第67話 正史で何が起こったか
「結果論的に言えば、俺が特に何もしなくても、ルルイエは負けないよ。ルルイエ市民の半数が敵に殺されるのにとどまる」
「……それは、とどまるとは言わないんですよ、教授」
ガブリエラは、懊悩を隠しもせずに言った。額にかかる髪をかき上げ。判断に困るという顔をしている。
それに俺は苦笑しつつ、一呼吸おいて表情を引き締めた。
「つまる話、そのくらいの規模感の敵になるって話なんだ。決して油断はできない。全力で当たらなければならない敵になる」
「……教授のことだから分かっているんでしょうが、もし教授がアタシたちを欺いていた場合、その話に乗れば『異端審問室は守るべきものを守らず弱点を突かれる』ことになるんですよ」
睨むような、すがるような、絶妙な顔でガブリエラは俺を見る。俺は肩を竦めて同意するしかない。
「そうだね。だからガブリエラは俺を簡単に信じられない。けど俺も、ガブリエラに信じてもらわなきゃルルイエを救えないし、最悪このまま処刑だ。必死だよ」
「まぁ……そうですね。ええ。お互いに必死です。分かりました。いいでしょう。一旦話して下さい」
ガブリエラに促され、俺は頷く。
「まず根幹の話をしよう。首謀者の話だ」
ロチータがそれを聞いて、「あわ……」と目を回す。ガブリエラは表情を変えない。
「今回の侵略行為は、たった一人の怪物少女によって引き起こされた」
シン、と一瞬、尋問室を沈黙が支配する。俺は構わず続ける。
「名はフキ。この世界、『サンクチュアリ』でも、かなり古い時空を支配していた子だよ」
「たった一人? たった一人の怪物少女が、このルルイエに歯向かったっていうんですか?」
ガブリエラが表情を険しくする。俺は「うん」と話を続ける。
「納得できないかもしれないけど、これは事実だ。フキは強力な怪物少女だよ。似た怪物少女だと、ミミがこれに当てはまる」
「ミミ? 異端審問室にもちょくちょく顔を出す、あいつが?」
その時、固く閉ざされていたはずの尋問室が、ガチャリと開いた。ぴょん、とピンクの二つのアホ毛を揺らしながら、その人物は現れる。
「呼んだ? あ、教授だ。こんち」
「うおお。やぁミミ」
「!?」
話の例に出したら、まさかの登場である。ミミ。パンク系作業ガールのミミだ。今日もピンクの二つのアホ毛を揺らし、オーバーオールを片方だけ掛けた、ラフな格好をしている。
「みっ、ミミ! お前どこから出てきた! この部屋は鍵がかかってるんだぞ!?」
「今日作業だって呼びつけたのはそっち。そしたら名前が呼ばれたからピッキングした」
「ピッキング!?」
ミミは以前通りのマイペースさで、ダブルピースをしている。このゆるいノリ可愛いわぁ……。
「それで何の用? 他に修理品がある?」
ミミはダブルピースを保ちながら聞いてくる。手には修理されたらしい手錠がある。なるほど、今回の仕事はこれか。
「用ってほどでもないよ。話の例としてミミを出しただけだ」
「話の例?」
「ミミは強力な怪物少女だよねって話。特に戦争とかの段階になれば」
訝しむガブリエラにチラリと視線をやりながら言うと、ミミは納得したように「あ~」と首を縦に振る。
「教授はお目が高い。ワタシは確かに強力な怪物少女。正解のご褒美に脳みそにしてあげるね」
「それは断る」
「つれない教授……でも、ガブリエラ猊下、教授のいうことは割と正しいです」
ミミの話に、怪訝な態度でガブリエラは尋ねる。
「アタシからすれば、ミミは下級の怪物少女だ。それが何で強力って話になる」
「ワタシ単体は確かにそんなに強くないです。戦術的に使いどころがあるくらい。でも教授が言ってるのは、すべての眷属含めてって話だと思う、です」
「何?」
「ワタシの眷属は星を一つと、この星の一時空に大陸を一つ持ってる。です」
ミミが言うと、ガブリエラは口を閉ざす。
「故郷のユゴスでは、ワタシの眷属だけでかなりの数と文明が構築されてて。ワタシはたった一人の怪物少女で、ユゴスの運営には関わってないからこんなだけど、眷属全員で掛かればルルイエとも戦争できる。あ、です」
「ミミ、お前の敬語は本当に……まぁいい。じゃあ眷属全員でかかれば、ミミと眷属たちはルルイエに勝てるってか?」
「勝てないです。ルルイエは奥の手が多すぎるので。けど、ルルイエを焦土にはできる。過程で大陸一つまでは取られるけど、ユゴスは守れる自信もある。です」
「……なるほど、分かってきた。教授が言いたいのは、そういうことか」
ガブリエラが俺を見たので、俺は頷く。
「そうだよ。怪物少女一人では大したことがなくても、高度な科学力を構築している怪物を眷属としている場合、立場によっては怪物少女一人で一都市と戦争ができるんだ」
怪物少女は怪物=眷属の主だ。人間にもし人間代表的な美少女がいれば、それは人間の怪物少女と表現することもできるだろう。
怪物少女の扱われ方は様々で、ジーニャみたいな一部の眷属のボスに留まる場合から、恐らくほとんどノータッチのミミ、あんまり制御の取れないナゴミまで様々。
