第76話 フキの逃げ帰る先
ダニカの一撃で、ゲーム画面上では『Combat Victory!』の文言が煌びやかに浮かんでいた。
だが、現実とゲーム画面では状況に齟齬がある。勝利は勝利したのだろうが、フキはよれよれの動きでなおも眷属に乗って移動し、フラフラと速度を落としながら逃げていく。
「逃がさない」
頼もしいのはミミだ。このパンク系作業ガールは巧みに車両を操作して、フキの逃亡を許さない。
そうしてたどり着いたのは、ルルイエでも外れの方、廃墟と呼んで差し支えない場所だった。フキがそこに入るなり、入り口という入り口のすべてが自動で閉ざされる。
俺たちはその目の前で車両を止めて、それぞれに下車した。それから各々近づいて、難しい顔で建物を見上げる。
「ここ、か」
「教授、どうしますか? 氷砲で押し入ってもいいですが」
「そうだな。その方法で頼むよ」
「はいっ」
真剣な面持ちで、ダニカは氷砲でもって防衛壁を打ち砕く。そうすると暗闇に包まれた道が現れた。俺たちは目配せしあう。
「中は、どうなってるかね」
「わ、分からないですね」
ハルが緊張した顔で言う。まぁ分かるはずもない。
陣形的にタンクになるリリを前に置いて進みたいところだが、肝心のリリは先ほどのカーチェイスで勇気を出し切ってしまったらしい。俺の腕を抱いてパーラの手を握っている。
「リリ?」
「……」
「リリちゃんや」
「……こわいのやだ」
この始末である。まだまだ子供という訳だ。可愛いね。
どうしたもんかな、と思っていると「よう」という声が背後から聞こえて、俺たちは振り返った。
「あ、ガブリエラ」
「こんにちは。身の潔白の証明はミノラがしてくれましたよ、教授。いやはや、あなたのような底知れない方が味方で、アタシとしては一番の大荷物を下せた気分です」
「もしかして、俺が一番の心労だった?」
「ええ。もちろん」
二人して笑い合う。
そんな訳で、異端審問室の四人がここに集まっていた。大鎌を携え、ギザ歯で笑みを浮かべる室長ガブリエラ、右腕の聖騎士オト、側近のロチータ、そして監視役のミノラだ。
「詳しい話は聞きました。教授は間違いなく潔白。そちらの……リリ、でしたかね。事情があるようですが、情状酌量の余地あり、という見方でいます」
ま、どこかで詳しく事情聴取はさせて貰いますがね。ガブリエラはおどけた様子でそう言った。
「助かるよ」
「先ほどの派手なチェイスを見たら、そう思わない方がおかしいですから。ちびっ子、よく頑張ったな」
ガブリエラが、リリの頭をワシワシと撫でる。リリは少し照れた様子で「うぅ」と呻く。
「お疲れでしょう。ここから先の調査は我々でしますよ」
「いいや、俺も中で見ておきたいものがいくつかあってね。ガブリエラが行くなら、それに同行させてもらいたい」
「ふむ……ここまでくると、無関係と言って突っぱねられませんね。いいでしょう。教授の身柄はアタシが責任を持ちます」
では行きましょうか。言って、ガブリエラはズカズカと入って行ってしまう。性能的にタンク並みに固いからできる動きだ。範囲アタッカーなのに。
「疲れてる人はここに残ってていいよ。リリはどうする?」
「……いく。きょうじゅのこと心配だから」
「ありがとう、リリ。他にもついてきたい人だけついてきて」
言って俺が歩き出すと、結局ミミ以外全員ついてくることになった。疲れているだろうにタフだなぁ、と俺は思う。ミミは「今後ともごひいきに~」と言って帰った。
中の真っ暗の道を進む。そうしながら、半歩前を行くガブリエラが俺に話しかけてくる。
「オミュールを締め上げたら、テロリストの声明を隠していました。よくある悪戯と判断したそうです。今回はその悪影響はありませんでしたが、ハァ、まったくあいつは……」
「まぁまぁ。悪戯と思う、ってことはその手の問題には慣れっこなんだろうね。それに都度対応してたら、苦労するのは異端審問室だろうし」
「異端審問室なんて、無用に駆けまわってるくらいがちょうどいいんですよ。それで結果平和なら言うことはありません」
「おぉ。考え方が立派だなぁ……」
俺が言うと、ガブリエラは照れくさそうにターコイズブルーの髪を耳に掛ける。
最奥にたどり着くと、ちゃんと使われていそうな廊下と空間があった。だがフキもその眷属たちもいない。
代わりに目立つのは、床の散らかり方だ。散乱する物品は、急いで荷造りした際に取りこぼしたものだろう。かなり散らかっている。
「各位、ここを探れ! 逃亡ルートが分かれば報告し追跡!」
『拝命しました、猊下』
声を合わせて言い、三人のガブリエラ直属の怪物少女がそれぞれの部屋に散っていく。他の皆も思い思いに動き始める。唯一リリだけ俺の背中に引っ付いて離れない。
俺はというと、リリを背中に、ガブリエラと歩調を合わせながら、のんびりと現場を見回していた。
にしてもこの短時間でここまでもぬけの殻とは恐れ入る。何か秘密道具でも使ったのかな。技術を持った怪物少女はそのくらいなら軽くしてくるのだ。
だがまぁそんな想像は些事というものだろう。俺は『ケイオスシーカー!』本編で見たアレはどこにあるのかな、という気分で、周囲を伺っていた。
「教授、何かお探しで?」
俺の動きに何か気付きがあったので、ガブリエラが尋ねてくる。
「何かこう、書類みたいなのがないかなってさ。計画的なテロだし、計画書はあってもおかしくないと思って」
「そうですね。……あの辺りとか?」
言われて近づくと、机の下に潜り込んだ数枚の書類があった。ルルイエの魚の皮っぽい奴ではない。木製の紙だ。
ガブリエラはそれを素早く拾い上げ目を通すも「読めませんね……」と渋面になった。俺もガブリエラから受け取って読むと、知らない古代文字が書かれている。
書かれているが……何故か読めた。
「……『ルルイエ沈没作戦』」
「っ!? 読めるんですか、教授」
「読めるね。にしても、壮大な作戦だ」
俺は肩を竦める。知ってはいたが、改めて見ると気圧される。それでなくともテロの実行犯の抱えていた書類だ。本気なのだろうとすぐに分かる。
読み進める。書いてあるのは、同時多発テロを数日断続的に行うことで、ルルイエに混乱をもたらすことが、まず第一フェーズということ。
第二フェーズは、その混乱に乗じて怪物少女を弱い順から殺していくことだった。悪魔の岩礁警備隊から始まり、インスマウス教会、ルルイエ正教へと強さを上げていく。
その過程で殺しえた怪物少女の眷属を、主失いとしてルルイエと争わせる。
「……『強力な怪物少女の唯一眷属―――化身を主失いとして活用できれば、ルルイエは大きく崩壊に近づく。枢機卿を一人でも落とせれば十二分。そして』」
一拍置いて、俺は結論部を読み上げた。
「『「眠れる教皇」ティアの化身を主失いにできれば、ルルイエは完全に滅亡する。それこそ我が復讐の悲願であり、この計画の最終目標である』」
「……えげつない作戦だ。ここまでの復讐心は尋常じゃない。どこでルルイエはそんな恨みを買った……?」
ガブリエラは、不可解そうに考えている。俺は、「これだけじゃないはずだ」とさらに書類を探した。
「教授? まだ何かありますか」
「もう一枚、重要な書類がある。それを見付けなきゃダメだ。ここにあるはずなんだ」
俺の物言いに、ガブリエラは眉を顰める。
「随分と詳しく内情を知ってますね、教授。それも尋問室で言っていた、よく分からんツテで知ったんですか?」
