第70話 古典室訪問
異端審問室が警察なら、こっちは図書館、市役所という訳だ。
古典なんちゃら~と名前はその成り立ちにまつわる部分で、要は最初、行政機関ではなく、古典室は図書館だった。
つまりは、魔術書の。
開いたら怪物が勝手に召喚されたり、生気を奪って来たりするような、やばい書物の統制を取る場所だった。
だから
「で、着いたわけだが」
俺たち五人は揃って古典室の建物の前に立っていた。
ルルイエ正教の建物は基本的にすべて荘厳だ。昨日お世話になった審問室の建物も、四方を川で囲われた、立体構造の狂った監獄という感じだったが、古典室もやはり荘厳だった。
巨大な柱がずらりと並べられた、圧倒されるような門構えの建物。ルルイエ市民が往来を行きかう様は活気がある。無論ここもなんか微妙にだまし絵みたいになってる。
「昨日あんな騒ぎだった割には、皆平気そうだな」
「多分ですが、ガブリエラ様が緘口令を敷いたんですよ。ガブリエラ様は横暴ですが能力のある方なので、ルルイエ市民は従いますし」
「なるほどなぁ」
確かに聞く耳はあったし、責任の中で苦しんでいる苦労人だった。あの手のタイプほど社会では有能なんだよな。特権があってなお苦しんでいるのだから善人だ。
恐らくだが、ルルイエ市民も横暴だ何だと言いつつも、仕事を完遂させる能力をガブリエラに見出しているのだろう。だから言うことを聞く。そういうことだ。
そんなことを考えながら、俺たちは古典室の建物へと入っていく。受付の半魚人のお姉さんに話しかける。
「こんにちは、えーと、この場合はダニカが前に立った方が良いか」
「うふふっ、そうですね。――――インスマウス教会のダニカです。少し込み入った話がしたいので、個室を用意いただいてもよろしいでしょうか?」
受付の半魚人さんは「おはようございます、司祭様。そちらはお噂の……? いえ、詮索は無用ですね。どうぞこちらに」と立ち上がり案内してくれる。うーん権力。
カツカツと静謐な道を歩く。受付さんが「では、こちらの部屋にどうぞ」と扉を開いてくれたので、五人でその部屋に足を踏み入れる。
その部屋には、壁にくっつけられた机といくつかの椅子、そして何より、机の上に置かれた大きな本があった。
「これは……?」
俺が本に近づいていくと、「あ、教授。それは……」とダニカが制止してくる。え? 何かマズい?
そう思っていると、壁の方から声が上がった。
『何だい何だい、まったく。教会の子たちがぞろぞろ雁首揃えて。それにあなたは、もしや教授かな? これはこれは、昨日の会食で会えなかったのは残念だったね』
俺が振り返ると、気付けば本が開かれていた。俺はパチパチとまばたきして「もしかして」と問う。
「その本を通して喋ってる?」
『ああ、これは失礼したね。そうだよ。ぼくは多忙の身なのでね。よほどのことがない限りは直接会うことはしないんだ。……まぁ他人に会うのって面倒だからね』
話す度に、本がパタパタと開閉を繰り返す。まるで口の動きに連動しているかのようだ。って言うかボソッと今何か言ったな。
『では、何をするにもまずは自己紹介からすべきかな』
本は言う。
『ぼくはオミュール。第三枢機卿及び
「……いいや、今回は話を聞きに来ただけだからね。これで問題ない。初めましてオミュール。俺は教授だ」
と言いつつ、かなり寂しい思いをしている俺だ。えー……? 会えないのぉ……? 悲しみ……。
ということで、俺の推しの一人、第三枢機卿オミュールである。書類を司る
ガブリエラが第一枢機卿なのに対して、オミュールは第三枢機卿だ。確か枢機卿は全員姉妹だったはず。長女がガブリエラで、三女がオミュールということになる。
本人がいないので、外見について語ることはない。早く会いたいの一点だけだ。でも『呼び声』一章では多分出てこないんだよな。泣くぞ。
『それで?』
オミュールは魔導書越しに言う。
『今日は何を聞きに来たのかな? 教会ご一行。とはいえ、昨日の今日だ。察しはついているけれど』
「インスマウス教会を代表して、司祭ダニカが枢機卿オミュール様にご質問申し上げます。―――昨日の事件は、
『ほう』
オミュールは頷いて、僅かに沈黙した。それからこう言う。
『テロの手法は巨躯の怪物たちを方々に秘密裏に隠して、というものだった。その過程で正教の秘密通路を使われた可能性が高く、その情報はここから漏れた、という考えだね?』
俺たちの考えが一瞬にして見透かされ、驚きながら『当たりだ』と得意げな声が本から響くのを聞く。
流石は情報の集まる古典室の室長だ。このくらいの推理は簡単にしてしまうらしい。
オミュールは言う。
『まぁ、そうだな。それが本当ならこちらのミスだし、本来関係性の遠い君たちが動いている時点で事情も察せられるから、断るのも心苦しい』
「それじゃあ!」
『が、この
喜びに声を上げたハルが、肩透かしを食らってガクリ肩を落とす。パーラとリリの二人でハルを慰めている。
俺は問う。
「どうすればいい?」
『何、簡単なことさ。秘匿というのは身内であれば問題ない。君たちが
ああ、そういう感じか。本当の事情ではなく足元を見ての交渉だ。
なので俺も足元見ることにする。
「ちなみに、昨日のガブリエラとの取り調べで、オミュールが犯人の声明を揉み消したんじゃないか、みたいな話があったよ?」
『……えっ? が、ガブ姉が……? ちょ、ちょっと待ってくれ。声明? そうかテロならそうするのが自然か。ならウチに来てるのも自然……もしかしてアレ? うわうわうわ』
オミュールの声が明らかに慌て始める。『どこだ? どこにやった?』と声を発しながら、魔導書のページが右にめくられ左にめくられ。
観念したように、オミュールのしょぼくれた声が響く。
『……教授、その、ご相談があってだね』
「うん。聞かせて」
『ちょ、調査は、好きにしてもらっていい。ぼくの方で手配しておくから、古典室の制服を着てくれれば問題なく進められる。だから、その、だね』
「うん」
『……ガブ姉にとりなしてもらえない、かな? 容疑者なのにガブ姉から解放されて捜査権も与えられるってつまりそう言うことだろ? ねぇ? お願い! 助けると思って!』
オミュールの声を届ける本が、バッサバッサと羽ばたいている。教会の面々はその焦りようにドン引きだ。俺はゲームでオミュールの性格は知っていたので、苦笑しつつ答える。
「いいよ。じゃあこれで協力関係は成立だ」
『よかったぁ~~~! ……ハッ。ご、ごほんっ。と、ともかく、だ。
パタン! と魔導書は、独りでに閉ざされた。俺は肩を竦めながら「これでスムーズに調査できそうだ」と振り返る。
するとハルが、「教授」と俺を半眼で呼んだ。
「何? ハル」
「教授ってもしかして、対話に応じた時点で状況をどうにでもできたりします?」
「? よく分かんないけど人の心くらいならサッと読めるよ」
故郷では人の顔色窺うのに失敗すれば、そのままぶん殴られたりしたしなぁ。
という裏事情は言わないが、俺の言葉を聞いたハルは「そうですか……じゃあこれからあんまり、お姉さまとは話さないでくださいね」と渋い顔でダニカを背に隠すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます