第66話 尋問室ではにこやかに
リリは尋問室に拘束され、机を見つめながら震えていた。
拘束されてからの数時間は、怒涛だった。スムーズに、というか自ら進んで拘束された教授とは違い、リリは拘束後にひと悶着あったのだ。
リリ自身が暴れ、そこにダニカやハル、パーラが加勢し、しかし異端審問室に鎮圧された。リリはその戦闘のさなかで意識を失い、ようやく取り戻したのだ。
今どういう状況かも分からない。一つ分かるのは、目の前の怪物少女はリリには敵わない相手ということだけ。
聖騎士オト。彼女が、リリの尋問を務めるようだった。怪物少女には怪物少女を。他の存在には、怪物少女は対処できない。
リリが敗北した戦闘で、速やかにリリをねじ伏せたオトは、鋭い目でリリを見つめている。
「さて、あなたは確か、リリ、とか呼ばれていたな」
オトの確認に、リリは震えを大きくする。リリはインスマウス教会にあった多数の文献を読み漁っている。だから知識はあったが、経験が足りない。
言葉を発しても、どうしても声は震えてしまう。
「きょうじゅは、どこに連れてかれたの……? みんなはどこ? リリは、どうなるの……?」
「外患誘致罪は例外なく死罪だ。あなたは今その容疑者として拘束されている。慎重に話してほしい」
「ッ……」
薄暗い部屋。殺風景な机とイス。差すのは僅かな日の光ばかり。沈黙の中で、リリは震え上がる。
「ぁ……ぅ……」
「質問を繰り返す。名前は」
「……り、リリ、です……」
「事件発生当時、あなたは何をしていた」
「……パーラと、教授と、ダニカと、ハルと。船に乗って、移動して、ました……」
「証言と一致するな。そして同時多発テロが発生し、現行犯の怪物たちと交戦。我々と遭遇、というわけだ」
「……はい」
オトは鱗っぽく輝く不思議な紙に、サラサラと調書を取っていく。他にもいくつかの質問の後、オトは言った。
「リリ、あなたはつい最近、ルルイエの浜辺で発見されたと聞く。それ以前は何処で何をしていた?」
「ッ――――」
リリは、口をつぐむ。言えない。それは、言うことができない。
そう思った時、ずいとオトは身を乗り出した。至近距離まで顔が迫って、リリは息を呑む。
「今、明らかに動揺したな。何があった。後ろ暗いことでもあるのか。答えろ。あなたの立場は、今非常に危ういものだ」
「ひ、ぅ……」
リリは、こうなると震えるしかできない。瞳に涙がにじみ、今にも泣きだしてしまう。
その時、尋問室の扉が開いた。
「オト様~。ガブリエラ猊下から連絡です~っ」
異端審問室として現れた四人の内、後ろに控えて名乗らなかった二人の片方だった。「何だ」とオトが問うと、彼女は「何かですねぇ~」と口を開く。
「教授と交渉が成立したので、一旦全員釈放ですって」
「……猊下が?」
「そ~です~っ」
「……あの猊下が、か。そうか……」
オトがしきりに首をひねっている。その間に、報告に来た怪物少女がリリの拘束を解く。
リリは思った。教授、何をしたんだろう、と。
Δ Ψ ∇
拘束された俺は、尋問室に連れられていた。
俺にはガブリエラともう一人、リリにはオトともう一人、という感じだ。
暗い石造りの部屋で、机を挟んで、俺とガブリエラは向かい合う。その補助として、ガブリエラの隣で「あわわわわ……」と目をぐるぐるさせて異端審問室の部下が戸惑っている。
「ガブリエラ、その子大丈夫?」
「ロチータはいつもこんなもんですんで、あまり気にしないでやってください」
「あわわわわ、こ、国賓の尋問……? な、何でわたしがそんな厄介な仕事に……っ」
ものすごい嫌がってて笑う。可愛い。
ということでいつもの推し紹介、枢機卿ガブリエラの部下こと、ロチータである。
異端審問室の、黒地に赤意匠の服。暗い緑色のサイドテール。目は常にグルグルと困惑を示している。グル目キョドリ審問官ちゃんだ。
かなりのネガティブっ子なのがチャームポイントだ。ガブリエラの右腕が聖騎士オトなのであれば、グル目キョドリ審問官ちゃんことロチータは、側近に当たる。
ちなみにだが、こういう尋問は、普通ロチータ、あるいはロチータの眷属の仕事だ。ガブリエラが何でわざわざ直接俺に尋問しているのかといえば、俺に立場があるからである。
ともあれ、俺はそんなロチータに、にこやかに話しかけた。
「あんまり緊張しなくてもいいよ。俺は君の味方だ」
「あ……そ、そうです、か……? あ、あわわわわ。これで敵だったら厄介すぎます。ごめんなさいっ! 信じられません!」
「結構隙がないよね君」
外見に比べてちゃんとしてるところもいい。ぱっと見、常に何かやらかしてるようにしか見えないのに。
「……ハァ~……。教授、あんまりウチの部下を篭絡しようとせんでくださいよ。敵味方関係なく、あなたはかなり危険だ。相手の懐に入るのが上手すぎる」
ガブリエラはジロリと俺を睨んで言う。
