第56話 窓の代償
まずは戦況分析から入ろう。
自陣はダニカ、ハル、パーラの三人姉妹。敵はカルコサの狂信者が五人。
この狂信者というのが意外に厄介で、何故かと言うと全員魔術師なのだ。マフィアとは違う。
つまる話何が厄介かと言えば、連中には攻撃属性、防御属性がついている。
「くっ、天空都市の狂信者はこれだから……っ!」
ダニカは鉤爪で斬撃を放つものの、連中の防御属性が闇である。混沌の攻撃属性のダニカの攻撃は、ほとんど届かない。
が、『ケイオスシーカー!』というゲームは、じゃあそれで詰みか、というとそうではない奥深さがある。
俺はコストが溜まるのを確認して、ハルのスキルを撃った。
「ッ! お姉さまに言われなければ、従ったりはしませんから!」
ツン台詞を言いながら、尾ひれシスター次女ことハルは、特殊スキルを放つ。
まずハルは、耳元のうろこのイヤリングに触れた。すると指先にぽぅと青白い光が宿る。
それはハルの手の動きに従って巨大化し、最後には数匹の魚になった。青白く光る、幽霊のような魚。
「魚たち、この場に渦を投影しなさい」
光る魚たちが、地面に飛び込んでいく。すると地面が波紋を立てて水のように波打ち、魚たちの動きの中に渦を作り上げた。
「くっ、足が取られっ」
「構うなっ! 攻撃を続けろ!」
敵の攻撃が前衛を務めるダニカ、ハルに当たる。だがその程度なら、パーラの回復で事足りる。
「お姉さまたち、これを食べてください……っ」
「ありがとうございます、パーラッ」
ハルが礼を言う中で、ダニカは詠唱を走らせている。呪文が完成し、空中に魔法陣が浮かぶ。
敵は闇の防御属性だ。だから、混沌の攻撃属性のダニカの攻撃は、普通当たらない。
だが、ハルの特殊スキルは、そう言った問題を解決するものの一つでもあった。
―――地面が波打ち渦を巻き、狂信者たちが渦の中央に集められていく。
「くっ、クソッ! 出れな」「足が取られて、クソッ! クソォッ!」
狂信者たちは動けない。防御属性・闇は、その特性を『敵からの攻撃が当たらない』ことを本質とする。連中に攻撃が当たらないのは、天空都市の風の加護が故。
逆に言えば、動きを止めて拘束すれば、それはつまり闇の防御属性が無力化されたのと同義になる。
「穿て、氷砲!」
魔法陣から、氷塊が放たれる。狂信者たちが、一息の粉々になっていく。
「ぐぁぁあああ……!」「覚えていろ……!」「我らは風の信仰者。風は死なぬ。何度でも襲いに来てやるからな……!」
黄色の風に溶けていくように、狂信者たちは消えていった。死んだのか死んでないのかよく分からないが、撃退はできた、というところだろう。
「……え、こんなにスムーズに行きます? え……?」
そしてあまりにあっさりと勝利してしまった、とばかり、ハルがキョトンと目を丸くしている。
一方顔を晴れやかにして俺に近づいてくるのはダニカだ。
「教授っ、ありがとうございます! やっぱり教授がいると違いますね。とっても戦いやすかったです」
「は、はい……っ。いつもはダニカお姉さまの砲撃は当たっても一人だし、ハルお姉さまのお魚も一人足止めできればいい方だし、パーラの補給は明後日の方向に行っちゃうし……」
「あ、そんなに違う」
俺が指揮取ると、その辺りは百発百中だもんな。基本外さない。やっぱゲーム画面最強だなぁと思っていると、ハルがずんずんとこちらに近づいてきた。
「お姉さま! 離れてください! この男は怪しいです! た、確かに指揮のお蔭でずいぶん楽に撃退ができましたが、襲撃のカウントダウンが怪しすぎます!」
ハルが、俺からダニカを引きはがしようにして、ダニカを引っ張った。それからダニカを抱きしめながら、唸るようにして俺を睨んでいる。
