第80話 対フキ防衛線
結論から言うが、フキの侵入をそもそも許さない、という方法を摂るのは不可能だ。
フキが使う『原子、分子を混乱させる光線』は強力で、建物ならすべて無効化できてしまう。光線を当てて一定時間中に触れれば、それだけで崩壊だ。
そう俺が言うと、ガブリエラはどうやって防衛すべきかを悩んだ。直接教皇の眠る部屋にたどり着かれたら、暗殺なんて簡単だからだ。
そこで、ダニカが言った。
『教皇聖下を起こしてしまえば、暗殺など不可能なのでは?』
ガブリエラに戦慄が走った。ず――――っと寝ていた教皇の目覚めなど、頭からすっぽ抜けていたのだろう。
そういう訳で、防衛体制は以下のような形に決定した。
・教皇室のどこに侵入されてもいいように、等間隔で異端審問室の人員を配備する。ただしフキに感づかれない様に、教皇室管理官の変装をするか隠れて潜む。
・教皇が起きるまでは絶対に侵入されないように、教皇の寝室を囲うように魔術的防御を敷き、それを守る人員を配備する。
・教皇を呼び起こすための儀式を行う。
「―――では、お願いします、教授」
「ああ、任された」
手続きを終えたガブリエラによって、俺はリリと共に遊撃班に分類されていた。
インスマウス教会三姉妹は、全員教皇を目覚めさせる儀式を行うということだった。一方ガブリエラを始めとした異端審問室の面々は、眷属たちの指揮を執って防衛につくと。
「教授に限って言えば、アタシが動き方を決めるよりも、自由にしてもらった方がいいでしょう。ちびっ子と、あとはミノラを付けますので、うまく動いてください」
「よっろで~すっ。あ、あたし全然正面から戦えないので、そのつもりでお願いしますね~っ。不意打ちなら問題ないですよ~っ」
ミノラは気の抜けた笑みで、おちゃらけている。ちなみにバックサポートアタッカーとしてのミノラはちゃんと強い。普通に攻撃力があるしついでに回復までやってくれる。
そんな訳で、俺たちはなるべく目立たないように、教皇室の建物を徘徊していた。
「……きょうじゅ、豪華だねぇ~……」
「そうだなぁ」
ゲームの背景でも豪華な建物なんだな、とは思っていたが、いざ実際に歩いてみると、何というか荘厳さがすごい。
大理石の床。高い天井。重厚な柱。いたるところに飾られるよく分からない怪物の像。
教皇室の人員は、上での掛け合いで全員休みになったそうだ。可哀想になぁ、と俺は思う。この戦闘でほぼすべての飾りが壊れる運命にあるのだ。明日の修理修繕は大変だろう。
「さて」
俺が立ち止まると、リリも足を止めて首をかしげる。
「きょうじゅ、どうしたの?」
「んー。まぁなるべく油断してた方がいいからな」
「りゅー?」
「つまりさ」
俺はリリに言う。
「俺たちがフキの不意を突きたいように、フキだって俺たちの隙を突きたいわけだ」
俺は言うなり、素早くリリを抱き上げ跳躍した。その直後、俺たちが立っていた足元が崩壊する。
「りっ、りーッ!?」
「さぁそなたら! 襲撃の時間だよ! 教皇の寝室は流石に防御が固かったが、すべて飲み込んでしまえば同じというものさ!」
地面に空いた穴から、フキとフキの眷属の羽樽が、わらわらと這い出てきた。そこに慌ててミノラが壁から顔を出す。
「ご、ごめんなさい~っ。地下通路は監視してたんですが、今になっていきなり姿を現して~っ」
「フキはいろいろ技術持ってるからね。透明化でもしてたんだと思う。気にしないで」
ミノラは「異端審問室の目というプライドが~っ」と涙目で壁の中に引っ込んでいく。そこでフキが、俺たちを見つけた。
「おや……足音の主を景気づけに殺して登場したつもりだったがね。まさかそなただったとは」
「やぁフキ。昨日あれだけ叩きのめしたのに、今日も元気だね」
開幕パンチで煽っておくと「そなた……ッ」とフキはブチギレモードだ。
「ハ! それで言えば、そなた随分油断した様子でここにいるではないか。どうせわしが死んだという報告を聞いて、悠々構えていたのだろう? 肩透かしをさせて済まなかったな!」
「はははっ、逆だよ逆。フキが油断するように、俺も油断してたふりをしていたのさ」
俺が指を鳴らすと同時、音を聞きつけて異端審問室の眷属審問官たちがぞろぞろと集まってくる。フキは「ほう……?」とフキは吟味するような目。
「まさかこの場の襲撃まで読まれているとは驚いたが……その程度で、わしを止められるものと?」
「その程度? こっちにはリリもいるんだぞ?」
「そ、そうだー! ふ、フキ! と、とっちめてやるからなー!」
棒読みで、震える声で、リリは宣言する。だが、フキはリリを歯牙にもかけない。
「……そなたがか? 一喝したら動けなくなった臆病者のそなたが? 自分の能力一つ使うのでさえ、あれだけの勇気を振り絞る必要のあるそなたが、わしの前に立ちはだかると?」
「ぅ……」
