第64話 敵か味方か
今回の戦闘の目標は、耐えきること、可能な限り市民を殺させないこと、だ。
戦闘開始前に言ってしまうが、状況ははっきり悪い。勝ちに行く戦力ではないのだ。ちょっと考えて他の怪物少女の力を借りようとも思ったが、クロが許可してくれなかった。
『ルルイエは強力な自治区だよ。力ある怪物少女を許可なく連れ込むと、アーカムとルルイエで外交問題になる。それとも、アーカムとルルイエで戦争するかい?』
ルルイエを助けたくてルルイエと戦争になるのでは本末転倒だったので、仕方なく断念という運びになった。苦肉の策で狂信者どもを使った、というところだ。
そんな訳で、テロを未然に防ぐまでは出来なかったが、テロの規模間を落とすことに関しては大きな成果を上げた、というところに落ち着いている。
まだ死者は見た範囲だと居ないし、迅速に連中をしばきまわすこととしよう。
「やり口はいつも通りだ。ハルが集めて、ダニカが潰す。敵の攻撃で疲弊したらパーラが支える。いいね?」
『了解』
三人が一様に頷く。ひとまず、これでやってみよう。
俺たちは前進する。前衛はダニカ、中衛ハル、後方支援に俺とパーラ、そしてまだ戦力にはならないリリ、という形だ。
進みながら、ダニカが声を張り上げる。
「インスマウス教会のダニカです! 皆さんの救助に来ました! 手が必要な方は声をあげてください! 避難する方は私の後方から、舟で教会へ向かってください!」
「ダニカ様!」「ダニカ様だ!」「こんなにすぐに助けに来てくださるなんて、流石は我らが司祭!」「すいません、瓦礫に腕を挟まれて逃げられません!」
ダニカの声を聴いて、多くの市民が活気づく。その背後で、俺はリリに頼みごとをする。
「リリ、戦わなくていいから、代わりに瓦礫で動けない人を助けてくれるか?」
「う、うぅ……」
「頼む。力が強いリリにしか、頼めないんだ。リリが勇気を出せば、救われる人がいるんだ」
「……」
怯えた目で、リリは俺を見上げている。だが、俺はその恐怖を正面から見据えた。リリは俺の服を掴む手をぎゅっと固め、荒く呼吸する。その虹色の目には、涙がにじんでいた。
「こ、こわい……こわいよ……」
リリは、泣き出す寸前だ。そうだよな。当然だ。怖いに決まっている。
「……なら」
俺は、リリの手にそっと自分の手を重ねる。
「俺が助ける。リリは、その手伝いをしてくれるか?」
「……いっしょ? きょうじゅと、いっしょにするって、こと……?」
「そうだ。一緒に、みんなを助けよう」
「……うん。いっしょだったら、できる、気がする」
その返答に、俺は微笑む。
「ありがとう、勇気を出してくれて。行こう。―――ダニカ! 戦線から外れるけど、指揮は継続する! 気にせず進んでくれ!」
「分かりました!」
ダニカたちは前に進む。俺はゲーム画面から戦況を確認し、ハルのスキル、ダニカのスキルの連撃で範囲ごと羽樽どもを攻撃する。
だが、羽樽どもはそれ以上に頑丈だった。今まであらゆる敵を一撃で打ち砕いてきた氷砲でも、連中は死なない。レベルをあげれば違うだろうが、今はその余裕がない。
「確実に仕留めるには二発いるな……。リリ、こっちだ!」
「う、うん……っ!」
俺たちは瓦礫に腕を挟まれたルルイエ市民の方に駆け寄っていく。半魚人の男は、俺を見て目を丸くした。
「アンタは、アーカムの教授、だったか……? アンタが俺を助けてくれるのか? それに、最近浜辺で見つかった子じゃないか」
「ああ、俺とこの子が助けるよ。腕は大丈夫?」
「ああ、奇跡的に隙間に挟まったみたいで、痛みはない。けど抜くのはちょっと難しくて」
「リリ、手伝って」
「うん。うん!」
