第71話 古典室で探すもの

 オミュールに言われた通り古典室の制服を着た俺たちは、顔をそろえて話し合っていた。


「さて、じゃあ満を持して古典室を調査するわけだけど」


「は、はい……っ」


「何から探そうね?」


 俺が首を傾げると、パーラは「え、えへへ……っ」と困った風に笑う。


 そうなのだ。勢いに任せて来たから、古典統制室アンティカ・オーディアで特に何が怪しいのか、という想定はまだ立てられていない。


 いや俺はゲームで知ってるけどさ。せっかくなのでみんなの自主性に任せたいのだ。


 そこで手をあげたのはハルだった。


「教授。ワタシたちは、古典統制室アンティカ・オーディアから正教の秘密通路の情報を抜かれた、という想定で動いてますよね」


「うん。そうだね」


「なら、まずは古典統制室アンティカ・オーディアに繋がる正教の秘密通路を確認すべきかと思います。それを確認すれば使われた痕跡も確認できますし」


「うんうん、いいね」


 そもそも使われたかどうか分からない、みたいなところもあるもんな。俺はゲーム知識で絶対使われているって分かってるけど。


 次に「いいですか?」と主張したのはダニカだ。


「私は正教の秘密通路の情報がまとまっている書物を探したいです。情報が情報ですから、禁書庫に収められているはずですし、あれば確保、なければ入退室情報を当たれます」


「流石詳しいな。じゃあそれも探そう。他に案がある人は?」


 答えるものは居ない。俺はチラとリリを見たが、リリはまたふさぎ込んで、周りを気にする余裕がないようだった。


 俺は頷いて提案する。


「じゃあ二手に分かれよう。ダニカ、ハル、パーラは秘密通路を探してくれ。俺はリリと禁書庫を当たる」


『えっ』


 教会四人の声が重なる。仲いいなこいつら。


「きょ、教授? 大丈夫ですか? また無茶しようとしてません?」とダニカ。


「あ、あの、教授。お姉さまと話さないでくださいとは言いましたが、あれはその、冗談というか、ワタシは別に教授を嫌ってるわけではないと言いますか」とハル。


「教授……い、一緒に探しません、か? 以前みたいなことがありそうで、し、心配、です……っ」とパーラ。


「……きょうじゅ、リリと探すの……?」とリリ。


 思いのほか抵抗が大きくて少し驚きだが、色々と兼ね合いがあるのだ。俺はダニカの耳に口を寄せ、囁く。


「少し考えがあるんだ。そっちに武力が集まってると次につなげやすい。あと、少しリリと二人きりで話したいことがあって」


「……分かりました。アーカムの時のような無茶は?」


「しない。……今回は」


「えぇ……まぁ、分かりました。今回はしないなら、今回は見逃してあげます」


 特別ですよ? とダニカは頬を膨らませて言う。俺は「ありがとう」と笑い返した。




         Δ Ψ ∇




 俺とリリが向かったのは、禁書庫だった。


 制服を着ていれば問題ない、というのが古典室室長オミュールの話だったが、本当に何の引き留めもなかった。恐らく最高権限の証明付きだったりするんだろう。


 禁書庫の鍵を借り出して、その扉を前にする。禁書庫の扉は小さく、分厚く、何者も通さないという意思がにじんでいた。


 鍵を入れ、押し開く。ギィ、と蝶番のきしむ音がして、部屋の中に暗がりが俺たちの前に立ちふさがる。


「きょうじゅ、ここに入るの……?」


 リリが、暗がりを怖がるように俺の腕を取った。俺はリリの真っ白な髪を撫でて頷く。


「そうだよ。暗くても、俺がついてるから」


「う、うん……」


 リリは首肯するものの、俺の腕を掴む手は震えていた。単に怖いというのではない。暗がりに、強い恐怖心がある。


 だが、俺はリリを連れて踏み込む。扉横の蝋燭立てを取って、火をつけて灯りとし、歩き出す。


 禁書庫には、確かに異様な雰囲気が満ち満ちていた。何者とも分からない囁き声が、どこからともなく聞こえてくる。リリがぎゅぅうと俺の腕を抱きしめる。り、リリのおぱ……。


 俺は首を振って気を取り直す。禁書庫の分類を見て、ルルイエ正教の情報が集まる辺りに足を進めていく。


 歩きながら思う。ここで何が見つかるのか。


 可能な限りゲームと同じ展開に進めていたが、ここばかりはゲームの展開通りにできるかどうか分からない。そもそも、あれは教授が豪運過ぎたのだ。


 待つか、それとも痕跡を探るか。場合によっては霧払い、闇覗きで適切な時間に移動するか。そんな風に考えながら俺たちは移動し―――そして、遭遇した。


 闇の中で古典室の制服を着た、何者か。その姿を見てリリは絶句し、俺はニヤリと笑う。


 俺はどうやら、とんだ豪運の持ち主らしい。


「ぁ……ぁ……!」


 リリがかすれた悲鳴のような声をもらし、その人物は俺たちに気付いた。一つ本を手にしつつ、こちらに振り向き彼女は言う。


「おや。ちまたで噂になっている教授に、ショウ……おっと。今は、リリと名乗っているんだってねぇ? 少し見ない内に、上等なおべべを着て、話せるようになって……」


 その怪物少女は、まっさらな木面を付けていた。


 一目でわかるのは、緑の髪と、その木面だけだった。他はこの古典室の制服で偽装しているし、背丈も特徴のあるものではない。


 だが、その木面が、彼女に異様な雰囲気を纏わせていた。


「……ご主人、様……」


 リリが、絞り出すように言う。恐怖を声に滲ませて、苦しさを言葉に添えて、従属の言葉を吐き出す。


 今回敵となる怪物少女。このルルイエを沈めんとするもの。そして憐れなる犠牲者、フキ。


 俺は覚悟をさらに押し固める。


 さぁ、正念場だぞ、俺。ゲームでも大きな山場を、言葉だけで乗り越えるんだ。リリとの信頼関係は大丈夫か? フキへの理解度は? 布石はちゃんと打ってるか?


 教授としてできることの、前半戦の総決算だ。気合を入れていけ。


 そう俺は静かに深呼吸をし、強く拳を握りしめる。

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