俺はそれに、ちょっと反省だ。ストーリーを知っているから、この辺りで雑魚の襲撃が来るだろう、と山勘で数えたらドンピシャだっただけなのだが、妙に警戒させてしまった。
一方、ハルの発言にムッとするのがダニカだ。
「ハル! 失礼ですよ。教授は気さくな方ですけれど、立場的には教皇聖下に並ぶ方です。あなたは聖下にそんな態度を取るのですか!?」
「う、で、でも。お姉さま、本当に怪しくて」
「ハル!」
「う、うぅぅううぅぅぅぅ……」
ハルは大好きなダニカに叱られて涙目だ。今回は俺の方が悪いので「まぁまぁ」と仲裁に入る。
「ダニカ、俺が少しふざけてしまったのが大きいから、あまり怒らないであげて」
「そう、ですか……? 教授が言うなら、分かりました」
「ハルも、ふざけて妙なことを言ってしまってごめん。予知系の魔術をいくらか修めてて、先の展開を知ってただけなんだ」
「……ふんッ!」
涙目のまま、ハルはぷいっとそっぽを向いてしまった。可愛い。クソゥ推しは怒っても可愛いぞ。それはそれとしてごめんだけど。
そこで、パーラがこんなことを言った。
「……予知してたってことは、教授は、ダニカお姉さまが大切にしてる窓が割れるのを知ってた、ってことですか……?」
こてん、と首を傾げて尋ねてくるパーラに、「確かに」と俺は呟いた。知ってたと言えば知ってたな、うん。
と思った瞬間、ダニカの目の色が変わった。
「あ、アレ? ダニカさん?」
「……教授? おふざけでそれはいけません。何度も何度も何度も何度も割られているインスマウス教会の窓ですが、一つ一つ高価なステンドグラスなんです。非ユークリッドデザインは特に専門の職人が手掛ける、非常に貴重なもの。割られずに済むならそうしたいんです。お分かりいただけますか?」
「すいませんでした」
素直で清楚なダニカのガチ説教には、俺も頭が下がるばかりだ。
っていうか何? そんな高価なもの毎回襲撃の度に割られてんの? 可哀想すぎない?
「まぁ今日のはダミーの安いものですから、そうカッカしても仕方ありませんが。賓客がお越しになるときは本物を設置しますし。そう言う時でも平気で割られますし。窓……」
ダニカは段々憔悴するように、地面に散らばる窓の破片を見つめている。マジで可哀想。
しばらく地面を見つめていたダニカは、大きなため息を吐いてから、背筋を直した。それから異様に慣れた手つきで窓ガラスの破片を片づけてから、くるりと俺に向き直る。
「ともあれ、招待に応じてお越しいただき、誠に感謝いたします、教授。本当なら本物のステンドグラスを設置して、正式にお迎えしたいところでしたが、仕方ありません」
その態度に、ハル、パーラの二人がハッとして、ダニカの両隣に並んだ。ダニカを筆頭に、三人が俺に頭を下げる。
それから笑顔と共に、ダニカは言った。
「海上都市ルルイエにようこそ、教授。歓迎いたします」
「ありがとう、ダニカ、ハル、パーラ」
俺の礼に、ダニカは清楚に微笑んだ。それから歓待ムードで、俺に近づいてくる。
「まずは、教授を客室にご案内しますね。ああ、それから、お夕食は済まされていますか? まだでしたら、パーラが作ってくれた魚料理は絶品ですよ」
「実はまだなんだ。ご相伴に預かってもいいかな」
「も、もちろん、です……っ。では、準備してお待ちしてます、ね……?」
「ありがとうパーラ」
二人に付き添われる形で、俺は客室に案内されていく。
その背後で、小さく小さく「ワタシは認めないんですから……」という涙声を、耳が捉えていた。
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