第65話 君そんなに腰低いの?

 異端審問室の長、第一枢機卿のガブリエラは、まず俺に近づいてきて、その鎌の刃を俺の首元に突き付けてきた。


「さて、それで? お前はどこの誰だ? 何でインスマウス教会と行動を共にしてる?」


 返答を間違えれば、即この場で殺してやる、という意思が見え隠れする問いだった。俺は苦笑しつつ、素直に答える。


「俺はアーカムのミスカトニック大学に所属する、教授という者だよ。初めまして、ガブリエラ」


 一見すると、不遜にも見える俺の対応。それにガブリエラは―――


「……教授?」


「うん、教授」


「……おい、ダニカ司祭。こいつこんなこと吹いてるが、どうなんだ」


「本当ですよ。聖地ミスカトニック大学の管理者にして、アーカムの主、教授その人です」


「……スー……」


 ガブリエラは静かに大鎌を下ろして、息を吸う。それから一歩ガブリエラは下がり。


「――――この度は大変不躾な真似を、失礼いたしましたギャッ!」


 思い切り頭を下げた瞬間に、仲間だったはずの異端審問室の一人に蹴り飛ばされた。


「これはこれは枢機卿猊下が失礼いたしました。あ、わたくし教皇の聖騎士、オト、と申しまガハッ!」


「テメェ、オトォ! 毎度毎度お前上司を何だと思ってやがんだバカ!」


「猊下が悪いんですよ猊下が。何国賓を脅してんですか。しかも救助活動のために汗水流した国賓ですよ猊下が悪いに決まってるじゃないですか」


 流れるように始まる枢機卿と聖騎士のもみ合いである。それを後ろで「アハハ~っ、またやってます~っ」と笑う怪物少女に、「だ、ダメですよぅ……また能力暴発して被害が……」と涙目になる怪物少女。


