

 ガブリエラは教授とちびっ子が走り去っていくのを見送りながら、巻貝の通信機に口を寄せた。


「というわけだ。第二フェーズ『一網』に入る。アタシの石化の邪眼にも回数があるからな。なるべく集めてくれよ」


『チッ、仕事の早い……畏まりました、猊下』『あわわわわ、わ、分かりましたぁっ!』『はぁ~いっ。じゃあ教授周りから外れて、ボチボチやります~っ』


「お前らはこの危機を前に相変わらずだな……」


 ガブリエラはため息交じりに、直属の部下たちの声を聴く。


 向上心がありすぎて、ガブリエラの立場を追い抜かそうとするオト。


 精神を操る能力の影響で、自分まで極度の不安症を抱えるロチータ。


 安全になれすぎて、いつも緊張感に欠けているミノラ。


 だが、全員強力な怪物少女だ。ガブリエラの施す高強度訓練を乗り越えて、異端審問室でも室長直属の地位に納まっている。


 ガブリエラは大鎌を構えて、号令を出す。


「教皇室の構造を頭に入ってるな? 追い立てるルートも問題ないな? ここから先は、いかに素早くやれるかにかかってる」


 部下たちは無言でガブリエラの鼓舞を聞く。ガブリエラは息を吸い、強く言った


「フキはどうせ聖下の寝室だろう。なら、眷属を合流させないのがアタシたちの役目だ。―――総員! 異端の眷属は鏖殺だァ!」


『拝命しました、猊下』


 巻貝の通信機越しに、声がそろう。ガブリエラはニィイと凄惨に笑って、駆けだした。




         Δ Ψ ∇




 異端審問室の作戦はこうだ。


 ガブリエラの必殺技と言っていい『石化の邪眼』は、回数制限がある。フードを被ってから三回。三回打つと得た神性を失って、フードをしばらく脱がないと回復しない。


 だから、可能な限り温存しながら、眷属たちを一部に集まるように追い立てる。というのが基本的な作戦方針だ。


 しかしいつもと違うのが、指揮権は教授にあるということ。


「さて、お手並み拝見と行きましょうかね」


 ガブリエラは、呟きながら駆けだす。この一帯はガブリエラの石化の邪眼で、敵はみんな石化した。だから、次の敵を探しに向かったのだ。


 その時、ぴり、と何かがガブリエラの体に走った。何か、こう、『戦闘が始まった』と体が直感するような、何かが。


「……これは、教授が……?」


 ガブリエラは奇妙な高揚感に包まれながら、高速で道を駆け抜ける。分かれ道。本来なら通信機で状況を確認するところだが、ガブリエラはそうしなかった。



 不思議な直感と共に、ガブリエラは迷いなく走り続ける。


 すると、そこにはロチータと眷属たちが、フキの眷属たちと交戦していた。ガブリエラはそこに合流する。


「げ、猊下っ! 助かりましたぁっ!」


「状況は!」


「あわわわわ、れ、劣勢ですぅっ。普通の攻撃ならこっちも無敵みたいなものですけど、敵の光線はこっちの防御を破ってきますぅっ」


 ガブリエラは舌を打つ。ロチータは非物質的な性質を持ち合わせた怪物少女で、大半の攻撃は無効化するが、一部の魔術的攻撃にはめっぽう弱い。


 そこで、ガブリエラ、ロチータの二人は、教授の指示だろうか、すべきことが明確に分かってしまう。


「ロチータ」


「は、はいぃ、猊下」


 ロチータは情けない声で返事しながらも、迷いなく腕を前に伸ばした。不可思議な渦が発生し、敵の中に弾ける。


 すると、敵の動きが見るからに鈍化した。光線を放つのも予備動作が発生し、そのおかげで眷属たちが敵の攻撃を避けられるようになる。


「おいロチータ。この能力、初めて見たぞ」


「あ、あわわわわわ。い、いつものならほとんど失敗してる能力なんですぅ……。でも、今だけは、失敗する気がしません……?」


 ネガティブさに高揚感が混ざり合い、ロチータのテンションは妙なことになっている。ガブリエラは「なるほど、これは評判がいいはずだ」とほくそ笑みながら、枷に触れた。


 ガブリエラの枷は、怪物少女として普通の生活を送るのに余分な力を封じるためのものだ。外せば外すほど体温が上がり、生まれた時から握っていた鎌が赤熱していく。


 バチンッ、と音を立てて、ガブリエラは首の枷を外す。携える大鎌が赤熱していく。ガブリエラは凄惨に笑って、踏み込んだ。


「なら、大暴れさせてもらいますよ、教授」


 鎌を一閃、二閃、三閃と振るう。ひとたび振るうと敵の眷属たちが燃え切られ力尽きていく。敵の速度は遅く、ただでさえ避けられないガブリエラの鎌が外れる訳がないほどになる。


「ギャハハハハハハハ! こりゃあいい! こりゃあいいですよ教授!」


 ガブリエラは躍動し、目の前に展開される敵を次々に切り伏せた。そうしている内に、自力ではなかなか外せない二つ目の枷まで外せる気がしてくる。


「……マジですか、教授」


 ガブリエラは右手の枷に指をかける。外れる、という直感に従って、枷を外す。バチンッ! と大きな音を立てて枷は落ち、さらに鎌が赤熱していく。


「―――いい」


 ガブリエラは、笑みを堪えられなくなる。


「まさか、まさかですよ。教授。ここまで全力を出せるなんて。ハハ! ああ、楽しくなってきた。楽しくなってきたぞ! ギャハハハハハハハ!」


 視界に収まるすべての羽樽の怪物たちを切り捨て、ガブリエラは高笑いをあげる。


 鏖殺は、止まらない。

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