第62話 眷属
夜、教会が暗がりに包まれる時間。
ルルイエには電気系灯りがないので、夜も更けると月あかりと蝋燭の火くらいしか、ルルイエには光源がない。だが夜目に慣れると、雰囲気があっていい。
そう思いながら、俺はダニカと共に廊下を渡り、イスに腰掛ける。
「少し待っていてくださいね。お茶を淹れてきます」
ダニカは台所の方に行って、少ししてから戻ってきた。トン、と軽い音を立ててお茶が置かれる。くゆる湯気に少しすすると、エキゾチックな味がした。
「話っていうのは、リリのことかな」
俺が言うと「教授はお話が早くて助かります」とダニカはクスリ笑う。
「リリの話が半分。教授の予定の話が半分、というところです」
「俺の話もあるのか」
「まぁお立場がお立場ですからね……」
ダニカは苦笑気味だ。この感じだと多分上から突かれたな?
「分かった。まずはリリの話をしよう」
俺が言うと、ダニカは「ありがとうございます」と話を切り出した。
「リリについてですが、私の方でいくらか調べてみました」
「調べた?」
「はい。過去に誕生した怪物少女であるなら、文献がありますから」
俺はその話を聞いて、クロの言っていた『時空が壊れている』という話を思い出す。
「過去、か」
「はい。知っての通り、この世界は魔道にのまれ、時空が壊れています。過去と未来は地続きに繋がり、時空の猟犬たちは役目を失いました。あるのはただ、霧と闇」
ですから、とダニカは続ける。
「例えばアーカムとルルイエでは、おそらく数万年という時間がずれ込んでいます。アーカムはルルイエから見れば、はるか未来に位置する時空です」
確かに、ルルイエには文明感が薄い。アーカムは現代に比べれば古めかしさがあるが、それでも発展していた。
「それで、リリの未成熟さから逆算して、過去の怪物少女なのでは、と調べてみたんです。それが分かれば対処も分かりますから」
「結果は」
「そこです」
ダニカが、困った風に眉を垂れさせる。
「結論から言うと、調べられませんでした。情報が足りないんです。主に、眷属の情報が」
「眷属」
俺の反復に、ダニカは頷く。
「怪物少女には、必ず眷属がいます。多数いるパーラなんかは分かりやすいですね。だから未来の時空に赴くと、パーラの情報は結構簡単に調べられます」
パーラの眷属は、ルルイエの大半を占める魚人たちだ。早朝に川渡りをすると、朝食用の魚を売ってくれる。余談だがカルコサやアーカムでは襲撃される。
どこにでも出る怪物は、情報が多い、ということだろう。だから犬猫太もも娘ことジーニャ、パンク系作業ガールことミミの情報も、文献によく出てくるとされている。
逆に言えば。
「リリは眷属がいないから、調べるに調べられない、と」
「はい。取り掛かったのにそこで躓いて、自分で恥ずかしくなりました……。窓を割ってしまいたいくらいです」
ダニカが窓を割りたくなるなんて相当だ、と俺は戦慄する。
冗談はさておき、俺は考える。眷属。怪物少女に従う怪物たちだ。
怪物と怪物少女の関係性は複雑だ。怪物少女が死ねば怪物は主失いとなる。だが逆に、怪物少女が怪物を失えばどうなるのか。
周囲に眷属を失った怪物少女なら、リリの他にも知っている。クレドのネズミ耳ボウガン娘、ズーカもそうだ。リリもズーカも、失ってはいるがそう支障はなさそうに見える。
そして、目の前のダニカも、眷属と共にしていることを見たことがない。
「質問していいか?」
俺が言うと「はい」とダニカは居住まいを正す。
「ダニカって、眷属を連れてないよな。リリは多分失ってしまったんだと思うんだけど、ダニカはどうなんだ?」
「……そ、それは、中々答えづらいことを」
ダニカは渋い顔で言ってから「でも、教授は研究者ですものね。魔道研究に進展があるなら、うう」としばらく逡巡して、躊躇いがちに口を開く。答えづらい質問なんだこれ……。
「その、私の眷属ですが」
「うん」
「……眠らせています。海中深くに」
それを聞いて、俺は目を丸くする。
「居はするのか」