そしてその話で言えば、フキは大半の眷属の王として振舞っている。
俺が言うと、「つまりだ」とガブリエラがまとめに入る。
「教授が言いたいのは、その『フキ』っていう怪物少女には、個人の武力はさておき、高度な科学力文明を築いた眷属がいて、それを率いて戦争を吹っかけてる、と?」
「その通り」
「言っていいか?」
「どうぞ?」
「その話、信じられるとでも?」
「まさか」
俺はカラカラと笑い、ガブリエラは大きなため息を吐く。
「ロチータ……」
「あわわ……、げ、猊下、ごめんなさい……。教授の話、どこにも嘘がないです……」
「だよなぁ……。今まででそうだったんだ。この話だってそうだろうよ」
ガブリエラは苦悩している。誰も悪くない苦悩だ。しいて言うなら底知れないムーブしてる俺が悪い。なので謝っておく。
「ごめんね、ガブリエラ。責任がなければ俺のこと信じられたのにね。でも俺も舐められるとよくない立場だから、こういう『裏がありそうなヤバい奴』みたいな言動しかできなくて」
「その客観視がもう油断ならないんですよ本当に!」
「でもルルイエのために悩むガブリエラは素敵だよ」
「からかってるなら怒りますよ教授!」
ぷんすこガブリエラ、見てて飽きない。飽きないけどそろそろ可哀想なので、さらに話を踏み込む。
「だから、今回の事件はそういうことなんだ。ルルイエ市民よりも強くて、文明力のある眷属を多数引き連れた、たった一人の怪物少女『フキ』が、このルルイエに侵攻している」
「では、いまだに声明の一つも出ないのは、どういう了見ですか」
「誰かが受け取っておいてもみ消してる、とか」
「……チィッ! オミュール……!
心当たりがあったのだろう。ガブリエラは歯ぎしりをして唸っている。古典室の室長さんは問題児だからな。
「ともかく」
俺は話を戻す。
「そういう敵だ。力ある怪物少女は問題なく撃退できる。けど、ルルイエ市民は死ぬ。弱い怪物少女も死ぬ。必要なのは、君みたいな力ある怪物少女だ」
「アタシも、教授の指揮下に入れと?」
「ガブリエラに限らない。異端審問室全員が俺の指示のもとに動いてくれれば、この事件はあっさり解決する。―――けど、君にはその判断を下せない」
「……勘弁してください。先回りしてそれを言われると弱ります」
「ごめん。意地悪をするつもりはなかったんだ」
俺は肩を竦める。ミミが「真剣な話みたいだから、ここは失礼する」と言っていなくなる。あ、カギ閉めてった。ミミの前には鍵はあってないようなものだな。
「で、ここから生産的な話」
俺がにこやかに言うと、ガブリエラの顔色が僅かに晴れる。
「ガブリエラ、俺を仮釈放してくれない?」
「……その心は」
「ガブリエラは俺を信じられない。これは気持ちの問題ではなく、立場の問題だ。強権を発動して拘束した以上、俺はガブリエラの意思でも簡単に開放できない」
「教授、あなたのそのルルイエ内部への理解の高さも、油断できない理由の一つって分かってますか?」
「だから交換条件だ。俺は仮釈放で、真犯人のフキを探す。その間俺を、異端審問室の誰かが監視する。怪しい行動をとればその場で拘束。どう?」
俺の提案は、向こうからしてもそう悪くないはずだ。ゲームでもこの条件で開放された。もっとも条件を付けたのは、ゲームにおいてはガブリエラだったが。
なので、この提案は通るだろうと思っている。何せゲームでガブリエラ自身が提案したものだ。通らない方がおかしいというもの。
そう考えていたら、ガブリエラが微妙な顔つきでこう言った。
「……教授。後学のために教えておきましょう」
「うん? うん」
「その提案は、捕まってる側からしちゃダメな奴ですよ。怪しすぎます」
「……え、マジ? いやいやそんな……」
俺は考える。捕まえて尋問したら、話の主導権を握り続けて、最後には仮釈放の都合までつけてくる犯人候補。
やべぇ俺なら絶対解放しねぇ。怖すぎる。
「あっちゃーマジか! マジだわ。やらかした……だ、ダメ?」
「ぷっ、クク、ハハハっ。ハァ……いや、むしろやっと隙が見えてホッとしました。ここまで交渉が完璧すぎて、目を離せないくらいでしたから」
ガブリエラの顔に、やっと笑みが浮かぶ。緊張がほぐれた、という顔だ。アレ、トチりが逆に好印象か。
「分かりましたよ、教授」
ガブリエラは言う。
「教授の言う通りにはしません。ですが、仮釈放はできるでしょう。我々で教授には分からない形で、教授が黒だったとき対処できる人員を割きます」
「どんな形でも問題ないよ。その辺りは任せる」
「それはそれとして、教授の話が本当だったら重大事態ですからね。可能な限り詳しい話も聞かせてもらいますよ」
「もちろん」
ギザ歯をむき出しにして、どう猛な笑みを見せるガブリエラ。俺はやっとガブリエラらしさが戻ってきたな、とこんな立場ながら嬉しく思うのだった。
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