「そうだよ。お蔭で大概のことは知っててね」
「ハァ……知りすぎてて、偶に警戒してしまいますよ。あなたが善人で協力者なのは、見てれば分かると言うのに」
それを言われ、俺は首を振った。
「俺は善人じゃないよ。愛する者だけを守りたくて必死なんだ」
「へぇ……。じゃあ、教授に愛された相手は幸せですね」
まるで他人事みたいに言うガブリエラに、俺は言った。
「ガブリエラもだけど?」
「へぇっ!?」
顔を真っ赤にして飛び上がるガブリエラ。え? 気づいてなかったの? はぁー遺憾だわ。
「ちょ、ちょちょちょちょ、いやいやいやいや、え? えぇ? い、いやだって、昨日初めて出会って、えぇ!?」
「いやだから、ずっと前から知ってるって話はしたじゃん」
「いや聞きましたけど! 聞きましたけど! えぇ!? いや、えぇえ!?」
キョドりまくるガブリエラである。するとずっと俺の背後に引っ付いて黙っていたリリが、不満そうな顔で俺を見上げてきた。
「きょうじゅ、リリは……? ガブの方が好きなの……?」
「ううん、リリも同じくらい好きだぞ。インスマウス教会の皆も、異端審問室の皆も、もちろんリリもみんな大好きだ」
「ふーん……? りりりっ。リリが一番好きだった方がよかったけど、それならまぁいっか」
「……ガブ……?」
リリがきゅーっと抱き着いてくるのを俺が撫でる横で、「ガブ……」とリリを見下ろしているガブリエラ。少し考えて、リリをまた雑に撫でている。
するとそこで、リリが「これ、どう?」と横倒しになった家具を持ち上げ、その隙間に入っていた小さなメモ帳を取り上げた。
「見せてくれるか?」
「うん。はい」
受け取り、開く。中身に目を通す。外国語だが、やはり不思議に読める。そして俺は、文言を見付けた。
「『正史をなぞれ。歴史を壊すな』」
「……何ですって?」
俺の読み上げに、ガブリエラが妙な顔をする。俺は続く言葉を読み上げる。
「『怪物少女フキについて。無事洗脳は完了し、正史に基づく復讐心を彼女は宿した。これで太古にまつわる歴史はおおむね正しい道を辿ることになるだろう。すなわち』」
俺は一呼吸挟んで、言う。
「『古のもの、ユゴスよりのもの、ルルイエ、その他さまざまな人間以外の神話生物たちの衰退、滅亡の道を』」
「――――ッ」
ガブリエラは目を剥く。俺はメモ帳を閉じ、その表紙に刻まれた署名を見る。
そこには、ただこう書かれていた。
―――『歴史家』。
俺はようやく見つけられた証拠をガブリエラに渡して、告げる。
「ガブリエラ。フキは、黒幕じゃない。裏に本当の敵がいる。攻め入ってきたフキは死罪が妥当なのだろうけれど、それでも俺は、この証拠でもって、フキの助命を嘆願したい」
「……」
「え……?」
ガブリエラは俺からメモ帳を受け取り、深刻そうな目で睨みつけている。リリは漠然とただ不安という顔をして、俺を見つめている。
そこで、ガブリエラの腰にある巻貝のような通信機器から、声が響いた。
『あ、あわわわわ、と、逃走経路を確認、しました……! オト様に同行して、追跡を開始します……っ』
「……承認する。逃亡者フキの追跡を続行せよ」
ガブリエラは指示を出し、それから俺に言う。
「助命云々は、後の話でしょう。主失いなどもありますし、元より怪物少女の処刑は簡単ではありません。まずは敵を捕まえる。すべてはその後の話です」
「……そうだね。では、まずフキを共に協力して捕まえよう」
「ええ」
ガブリエラが歩き出す。その後ろを、俺たちは進む。
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