第75話 ルルイエカーチェイス

 ルルイエの街中を、フキの眷属とミミの車両が疾走する。


 ルルイエの真っ白な街並みが、石畳が、視界の端に飛び去っていく。ルルイエ市民たちは驚いて飛び退り、「何だ一体!?」と声を上げる。


「あぁっ! まったく腹立たしい、ねぇ! こっちは、ゲホッ、満身創痍だって言うのに……っ!」


「テロを起こしたんです! 自業自得でしょう! ミミ! 急いでください!」


「分かった。さらに距離を詰める」


 ミミが卓越したドライブテクニックを披露して、的確に距離を詰めていく。ミミすげぇな。何でもできるじゃんこの子。


 ダニカの反論に、「何も知らないで……ッ!」とフキが歯噛みする。俺はそれを聞いて、難しい顔。


 ともかく、フキを止めなければならないことだけは確かだ。ゲームだとだいたい五倍くらい被害が出てやっとここまで追い詰めるのだが、その点は俺の最適化が光るところか。


 フキの活躍も見たいところだが、人命には代えられないからな。俺はそう思いながらゲーム画面を展開し、『戦闘開始』ボタンをタップした。


 自陣の怪物少女全員が、ピリと俺の『開始』に反応する。「指揮をお願いします」と短くダニカが言う。


 ニッと笑って、俺は「さぁみんな、行くぞ」と呼びかけた。


 カーチェイス戦が始まる。フキは俺たちの車両を破壊し停止させれば勝利。俺たちはフキが観念するか、その拠点に逃げ込むまで追い詰めれば勝利だ。


 まず俺はハルのスキルを撃った。ハルが鱗のイヤリングに触れ、輝く半透明の魚を前方に放つ。


 すると魚たちがフキと眷属の周囲に泳ぎ回り、空中に渦を描いた。フキが「何だいこれは……ッ! 動き、づらい……っ」と歯噛みする。


 そこにダニカのスキルを撃つ。ダニカは詠唱をし、空中に現れた魔法陣から氷砲が放たれる。


 ハルのスキルで身動きを固めての、ダニカの氷砲は効果抜群だ。「ガァアアッ」と悲鳴を上げて、フキの体勢がよろめく。眷属が揺れる。


 だが、フキもやられっぱなしではない。


「そなたら、出てくるんだよっ!」


 木面越しに響いた命令を受けて、周囲に潜んでいた羽樽の怪物たちがフキを守るように現れた。フキは疲弊した体に鞭を撃ち、違う眷属へと乗り換える。


「短時間にフキの乗る眷属を落とす必要がある! もしくはフキの眷属をすべて排除する必要が! みんな! 気合い入れてくれ!」


『了解!』


 一糸乱れぬ返事に、フキが苛立ったように「腹立たしいねぇ……っ」と声を絞り出す。


「全員、狙いを定めるんだよ……っ。ランブルッ!」


「ミミッ! 緊急回避!」


 羽樽の怪物たちが、体の内側から俺たちに光線を向けてくる。その前に俺の指示を受けて、ミミは「跳躍」と車両を高く飛び上がらせた。


 羽樽の怪物―――フキの眷属たちの光線が、俺たちが走っていた場所に降り注ぐ。それは地面をさせて、簡単な衝撃一つで崩壊させてしまう。


「教授、あの攻撃はこの乗り物耐性無いよ。一回までなら受けられるけど、二回食らったら多分走る衝撃で自壊する」


「だよなぁ……」


 ミミの報告に俺はぐぬぬと一唸り。ゲーム画面では、ミミの跳躍でコストが削れている。連発はできないし、ダニカたちの攻撃分のコストも貯められないということだ。


 着地。みんなが頑張って通常攻撃で羽樽たちに攻撃を加えるが、それで敵が削れる度に補充が奴らに追加される。


「くっ、昨日のように、次から次へと!」


「お姉さま、手伝います!」


 ダニカとハルの二人が、両腕を異形に変化させて爪の斬撃を飛ばしている。ミミの車両も時たまビームを放って攻撃する。だが、奴らが増える方が早い。


 そしてダニカのスキルが溜まるかどうか、というタイミングで、再びフキは「ランブルっ」と光線を放ってくる。急いでミミの車両跳躍を撃つが、僅かに遅く車体が歪む。


「教授。次はもう耐え切れない。一時退くか策を練るか、どっちかお願い」


「ああ。……―――そうだな」


 俺は呼吸を落ち着ける。それから、リリに目を向けた。


「リリ、……戦い方は分かるか?」


「っ」


 リリは目を剥いて俺を見る。怖い、という感情を訴えてくる瞳。だが、この場を潜り抜けるにはリリのスキルでないと対応できない。


「リリ」


