第55話 インスマウス教会

 扉を開くと、夜の教会が俺の前にそびえ立っていた。


 ぱっと見はバチカンのような、宗教色の強い荘厳な建物の景色が広がっていた。建物の明かりが夜を照らしている。


 そういった道の狭間に、細かく水路が走っている。時たま明かりを灯した船が進む様子は、ベネツィアという感じだ。バチカンとベネツィアを足したような街並みになっている。


 だが、よく見ると、何やらだまし絵のような構造をしている建物が多いことに気が付く。見れば見るほど構造の意味が分からなくなる感じだ。


「非ユークリッド幾何学的な建造物群だ。人間の常識から逸脱しているから、あまり見るものではないよ」


 クロが俺の目を手で覆う。クロの小さなおてて……と俺は満足してしまって、建物の構造から興味が失せた。


「しかし、君は話を聞かないね、マスター。まぁ来てしまったものは仕方がない。ダニカにお世話になるとしよう」


「ああ、俺もそのつもりだ。んで、ここか?」


「そうだよ。インスマウス教会。ダニカ、パーラが所属する組織の建物だ」


 俺は改めて教会を見上げる。一見カトリックっぽいが、やっぱり何かおかしいんだよな。あそこに繋がる柱が何であそこに……んん?


「だから、見ちゃダメだよ」


「ごめんごめん。じゃあ行くか」


 俺は四回ノックしてみる。すると「はい」とキリリとした声が返ってくる。


 ダニカではない。パーラでもないだろう。となると、と思いながら待っていると、扉が開かれ、声の主が現れた。


 その少女は、予想を裏切らず、ダニカ、パーラと雰囲気の似た少女だった。


 紺の三つ編みに緑の目。大きな胸元に、シスター服が押し上げられている。ダニカと同じく深いスリットの入った服、魚と触手のペンダントをつけ、対になる耳に鱗のイヤリングが。