「はい。私の眷属は単体ですが巨大ですので、近くに控えさせるのは少し問題がありまして。眷属も常に怪物少女の言うことを聞くという訳ではありませんし」
単体、と聞いて、俺は考える。巨大な怪物はドリームランドのキショ巨人とかで知っているが、単体か。
「他にも眷属の姿が見えないタイプの怪物少女っていうのはまぁまぁいるけど」
「多分私と同じで、眷属は一体の方だと思います。そういう方は眷属に力がありすぎることが多いですから、大きな困りごとがない限りは眠らせておくのが普通なんです」
「それは、知らなかったな。そうか……」
俺は腕を組んで考える。ゲームにも出てこなかった情報だ。
確かに眷属を連れる怪物少女は、常に複数だった気がする。恐らくは、種族の主、という形の怪物少女となるのだろう。
一方で、たった一体の眷属しかいないタイプの怪物少女は、何だろうか、強力で言うことを聞くかどうかわからない半身としての眷属、ということになるのか。
だから、制御不能を恐れて眠らせておく。そういう怪物少女は多いかもしれない。特に強力な怪物少女ほど、そういう事例も多くなりそうだ。
「リリは服も私たちが与えたものですし、特徴が少なくて調べにくいんです。眷属がいれば一発なんですけど……」
ダニカは難しい顔で唸っている。俺もリリの謎について唸る。
リリのことは知っている。これから何が起こるのかも。だがリリのことは、本人の性格とか、そういう個人的なところしか把握していない。
リリにはどういう眷属がいるのか。どういう怪物少女なのか。俺は表面的なところしかわかっていないのだな、と思い知らされる。
「分かった。俺も機会があれば調べてみるよ」
「ありがとうございます、教授。頼りにしてます」
「ダニカに頼られるなら、いつでも歓迎だよ」
「っ。……うふふっ。リップサービスでも、嬉しいです」
ダニカは揺れる蝋燭にぼんやりと照らされて、色っぽく赤面する。え、ヤダ可愛い。いつも清楚なダニカに邪教っぽさが戻ってきている。
「リリの話は、そんなところです。まだ謎の多い子ですから、気にかけていただけると嬉しいです」
「ダニカだって俺と同じ見つけただけの立場なのに、ずいぶん大切に思ってるんだな」
「だって可愛いですから、リリは。もう私たちの大切な妹です」
うふふっ、とダニカは微笑む。「それで、教授の話ですが」と彼女は続けた。
「実は上から『いつ正教に連れてくるんだ』とせっつかれておりまして」
「正教」
「はい。『ルルイエ正教』。このルルイエを統治する政府機関にして、『眠れる教皇』を長に頂く宗教組織です」
俺は身を引き締める。ダニカは俺を正面から見据え、説明を始める。
「教授は立場上、教皇聖下に並ぶ地位になりますので、そう緊張しすぎることはありません。そもそも聖下は永い眠りについていらっしゃいますので、お見えにもならないでしょう」
並ぶ地位、と言いつつも、心理的な距離感はかなりのものらしい。姿を現さぬ長『眠れる教皇』。俺はその正体を知りつつ、厳かに語られる様に姿勢を正す。
「じゃあ上っていうのは」
「三人いらっしゃいます枢機卿の方々がお見えになるかと思います」
ダニカは一拍おいて、俺に紹介する。
「第一枢機卿および異端審問室室長、ガブリエラ様。第二枢機卿および
ダニカは俺を見る。
「皆様、私からこういうのもよくありませんが、一筋縄ではいかない方々になります。特に、異端審問室室長でもあらせられるガブリエラ様は、苛烈な方です。どうかお気を付けを」
「……そうだな、分かった。肝に銘じておくよ」
俺は頷く。ネタが分かっていても少し緊張するな。
「ちなみに訪問はいつになるんだ?」
「……すいません、明日です。先ほど伝書魚が来てしまったので」
「上はいつの時代も勝手だよなぁ!」
「本当です!」
俺とダニカは、上司への愚痴でひとしきり盛り上がった。夜中に騒ぐな、とカルコサの狂信者に窓を割られた。
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