第74話 あなたの傍に・ユゴス総合開発
フキには、どうやら壁を簡単に崩す技術があるらしかった。
「ラン、ブル……ッ」
フキがそう呟くたびに、光線が放たれ、フキの前にあった壁が曖昧になる。そこに羽樽の眷属ごとツッコむと、いとも簡単に壁が崩壊するのだ。
元々羽樽の速度はまぁまぁあって、走って追いかけるのでは距離を離される一方だった。農家の体力があっても、そろそろ限界に近い。
「教授っ、大丈夫ですかっ? 辛ければ負ぶって行きますよっ」
「そ、そうですッ! でもお姉さまに背負われるのは許しませんよ! か、代わりにワタシが背負ってあげます!」
「ハル? 最近シスコンのニュアンスが違いませんか? 私をダシに教授とイチャつこうとしてませんか?」
「怪物少女っ、のっ、体力には、流石にっ、ついていけんっ」
俺は男の意地だけで、二人の提案をスルーして走り続ける。
正面からかけっこすると人間って弱いなぁと実感させられる。周り一人も息切らしてないんだもん。フィジカルが違うわ。
と、そんなことを言い合いながらフキの開けた穴ぼこを通って進むと、途中から上り坂になっていく。
最後には壁をよじ登るようにして穴をくぐると、ルルイエの地表、街の往来のど真ん中に顔を出すことになった。
「わおマジかよ」
「だ、ダニカお姉さま……っ。こ、これ、秘密の道が、あの、市民の皆さんにバレちゃ、あの」
「こ、この際仕方ありません、パーラ! ―――ミノラさん!
「えっ、し、司祭様。そ、それはその~っ、ご自身でお伝えいただけると~っ」
地中から俺たちを追っていたらしいミノラが地面から首を出して、ダニカの無茶振りに顔を青くする。ダニカの方がミノラより地位は上か。何となく構造が分かってきたような。
「っていうかそんなことを言ってる場合じゃないですよッ! 壁がない分どんどん速度を上げて逃げてますッ!」
ハルの指摘に一同が視線をやる。見れば群衆の上を飛ぶようにして、フキは猛スピードで逃げていく。このままだと逃がしてしまうな。どうしたもんか。
その時、声がかかった。
「あ、皆勢揃い。こんち」
「ミミ!」
俺は今一番会いたかった怪物少女の登場に声を上げる。
ミミ。ピンクの二つのアホ毛をみょんみょん揺らしながら、パンク系作業ガールのミミが現れた。今日も片掛けオーバーオールがキマっている。
「ミミ! 良いところに! 本当に良いところに来てくれた! 何も言わずに逃げるあの子を追いかけられる乗り物を貸してくれ!」
「貸してもいいけど運転難しいよ? 人間の車とは大違い」
「運転して乗せてくれ!」
「おけ。じゃあ脳みそ」
「それは断る!」
「残念……じゃあまたお店来てね。夜に一杯付き合って」
「それなら喜んで!」
「んふ。じゃあワタシも喜んで出してあげる」
ミミは懐から妙な金属質のものを取り出した。それは地面に投げると独りでに複雑に組みあがり、見る見るうちに奇妙な乗り物らしき形に変わる。
「乗って」
「ど、どうやって?」
「勢いで」
「勢いで!?」
「こう」
「うわっ」
俺はミミに押され、乗り物にぶつかった。と思ったら金属は優しく俺を受け止め、何かいい感じの体勢に調整してくれる。
「おぉ……本当に勢いで何とかなった。全然身動きできないけど」
「他の皆も乗って。教授は保護席だけど、皆は戦えるように自由度の高い席を用意した」
「あ……道理で動けないと思った」
みんなが続々と乗り物に乗り込んでくる。ダニカ、ハル、パーラ、そして。
「う……えと」
リリはこの期に及んで戸惑っている。けれど、その手をパーラが取った。
「い、行こう……っ。ぱ、パーラは、リリと一緒に行きたい……っ」
「――――うんっ、パーラ!」
リリの目に光がともる。それを見て俺は、リリがちゃんと教会の皆に心を開いてくれているのだと安心する。
さて、全員乗り込んだわけだが、すでにフキの姿は見えなくなっている。だがミミに焦る様子はない。ギャリギャリギャリ、と妙な駆動音を立てさせ、ミミは言う。
「見失ったから、まずは上空に移動。そこから強襲をかける。近くに降りれたらチェイスでいく」
「よく分からんけど頼む!」
「頼まれた。では――――」
ミミはよく分からないレバーを、ガシャンと押し込んだ。
「跳躍」
猛烈な勢いで、ミミの乗り物が俺たち全員を乗せて空高く跳び上がる。ぎゅんぎゅんと地上が遠ざかっていく。
「うぉぉおおおおお!?」
「サーチ開始。検索。ヒット。強襲モードに移行する」
『キャァアアアアアア!?』
跳び上がったかと思えば、まるで空を蹴り飛ばしたかのような勢いで、乗り物は地上に急降下した。みんなの悲鳴が上がり、地面が急速に近づき―――
「いたぞ! あそこだ!」
眷属に乗って逃げるフキを発見した俺の声に、皆が目の色を変えた。
「ッ!? 何かね、それは……ッ。そんなので、追いついてきて……っ」
苦し気に血を吐きながら、フキは言う。木面は血に汚れてべっとりだ。呼吸も荒い。
それに反応したのは、リリだけだった。「ぁ……」と手を伸ばし、すぐに引っ込める。そこに眠る思いは、まだリリには理解できない。
俺は言う。
「みんな、ここが正念場だ。ここでフキに迫らなければ、フキはまたテロを起こして被害を出す。ここで食い止めるぞ!」
『了解!』
「そんな一大事だったの?」
気合を入れるみんなに、キョトンとするミミ。リリが一人また複雑な思いを抱く中、ミミの車両はフキを追う。
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