第79話 フキの次なる手

 朝食を食べ終えた頃に、教会の入り口扉からノック音が響いた。


 出迎えると、そこに立っていたのはガブリエラ率いる異端審問室だった。四人は神妙な顔で迎えたパーラに会釈して、教会の椅子並ぶ大部屋の中央を、俺の元まで歩み寄る。


 そして、ガブリエラは言うのだ。


「教授、昨日の嘆願についてですが、残念ながら―――侵略者フキは、捜索先で眷属ともども死亡しておりました」


「え――――」


 言葉を失ったのはリリだ。昨日の決心、覚悟。そういったものが根底から揺るがされ、膝から崩れ落ちる。


 それを、俺は支えた。それから、ガブリエラに言う。


「立ち話もなんだから、まぁ座って、ゆっくりその話を聞かせてよ」


「ええ、もちろんです。……申し訳ない。嘆願を聞いた以上、生きて捕まえるつもりではいたのですが」


「それも含めて話そう」


 俺が促すと、異端審問室の面々も、インスマウス教会の面々同様に席に着く。唯一キッチンにいたパーラが、人数分のお茶を淹れて並べていく。


「まず、そっちの調査状況についていくらか聞いておきたい。俺の想定とズレてたらマズイから」


「ええ。……昨晩にかけて脱出路と思われる道を捜索していたところ、第二の拠点と思しき廃墟を発見したんです」


 ガブリエラは、淡々と状況を語る。


「倉庫のようでした。武器や工作用の機器はほとんど壊されていて、おそらく窮地に陥って内部的な争いがあったんだと思います。オト」


「一部猊下に言われて回収したものです。敵の武器になります」


 オトが背負っていたらしいフキの武器を机に載せる。確かに破損していた。俺は頷く。


「死体は?」


「検死班を向かわせました。今頃眷属たちの一部と、フキの検死を行っているものかと」


「そっか」


 俺はお茶をすすってから、チラとリリを見る。リリはポカンとして、焦点の合わない目で机を見つめている。


 俺は報告だったと安堵の息を吐いてから、言った。


「ガブリエラ、それ偽装工作だよ」


 その一言でリリがバッと顔をあげ、みんなが驚きの目で俺を見つめる。


「……はい? いえしかし、この目でちゃんと」


「この状況で自害するなら、フキは絶対に一人で自殺して、主失いを残して少しでもルルイエに被害をもたらそうとするはずだ。なのに、ご丁寧に眷属ともども自害なんておかしい」


 俺の指摘に、異端審問室の面々はざわめく。それをガブリエラは制して、俺に返答した。


「……なるほど。確かにその可能性は高いです。連中はミミ同様、未知の技術に長けていますから、偽装工作も通りやすい」


 というか、それも知っていた奴ですか。ガブリエラに聞かれ「まぁね」と俺は肩を竦める。


「ごめんね。教えたら俺の知っている状況と変わって、今後の展開が読めなくなる可能性があったんだ。だから伏せさせてもらった」


「振り回してくれるものです。では、次にフキは何を」


「うん、その話をしたかったんだ」


 一息置く。それから、俺は話し始める。


「フキは今追い詰められている。だから、俺たちが回収したあの計画はすでに棄却済みだ。偽装工作も、おそらく検死班が数時間後に見破る。多分フキの死体はリリの眷属で作ったものになる」


 みんなの視線がリリに集まる。リリが「え? え?」と慌てている。


「きょ、きょうじゅ? リリ、そんなことできるの?」


「そのマフラーがまずそうじゃん」


「……確かに」


 リリは自分事なのに、感心の目で頷いている。ガブリエラは微妙な顔だ。


「ちびっ子。結局お前は何なんだ?」


「フキのどれ……娘!」


「娘ぇ!? あいつ娘いるのか。そんなに似てないが」


「正確に言えば被造物だね、ガブリエラ。リリは眷属ともどもフキの種族に生み出された。怪物少女だから、それは親子だよねって話を昨日してたんだ」


「はぁ……まぁそれはいいですが。それでちびっ子。お前はフキを追い詰めようとするこの状況で、どういう立場なんだ」


「フキをぶちのめす! でも、フキにも色々あるみたいだから、それで許してあげるの」


「……なるほどな、確かに親子らしい」


 リリはいい笑顔で言い、ガブリエラにも思うところがあるのか、リリの説明に頷いていた。「話を戻しますが」とガブリエラは俺を見る。


「フキの偽装工作が検死班に見破られる、という話でしたね。奴もバカじゃない。恐らくその程度は織り込み済みで動くはずです」


「そうだね。そうやって動くよ」


「つまり、この数時間以内に行動を起こすとして―――奴は、何をするというんですか」


 俺は息を吸って、答える。


「―――『眠れる教皇』ティアの暗殺」


『―――――ッ』


 全員が息を呑む。俺は続ける。


「フキには、今までみたいに丁寧に事を進めるという発想はもうない。追い込まれているから、短い時間で最大効果をもたらす方法を選ぶ」


「それが、教皇聖下の暗殺ですか」


「ああ。ルルイエのトップの暗殺は、それそのものがルルイエ正教の信仰を根底から揺るがすし、それ以上に……教皇の化身が、そのまま主失いとなって暴れだすことになる」


 怪物少女には、それぞれ眷属がいる。


 多くの怪物少女の眷属は複数、多くは種族単位で存在するが、眷属がたった一体の怪物少女もいる。


 そして、そういう怪物少女の眷属は、『唯一眷属』―――あるいは、『化身』と呼ばれ区別されるのだ。


 ―――という話を、以前尋問室でガブリエラから教わった。


「化身は強力だ。教皇のモノになればより一層ってものだろう。それが主失いになれば、かなりひどいことになる」


「……率直に申し上げるなら、悪夢ですね」


「そ、それが数時間以内に起こるってことですか……!? あ、あわわわわわわ、い、今すぐ、今すぐ何とかしなきゃじゃないですかぁ……!」


 異端審問室の慌て役、ロチータが慌てだす。ガブリエラが「まぁ落ち着け。方針を決めんことには動けん」と腕力でロチータを抑え込む。


「ではつまり、フキはルルイエ正教、その中でも『教皇室』を襲う、ということですか」


「そうなる」


「オト、いますぐ教皇室に行って、防衛体制を敷く許可をもぎ取ってこい。ミノラは単独で地中から教皇室周辺を監視しろ」


「人使いが荒いですね、猊下。いつかその座を奪ってやりますのでお覚悟を」


「アハハ~っ、いつものことじゃないですか~っ。むしろあたしは、危なくない扱いで使ってもらえる分気が楽ですよ~っ」


 聖騎士オト、監視役ミノラの二人が、それぞれのコメントを残して去っていく。


「それで」


 ガブリエラは俺に詰め寄るように言う。


「奴は、どんな手で襲ってくるんですか」


「それも含めて、どうフキを待ち構えるかを話し合おう」


 挑むように、俺は笑う。

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