 そこにボロボロのハルが歩いてきて、不機嫌そうに一喝した。


「その国賓の前でもみ合いを続けるのが、一番、失礼なんじゃ、ないですか!」


 ピシャリと言われ、枢機卿ガブリエラと、聖騎士オトが停止する。二人はしばらくお互いの顔を見つめてから、俺の前に居住まいを正した。


「あー……っと、これは失礼をば。改めて、第一枢機卿、ガブリエラです。お見知りおきを」


 ガブリエラはそう言って、にこやかに手を差し出した。ギザ歯と笑顔で隠しきれない冷や汗が可愛いね。ゲームの印象より腰が低い。


 俺は手を差し出して「よろしくね」とあいさつしながら、ガブリエラを観察した。


 長いターコイズの髪にはピンクのメッシュが入っていて、後ろで二つに束ねられている。黄色っぽい色味の瞳は、フードに被らなくても目立つ。ギザ歯はチャームポイントだ。


 体躯は細身で、赤と黒を基調にした法衣をまとっていた。特徴的なのは、首、手、足に至るまでの枷だ。そして大鎌。いかにもな戦闘狂という感じの外見をしている。


「重ねて、いやはや、とんだ御無礼を。―――そうか今日正教から呼び出された賓客対応ってこれかクソ……。連絡はもっとしっかりしてくれ……」


 ガブリエラは俺のことをそこまで把握していなかったらしい。まぁルルイエの情報伝達酷いからな。仕方ない。


「わたくしも是非仲良くさせてください、教授」


 続いて手を差し出したのは、聖騎士オトだった。


 紫色の編みおろしロングヘア、山葵色のきりっとした目。各所に甲冑を交えた白地に赤のサーコートを身に着け、触手や竜巻を思わせる槍杖を持っている。


 話し方にあまり抑揚がないが、行動が派手な怪物少女だ。粗相をしたからといって上司を蹴り飛ばす度胸よ。


「おい、お前らも挨拶しといたらどうだ。国賓なんかと知り合える機会はあんまりないぞ?」


「アハハ~っ、恐れ多いんでやめときます~っ」


「あ、あわわ、そんな、あの、その、ごっ、ごめんなさいっ」


 ガブリエラが後ろで控えている二人に呼びかけるも、二人は首を振って拒否の構えだ。まぁどうせ二人とも今後やり取りあるからな。推しめ逃がすまい。


「さて、挨拶も済んだことですし、何があったかお聞きしても?」


「うん。話させてもらうよ」


 異端審問室の室長として俺に問うガブリエラに、俺は事情を話し始める。


 話す内容は、表面的なところを一通り、という感じだ。ルルイエ正教に向かっていたらテロが起こったこと。羽樽の怪物の襲撃で、騒動があったこと。


「ふぅむ……。ここでも同じだった、ってとこですか」


 その物言いに、ダニカが聞く。


「ガブリエラ様。それはつまり」


「ああ、他の所でも、同じことが起こった。一通り鎮圧して、ここが最後、という訳だ」


 俺は口を引き結ぶ。同時多発テロ、というのはつまりそういうことだ。連中は計画を練り、試算を重ね、ルルイエをつもりで攻めてきている。


 なるべく権限のある相手にこの話を伝えたい気持ちがある一方で、信用の無い状態でいきなりそんなことをベラベラ話し始めたら、まず間違いなく関与を疑われる。


 難しいな……。俺自身に武力がないから、番外戦術が使えない。強引なやり方が通らない以上、色々と考える必要がある。


 そう思っていたら「しかし」とガブリエラが俺を見た。


「何というか、心苦しい限りですね。可能なら国賓たるあなたに、こんなことは言いたくなかった」


 油断ならない目。俺は彼女の立場を理解し、微笑んで


「そうだね。君の立場なら、そうするしかない」


 俺の行動に、異端審問室の全員が瞠目した。名乗らなかった後ろの二人は「え、え~っ」「あ、あわわ」と慌てだし、聖騎士オトも「これは……」と言葉を失っている。


「……アタシは、どんな敵にも怯みません。アタシより強い奴はルルイエにいない。教皇聖下ですら、アタシと並ぶ程度だ」


 ですが、と言いながら、ガブリエラは石で作られた古めかしい手錠を俺に嵌めた。


「あなたのその行動には、背筋が凍りますよ。敵でないことを祈ります」


「ちょっ、ちょっと待ってください! ガブリエラ猊下! 何故教授を!?」


「ダニカ司祭。お前ならアタシの立場は分かるだろう」


「だ、だとしてもこれはっ」


 抗議するのはダニカだ。だがガブリエラはダニカに目もくれず「そちらの白髪も拘束しろ」と命令を下す。すでにオトがリリの背後に回っていて、素早く手錠をかけて拘束した。


「りっ!? な、何? リリ何か悪いことした?」


「すみませんが、職務ですから」


「えっ、えっ、な、なんで、ですか……っ? きょ、教授もリリ、も、悪いことは何も……!」


、シスター・パーラ。計画された侵略行為、時期同じくして現れた他国の国賓、身元知れずの怪物少女。疑うには十分でしょう」


「―――……ッ」


 パーラはオトの返答に絶句して、ハルに縋りつく。ハルはパーラを抱きしめながら食い下がる。


「そんな、横暴な……ッ! 教授はワタシたちの指揮をとってこの場を持ちこたえさせ、しかも救助活動を行っていたんですよ!? リリも救助していました! それをッ」


 ガブリエラの対応は容赦ない。


「アタシ達にはその権限が与えられている。異端審問室とは、そういう組織だ。第一、援護も救助も偽装工作だったらどうする。お前の一時の感情で、ルルイエを危険にさらすのか?」


「~~~~~~ッ」


 ハルはもう歯噛みするしかない。リリは状況が分からず、混乱に何も言えないでいた。


 ガブリエラは声高に宣言する。


「独立捜査組織『異端審問室』の特権により、国賓、アーカム所属ミスカトニック大学が主、教授、および素性知れずの怪物少女一名を、外患誘致罪の疑いで拘束する!」


 川沿いで避難途中だった市民たちが、「えっ、教授が?」「そんなわけないだろ! 俺たちを助けてくれたんだぞ!」「その子には恩があるんだ! 放してやれ!」と声をあげる。


 だがガブリエラの返しはにべもない。


「繰り返す! これは『異端審問室』の特権によるものである! 覆すには複数の枢機卿、あるいは十名以上の司祭の合意権限を必要とする! 抗議はルルイエ正教にされたし!」


 ガブリエラの宣言を聞いて、市民たちが悔しそうな顔をして押し黙る。だが、ガブリエラを始めとした異端審問室の面々の表情も硬い。


 俺は肩を竦め、そっとガブリエラに告げる。


「大変な職務だね。立派だ」


「……あなたが本当に敵だった時、アタシは他人を信じられなくなりそうですよ、教授」


 皮肉げに苦笑して、ガブリエラはわざと乱暴に俺たちを連行した。











―――――――――――――――――――――――


New!


名前:ガブリエラ

所属:海上都市ルルイエ/ルルイエ正教・異端審問室

あだ名:戦闘狂に見える苦労人

二つ名:第一枢機卿、異端審問室長

外見: ターコイズブルーの髪を後ろで二つに束ね、ピンクのメッシュが入っている。練色の瞳を持つ。身長は並で華奢。首、手首、足首に枷をつけている。耳にはピアス。フードのようなものをそなえた赤を基調とした法衣をまとっている。身の丈ほどの大鎌を持つ。

特殊能力:殻被り/石化の邪眼:フードを被り、真の姿に近づくことで神性を獲得する。/神性を用いて、扇状に石化の邪眼を放つ。石化のスタン効果およびダメージ。三回撃つと神性を失いフードを脱ぐ。

通常能力:『邪魔な枷はこうだ』:戦闘の昂ぶりにより、戦闘中自身の枷を一つずつ外していく。その度に自動攻撃する触手が解放され、また手に持った鎌に火山の熱が付与される。

攻撃属性:霧

防御属性:混沌


イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/Ichimori_nyaru666/news/16817330659886903774


名前:オト

所属:海上都市ルルイエ/ルルイエ正教・異端審問室

あだ名:下剋上上等聖騎士

二つ名:教皇の聖騎士

外見:紫色の編みおろしロングヘア、山葵色(やわらかい黄緑)のきりっとした目。各所に甲冑を交えた黒地に赤のサーコートを身に着け、触手や竜巻を思わせる槍杖を持っている。

特殊能力::槍杖を地面に突き立て巨大な触手を現して降り下ろし、扇状に広範囲攻撃

通常能力::水を杖に纏わせ槍として攻撃する。水の穂先を操ることで、一定の割合の防御貫通効果がある。

攻撃属性:混沌

防御属性:混沌


イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/Ichimori_nyaru666/news/16817330659887047639

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