段々やる気が恐怖に勝ってきたらしく、リリは元気にお返事だ。俺はそれに頷いて、瓦礫に手をかける。リリもそれに倣う。
「いっせーのーせ、で行くぞ」「うん」「「いっせーのーせ!」」
そろって力を入れる。俺より遥かに強い力で、リリが瓦礫を持ち上げた。俺全然要らなかったな、と思いつつ、ルルイエ市民に声をかける。
「どう?」
「お、おぉっ! 抜けた! 抜けたよ! ありがとう、教授! 浜辺の子! この恩は忘れないよ!」
半魚人のルルイエ市民は笑顔で駆けだした。俺たちが来た川へと集まって、各自うまく舟に乗り込んでドンドンとここから離れていく。
「ダニカ! 戦況は!」
「わ、悪いです!」「全然終わりが見えないんですけど、教授!?」
ダニカが堪えるように言い、ハルが泣きそうな声で叫ぶ。画面で俯瞰的に戦況を確認すると、なるほど確かに敵の数が多すぎる。
とりあえずコストが溜まっていたので、ハルとダニカのスキルを撃っておく。ハルの光る魚が地面に渦を作り、羽樽たちが吸い込まれたところで氷砲が突き刺さる。
先ほどの生き残りはこれで確実に死ぬ。だが新たに集まってきた羽樽の怪物どもはまだ健在だ。
俺はゲーム画面に表示される『残り時間』を確認する。本来の戦闘なら、この時間中に敵を殲滅しきれなければ敗北だ。
だが、今回に限っては話が違う。
「あと少しだ! もう少し前線を持ちこたえてくれ! 避難する人はあっち! 川の方だ! 走れ!」
俺は声を張り上げる。ルルイエ市民が俺の誘導に従って、川の方向へと走っていく。ダニカが疲弊し始めていたからパーラの回復を撃つ。その間にリリとまた救出を行う。
「教授……! もう、もう無理です! 抑えきれません! お姉さまはもう限界です!」
ハルが悲鳴を上げる。ダニカはそれを否定しない。俺は歯噛みする。歯噛みして、叫ぶ。
「あと少しだ! 耐えてくれ! もうすぐ! もうすぐだ!」
「何がもうすぐなんですか! もう逃げましょう!? お姉さまが、お姉さまが―――」
その時、声が響いた。
「こりゃあ地獄絵図だなぁ。怪物どもが群がりやがって。仕方ねぇから、一掃してやるよ」
ゲーム画面で、戦闘時間が終了する。同時、『Combat Victory!』と演出が入る。
声が響いたのは、建物の屋上からだった。四人の赤と黒の法衣をまとった少女たちが立っている。
その内の一人、大鎌を携えた少女が、この戦況を睥睨していた。後方支援のパーラが彼女を見上げ、目を剥く。
「……い、異端審問室……っ」
「お前らが何者かは知らねぇが、異端どもは皆殺しってな」
先頭に立つ大鎌を持った少女は、ピンクのメッシュの入った長いターコイズブルーの髪をまとめ、フードを被った。すると顔が影に隠され、瞳ばかりが爛々と輝いて見える。
そして彼女は、言うのだ。
「アタシの石化の眼光は、すべての異端に平等だ」
瞳が大きく輝く。同時、この場に集まっていた羽樽のすべてが、石化して地に落ちた。
「平等に、石化の苦しみをプレゼントってなぁ!? ギャハハハハハ!」
ゲタゲタと悪辣に笑う少女に気付き、助かったというのに、ダニカとハルは表情を引き攣らせている。
それから彼女含む赤と黒の四人―――異端審問室は、軽やかに地面に降り立った。主に俺たち五人を見て、大鎌の少女はギザギザの歯をむき出しにし、不敵に笑う。
「第一枢機卿および、異端審問室室長、ガブリエラ様だ。インスマウス教会の諸君に、素性の知れぬ二人。まずは状況を説明してもらおうか」
赤と黒の法衣をまとった異端審問室の面々は、素早く俺たちを包囲した。俺は両手をあげて「抵抗しないから、話を聞いてもらえると助かるな」と告げる。
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