「国賓で、悪事を働いた証拠が全く出てない今だから丁重に扱ってますが、少しでも悪事の痕跡が見つかれば、危険度に応じた対処が必要になる。あまり警戒させないでください」
「あ、ごめん。悪いことちょっとした」
「ハァ!? アンタ話聞いてましたか!?」
ブチギレガブリエラである。俺はカラカラと笑って続ける。
「今回のテロ、先んじて掴んでたから、被害を少なくするためにカルコサの狂信者に接触したんだ。連中を少し騙して、敵にぶつけた。本当ならもっと死傷者が出たはずだった」
「―――……教授」
ガブリエラは、ずいと俺に顔を近づけてきて、威圧するように言う。
「知ってること、すべて吐いていただけますか。特に、何故この事件について先んじて知れたか。この事件について知ってることすべて。カルコサの関与。そこを重点的に話してください」
「もちろん。まず簡単なところから話すと、カルコサは無関係に近いよ。俺が巻き込んだだけだ。彼らの襲撃は日常茶飯事だろ? それを利用しただけ。彼らに裏はない」
「……このルルイエで、カルコサをかばう意味が分からない教授じゃないでしょう」
「でも事実だ。カルコサを敵にすれば納得が早いのも分かる。けど、違う。だから違うと俺は言う」
俺はニコリ微笑む。
「俺も、この事件がなるべく平穏に終わることを望んでいる。だから嘘はつかないよ」
「……ロチータ」
「は、はいっ。あわ、教授はまったく嘘をついてません……。すべて真実です……」
「ハァ……。ため息が出ますよ。教授をそのまま信じられたら、どんなに楽か」
「それができない立場は大変だね」
「分かったようなことを言わんでください」
俺が笑うと「やりづらいお方だ」とガブリエラは吐き捨てる。ロチータには、他人の心を読む能力があるのだ。それをこういう尋問に活かす。
「他には、この事件を何で知ってたか。この事件はどういう事件か、についてだね」
俺が主導で話すと、ガブリエラは思うところがあるという顔をしながらも、黙って先を促す。
「この事件をどうやって知ったかについてだけど、こちらについては説明できない。理由は、説明しても君たちには理解できないからだ。それでもいいなら説明するよ」
「……ずいぶんと舐めたことをおっしゃる。試しに話してみてください」
俺は笑顔を絶やさずに続ける。この手のは、僅かな拒否から関係にひびが入るからな。すべて開けっぴろげがいい。伝わらなかったとしても、伝える意思があることが大事なのだ。
ということで俺は全く手加減せずに話す。
「俺前世でこの世界と同じゲームで遊んでたんだよ。ゲームっていうのは電脳上に再現した遊戯機器のことで、その中のストーリーで今回の事件があったんだ」
「え? は?」
「だから俺はこの事件の真相も成り行きも何もかも知ってるんだよ。分かったかな」
「……ろ、ロチータ!」
「あわ、あわわわ……、教授には我々を煙に巻こうとか、そういう考えは全くないです……! 可能な限り分かりやすく説明して、今の話になったみたいです……!」
「クソッ! 教授! アンタ一体何者だ!」
「だから教授だって」
「あああもうホント訳わかんねぇ人だなぁああああもぉおおおお!」
ガブリエラは頭を抱えている。可愛いなあガブリエラ。戦闘狂みたいな面して一端に苦労人なのが推せる。愛おしい。
「もういい! その辺りは些事だ! 教授、本題に入ってくれますか」
ギリギリと歯ぎしりをしながら、ガブリエラは俺を睨む。
「この事件は、どういうことです。誰が主犯ですか。何が目的ですか。理屈はまっっっったく分からないが、把握してるんでしょう。出し惜しみせず教えてください」
「もちろん」
俺は頷き、口端にひっかけていた笑みを消す。
「この事件を端的に言うのであれば――――」
ガブリエラが口を閉ざす。ロチータが俺の思考を読んで「ひっ」と声を漏らす。俺はゲームで見た地獄絵図を鮮明に思い出しながら、こう答えた。
「―――異種族による、海上都市ルルイエへの侵略行為だ」
―――――――――――――――――――――――
New!
名前:ロチータ
所属:海上都市ルルイエ/ルルイエ正教・異端審問室
あだ名:グル目キョドリ審問官ちゃん
二つ名:異端審問室の尋問官
外見: 小柄で細身だが、黒地に赤意匠の服を重ね着しており着ぶくれしている。灰色のぐるぐるが入った白目。鉄色(暗い青緑)のサイドテール
特殊能力:力の渦:自分に対して非実体化状態を付与。一時的にあらゆる物理的干渉(霧属性攻撃以外)を受けず、壁などの障害物も無視して攻撃することができる。
通常能力:心の渦:精神攻撃効果より、敵に鈍化の状態異常を与える。
攻撃属性:霧
防御属性:霧
イメージ画像
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