木面越しに睨まれ、リリは怯む。だが俺の服の端をぎゅっと掴んで、果敢に言い返した。
「そうだよ! リリはねっ! 強くなったんだよ! だから、フキのこと止めるの! よく分かんない奴の洗脳を、解いてあげるの!」
「何を言っているのやら。まぁよい。そういうのならば―――」
羽樽眷属たちが、一斉に羽を広げた。
「止めてみるがいい。我が軍勢を」
フキの眷属たちが、猛威を振るう。
ただでさえ巨大な眷属たちが、魚人の審問官たちを吹き飛ばして進んでいく。爬虫類めいたロチータの眷属たちが透明になって難を逃れようとするも、フキの光線で崩れていく。
「数がそろっていれば、この程度よ! ハハハハハハハ!」
フキも自らの羽を広げて、俺たちを飛び越して飛んでいく。お前羽あるのかよ。眷属に羽があるんだからあるかそりゃ。
「リリッ! 追うぞ!」
「う、うん!」
俺はリリと共に、大理石の床を走り出す。
フキたちの軍勢は建物中に行き渡り、どんどんとこちらの人員を駆逐していく。怪物少女のようなトップ層はこちらの方が上だが、数を用意できる眷属がフキは強い。
予想していたことだった。申し訳ない話だが、やられていく彼らのほとんどは捨て駒だ。俺は怪物の一体一体を尊重しない。俺が愛し守りたく思うのは、怪物少女だけだ。
つまりは、異端審問室の眷属たちには、足止めの役割さえ果たしてくれればいい。
「これを、掃討するのですね」
展開する羽樽の怪物たちを前に、甲冑を交えたサーコートを身に着けて、聖騎士オトが現れる。渦や触手を思わせる穂先の槍を携えて、カツカツと足音を鳴らす。
それに襲い掛かるのは、身の程知らずの羽樽ども。光線を浴びせ、オトを始末しようとする。
その直後、連中は地に沈んだ。オトの槍は水をまとい、羽樽たちを正確に穿つ。
「数がいますが、まぁ問題ありません。肝心なのは」
オトは、真剣な目つきでこう言った。
「わたくしが、猊下よりも敵を狩ることだけです!」
「……」「えぇー?」
俺とリリが並んで呆れる。オト、格好いい姿で、言ってることが最悪だった。
「チィッ! そなたら、ここは任せたよ!」
フキは言い捨てて、迂回路を取る。
別動隊がいるのか、行く先々でも戦闘が始まっていた。怪物少女や、強い怪物が控えている場所は優勢だが、他は大概劣勢だった。
とにかく怪物たちがごった返していて、進むに進めない。フキは空中で移動しているので、見失ってしまう始末だ。
「きょうじゅ! 危ない!」
リリがマフラーを広げて、光線から俺を守ってくれる。「ありがとう!」と礼を言いながら物陰へと逃げ込む。
かなり激しい戦いになりつつある。この分ではフキも自由に動けないだろうが、俺たちだって同様だ。
俺は概ね狙い通りだと、ガブリエラから受け取った巻貝式連絡機器で報告する。
「ガブリエラ。連中は油断して、自分が攻め入る側だと認識して暴れてる。そっちはどう?」
『ええ、教授。魔術による追加詠唱で、建物全体に内向きの防御壁を構築しました。これで連中は逃げられません』
「それはよかった。では第一フェーズ『混水』の完成を報告する。第二フェーズに移ってくれ」
『了解しました、教授。というわけで、オト、お前の時間は終わりだ』
からかうように、ガブリエラは言う。
『ここからは―――異端ども、苦しみの時間だぜ』
ガブリエラが言った直後、俺たちの周囲にいた羽樽たちのすべてが、一息に石化して、地面に墜落した。
「ギャハハハハハハハ! この瞬間はいつだってたまんねぇなぁ!? 異端ども! 呼吸も出来ず、内臓以外の何も動かせず、生きたまま石にされる気分はどうだぁ!?」
どうやら近くまで来ていたらしく、「どうもお待たせしましたね、教授」とギザ歯を見せて、不敵にガブリエラは笑う。石化のために、フードを被っていた。
「連中の一番の強みは眷属の平均的な強さと数でしょう。つまりは、アタシの出番だ。タイマンでもアタシは強いつもりですが、そちらはそこのちびっ子に譲りましょう」
「りっ? り、リリ?」
「ああ、お前だちびっ子。親なんだろ? なら、お前が叩きのめすべきだ」
ワシワシとガブリエラが雑にリリの頭をなでる。「ガブ……」とリリはキラキラした目でガブリエラを見上げている。
「ガブリエラ、ありがとう。指揮は任せてほしい」
「作戦立案段階でも聞きましたがね、走りながらできますか?」
「まぁヘロヘロだったら無視してくれていい。けど、やりやすいって評判だよ?」
「……ま、いいでしょう。普通の指揮でも、考える負担を誰かに任せられるなら儲けものだ。お試しで指揮権は預けます」
俺は頷き、リリは「じゃあ行ってくるねガブ!」と返す。ガブリエラは「ガブ、ねぇ。気安く呼んでくれちゃってよ」と嬉しそうに笑い、再び戦乱の中に身を投じていく。
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