メインストーリーvol.1「深淵の呼び声」第一章

第54話 メインストーリー、開幕

 森の喫茶店クレドのひと騒動を終えて、俺はしばらく忙殺されていた。


「クソ治安を、ぶっ潰す!」


 まず降ってきた仕事は、アーカムの治安維持活動だ。コネのある怪物少女を駆り出して、悪徳マフィアどもの掃討をやったり、発狂警察の鎮圧をしたり、てんてこ舞いだった。


 だが、仕事はそれだけではない。


「論文の山を、書き上げる!」


 クレドの騒動で得た知見を、俺は論文に書き記す作業に追いやられていた。ずっと避けていたがとうとうクロに軟禁されたのだ。


 捕まったからには観念し、一昼夜で膨大な論文を執筆することにした。終わった時、クロは「できるならさっさとやればいいのに、マスターはまったく」とジト目をしていた。


 しかし、それで終わる俺ではない。


「怪物少女たちと、仲良くなる!」


 怪物少女たちの命を救ったはいいものの、それで放置という訳には戦力的にも俺の感情的にもいかない。仲良くなった分だけステータス上がるしな。石ももらえる。


 つまる話色んな所に顔を出して、親交を深める、ということだ。俺がみんなを大好きというところを抜きにしても、序盤ではバカにならないくらいアドがあるのである。


 そんな風に、日々忙しくアーカム生活を送っていた頃のことだ。


「帰宅~……」


 治安維持でヘトヘトになって大学に帰還すると、クロが「やぁ、お帰りマスター」と出迎えてくれた。


「ただいまクロ~……。あぁ……帰宅して推しが出迎えてくれる幸せ……」


「そろそろボクも、君のおべんちゃらには慣れてきたよ、まったく」


 そういうクロは、今日もちょっと頬を赤くしている。ジト目に赤いほっぺが今日も可愛いね。


「ま、それはいいさ。今日はこれを君に渡そうと思ってね」


「ん? 石はたくさんもらってるけど」


「スピリットジュエルね。じゃなくて、この手紙さ」


「手紙」


 俺はぼやけた意識が引き締まるのを感じる。クロが俺に渡す手紙、というのは、基本的に何か大きなことが始まることの証左だ。イベントも手紙から始まる。


 だが―――


 俺は予感と共に手紙を受け取った。しっとり湿っているような手触り。封蝋は魚と触手。予感は確信へと変わる。手紙を開く。


 同時に、ゲーム画面が起動した。


『ご無沙汰しております、教授。ダニカです。


 あの後、しばらくお会いできない状態が続いておりまして、申し訳ありません。


 この度ご連絡差し上げたのは、教授に是非、海上都市ルルイエにお越しいただきたいと言うことを、お伝えするためです』


 ゲーム画面が水中の映像を流す。浮かび行く水泡と泳ぐ魚たちのひしめく水中が映し出される。


 視点は浮上するようにぐぐっと上がっていく。そして太陽光に一度画面が白く染まった直後、不思議な形状の建物が並ぶ大陸都市が映し出された。


『メインストーリーvol.1「深淵の呼び声」』


「――――来たな、とうとう」


 俺の呟きに呼応するように、続く文言が画面に打ち出される。


『第一章・教会の新参者!』


 タイトルコールがゲーム画面に響く。俺はそれを、こみ上げる興奮と待ち受ける試練への危惧の二側面で迎えた。


「その通り、ダニカから教授へ、ルルイエへの招待の手紙さ。長ったらしくそれらしいことが書かれているけれど、要するにそこだけ押さえていればいい」


 パッと俺から手紙を取り上げるクロ。内容はさっと目を通していたので、俺は苦笑でそれを受け流す。


「マスターも日々多忙を極めているからね。ルルイエは中々楽しいところだし、そこで息を抜いてくるといい。ということで、ほら」


 笑顔でクロは指を慣らす。するとブリキのロボットが、俺に旅行鞄を押し付けてきた。持ってみるとずっしり重い。完全に旅仕様だ。


「ボクが旅支度をしておいてあげたよ。怪物少女の治安維持も、ローテーションを組んで各位に送り付けた。これで後顧の憂いはないということだ」


 そう語るクロはニッコニコだ。どういう感情で言っているんだろう、という疑問がついて回る。クロってこれから起こる展開って知ってるんだっけ? 何も知らない?


 何はともあれ、メインストーリーである。俺は上を向き、「ふー……」と息を吐く。


 メインストーリー。『ケイオスシーカー!』において、それは大長編の始まりを意味している。


 イベントストーリーとは一線を画する話になるのが通例だ。イベストもまぁまぁキャラが死んだり死にかねなかったりするが、メインは想定されるバッドエンドがガチになる。


 今回の『呼び声第一章』において想定されるバッドエンドは、「海上都市ルルイエで一部の特に強力な怪物少女を除いてみんな虐殺される」というものだ。


 だから、それを阻止するために動く、というのがメタ的な俺の目的になる。


「ルルイエは海沿いに発展した都市だからね。海鮮はおいしいし、海はキレイだよ。まぁ建物はマジマジ見てると気が狂うけれど、気にしなければ些事というものさ」


 クロはテンション高く、俺に期待させるようなことを言う。いや、さらっとえぐいこと言ったな。建物見てると気が狂うの? 何で?


「……ま、避けて通れるものでもないからな」


 俺はぼそりと呟き、覚悟を決める。覚悟さえ決めてしまえば、また新しく怪物少女たちと出会える旅の始まりでしかない。海鮮もうまいらしいし、ちょっとした旅行気分だ。


「よぉっし! テンション上がってきた。さぁ行こうクロ! いざ! ルルイエへ!」


「いや、流石に明日だけどね。疲労困憊の君を連れまわすほど外道じゃないさ」


「いや、今行くから。思い立ったが吉日だから」


「えっ。いやいやいや、休みなよ。向こうも夜だよ今」


「銀の鍵! オラッ! 開錠!」


「あぁっ! また勝手を!」


 俺は銀の鍵を懐から抜き出して、その場で強く回した。ガチャリと開く音がする。時空の扉を押し開く。

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