「……だ、ダメ。やだ。こ、こわい。こわいよ、きょうじゅ……」


「このままだと、俺たちは負ける」


「っ」


 俺は、リリにすべてを告げる。


「もう一度あの攻撃を撃たれれば、車両の回避は間に合わない。車は自壊して、皆投げ出される。俺は多分大怪我を負う」


「う、で、でも、逃げれば」


「それはダメだ。逃げれば、またフキはテロを起こす。前回は古典室のオミュールが揉み消した恐怖を、今度こそフキはルルイエに振りまく。するとさらに人が死ぬ」


「あ……ぅ、うぅ……」


 リリは、恐怖に振るえだす。涙を目に滲ませる。


 俺はそんなリリの肩を、優しくつかんだ。


「でもリリ。君がここで勇気を出せれば、戦えるのなら、そうはならない。フキを逃がさずに済むまともな戦いができる。リリの勇気で―――何人もの相手が救われる」


「……っ」


 リリは目を大きく開き、俯き、ぎゅっと拳を握り固める。それから、絞り出すように言った。


「り……リリ、は、そんなに役に立たない、よ」


「そんなことない。俺が保証する。リリはみんなを助けてくれるって、俺は信じてる」


「……。……っ。……!」


 リリは目をぎゅっと瞑り、拳を固く握りしめ、歯を食いしばって、大きな葛藤と直面する。


「追うので精いっぱいのようだねぇ……っ。なら、これで終わりだっ。ランブルッ」


 フキが眷属たちに命令を出す。俺は歯噛みし、ミミに退避の指示を出すか吟味する。


 そこで、リリが動いた。


「―――怖い。リリ、怖いよ。でも、それでもッ」


 リリが前に出る。真っ黒なマフラーを解き、面積に反して大きく広がるマフラーに車両を覆わせる。


「それでもッ! みんなが傷つく方が嫌だからッ!」


 リリは涙を流し、口端を引きつらせ、ガチガチと歯を恐怖にならす。しかしリリは、挑む者の目を宿していた。戦う怪物少女の目をしていた。


「みんなを守ってッ! 眷属たちッ!」


『てけり・り、てけり・り、てけり・り、てけり・り』


 黒いマフラーに、リリ同様の玉虫色の瞳が開く。マフラーは瞬時に巨大化して車両を包み込み、薄い膜のようになった。


 同時、フキの眷属たちの光線が車両に当たる。だがリリの薄膜がそれを防いだ。リリの薄膜は僅かに揺らぐが、それだけ。衝撃に崩壊もしない。


 リリの特殊スキル。混沌属性のバリアをパーティ全員に付与する、頼もしいタンクスキルだ。


「―――ッ! そなたら、やってくれたねぇ! あんなに素直でかわいかったあの子を、よくも誑かしてくれて!」


「何を言っているのか分かりませんが、リリはウチの子です! あなたになんか渡しません!」


 ダニカが強く言い返す。「そうですッ! 手のかかる子ほど可愛いって言うでしょう!?」「ぱ、パーラの、たった一人の妹、なんです……っ」と他二人も猛反撃だ。


「このままの勢いに乗ってやるぞ! ハル! ダニカ!」


「「はい!」」


 リリのお蔭で余ったコストを二人に振り分け、スキルを放つ。光る魚が渦を巻いてフキの眷属たちを集め、ダニカが氷砲の詠唱をする。


 そこに、リリの声が混ざった。


「てけり・り、てけり・り、てけり・り、てけり・り!」


 リリの通常スキル、『呪文唱和』で、他の怪物少女の特殊スキルの威力が上昇する。もはやダニカの氷砲の威力は、一撃でフキの眷属たちを沈めうる。


「フキ」


 俺は言った。


「カーチェイス勝負は、決めさせてもらうぜ」


 俺たちの上空に魔法陣が開く。そこから放たれる、無数のひときわ大きな氷砲が、フキたちを一網打尽にした。










―――――――――――――――――――――――


更新!


名前:リリ

あだ名:真っ白少女

外見: 黒のマフラーにカバンを持った制服姿の少女。虹(玉虫色)の目に、地面につくほどの白の髪を持つ。ロリ巨乳。垂れ目だが、好奇心旺盛で何事にも興味を示す。

特殊能力:『ばりあ!』:眷属のマフラーを広げ、混沌属性のバリアを仲間全員に展開する。

通常能力:呪文唱和:味方の呪文行動にバフをかける。てけり・り、てけり・り!

攻撃属性:混沌

防御属性:混沌

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