 そしてダニカたちと関連する最も大きな特徴として、やはり尾ひれが揺れている。尾ひれシスター次女って感じだ。


「……? 人間……?」


 彼女は、奇妙そうに眉をひそめて俺を見つめていた。俺はにっこりと微笑んで、挨拶を一つ。


「夜分遅くに失礼します。私はインスマウス教会の司祭、ダニカさんより招待いただきました、教授というものです」


 その言葉に対する、尾ひれシスター次女の反応は激烈なものだった。


「――――――ッ!?」


 驚愕、戦慄。彼女は目を剥いて肩を竦ませ、俺の顔を凝視していた。俺はその顔があんまり面白くて、笑いをかみ殺すのが難しかったほどだ。


 続く言葉もあんまりだ。警戒と嫌悪を滲ませて、尾ひれシスター次女は言う。


「お帰りください。ここにそのような人はいません」


「ブフォッ」


「!?」


 俺がとうとう吹き出してしまったのを見て、尾ひれシスター次女はまたも驚愕する。


 いやこれ面白いな。ネタが割れてるとマジで面白い。


「な、何ですか。何で笑うんです? 初対面で失礼ではないですか?」


 俺はもう吹き出してしまったので、肩を震わせながら言う。


「3」


「はい?」


「2」


「何を言って」


「1」


「も、もういいです。いいからここを―――」


「0」


 教会の奥で、悲鳴が上がる。


「あああああ! また! また襲撃者が窓を! 窓を! ハル! パーラ! 撃退しますよ! 備えてください!」


「っ!?」


 奥で窓が割れる音と、ダニカの声が響く。尾ひれシスター次女は動揺に背後を向き、混乱状態に陥る。


 その横を、俺はすり抜けた。


「失礼するよ」


「あっ、ちょっ」


 俺は尾ひれシスター次女ことハルを横目に、教会の中に入った。すると元祖尾ひれシスターことダニカ、気弱メイドシスターことパーラが侵入者に相対していた。


「っ! 新手です、か……きょ、教授!?」


「きょっ、教授です……っ!」


「やぁ久しぶり。招待に預かってお邪魔しに来たよ。大変な状態だし、手を貸そうか?」


「あっ、ありがとうございます! ではみんな、私たちはこれから、教授の指揮下に入りますよ! 教授に従って動いてください!」


「おっ、お姉さま!?」


「ハル! 初対面で戸惑っているかもしれませんが、教授は信頼できる方ですし、高い実力があります! ここは従ってください!」


「でっ、でもお姉さま! この人、襲撃に合わせてカウントダウンを」


「良いから! お願いしますよ!」


 ダニカに強く言われ、ハルは涙目でキッと俺を睨んだ。俺は苦笑でそれを受け止めるばかり。


 ということで、定番、俺の推しの一人であるハルである。ダニカの最初の妹で、ダニカが大好き。そしてダニカに近づく教授の印象が悪い。ツンケンしている理由はそれだ。


 けどまぁ言ってしまえばツンデレの亜種のようなもので、ちょっと姉妹百合っぽい感じも可愛い怪物少女である。


 そんな風に思っていると、パーラがとてとて走ってきて、俺の傍が持ち場だとばかり戦闘の準備を始める。それから俺を見上げて「また、会えました……!」と笑顔だ。可愛いね。


「ああ、俺もまた会えて嬉しいよ、パーラ。ともかく、まずは襲撃者の撃退から始めよう」


 俺は襲撃者の姿を捉える。連中はどういう訳か四肢の欠けたような人間たちで、胸元に三つに分かれるはてなマークみたいな、妙なマークの首飾りを付けていた。


 ……あのマーク見たことあるな。多分黄色お嬢様ことハミングのマイクの下についてたマークだ。とすると、天空都市の教信者ってところか。


「黄衣の王の威光を知らしめにやってきたぞ、汚らわしい魚どもが! 今日こそこの狂った教会を打ち砕いてくれる!」


 俺はゲームでも聞いたような定型句を耳にして苦笑する。


 いや、マジで海上都市ルルイエと天空都市カルコサって仲悪いんだよ。具体的にはカルコサでもこう言う襲撃は日常茶飯事。こっちの魚人たちも天空都市に襲撃に行ってる。


 そしてお互いに、自陣の襲撃者を止めたりはしないので、お互い様のクソ治安なのだ。まぁこの世界『サンクチュアリ』は、基本全部クソ治安だから仕方ないね!


 そう思っていると、ダニカがうんざりしたようにため息を吐く。


「はぁ……いっつもいっつも、貴方たちのような人が窓を割っていくんですよ! 教会の修繕費も馬鹿にならないんです! いい加減にしてください!」


「貴様らのところの魚人どもだって、何度天空都市の祭典を邪魔したか!」


「何十回もやってるんですから、いくらか邪魔されたってかまわないでしょう! 騒がしいんですよアレ!」


「こんな海上で、天空都市の祭典が聞こえるものか!」


 この通りである。どっちも悪いので、せっかくだから俺は怪物少女につくのだ。


 え? どっちも怪物少女だった場合はどうするのかって? 一緒に行動を先にしてた方につくよ。もしくは気分。


「よぉっし。今日も元気に海上都市と天空都市はケンカしてるな。じゃあ狂信者ども。恨みはないけどここで死んでくれ」


「何だ貴様は!」


「ミスカトニック大学所属、教授と名乗るものです」


「きょっ、教授!? あの!?」


 狂信者どもがざわめく。俺はニヤリと笑う。それから、こう言った。


「ま、運がなかったと思ってくれ」


 俺はゲーム画面より、『戦闘開始』ボタンをタップする。











―――――――――――――――――――――――


New!


名前:ハル

あだ名:尾ひれシスター次女

外見: 紺色の三つ編みに緑の目、ふくよかな体躯をした少女。深くスリットの入った黒い礼服を着て、魚と触手が描かれたペンダント、ダニカと対になる位置に鱗のイヤリングを付けている。スカートの端から尾ひれが揺れている。身長は低め。

特殊能力:アストラル体の投影魚:イヤリングの鱗からアストラル体の魚を放流し、指定の地面を水、渦巻きへと変えて、周囲の敵を集め、移動を一定時間禁止する。

通常能力:『教会掃除のついでです』:空気中の水分を集め、高圧水流として放ち攻撃する。

攻撃属性:闇

防御属性:混沌


イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/Ichimori_nyaru666/news/16817330659663619881

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る